払い蜘蛛(3)
捕らえた容疑者をキンゼイとシュニフで取調べする。ジュネや他一同も別室でモニターしていた。
(初めての容疑者。なにか手掛かりが掴めればいいけど)
ステヴィアは端緒になるだろうと考えていた。
容疑者はやはりデルモスディア軍の身分証を持っていた。国軍のパイロットとしての登録も確認される。
(挙動不審なのが気になる。なにか精神的な操作がされてなければいいけど)
キンゼイのチームの一員になってからは、そういう相手とも接する機会が増えている。危険薬物や洗脳操作の結果、凶暴になった人間というのは本当に手に負えない。
「ジギー・テレベイン、間違いないね?」
まずは確認作業。
「ああ」
「普段は機動部隊? 今日は非番だったのか?」
「交代して一昨日降りてきた。二週間は地上」
落ち着きはないが受け答えは正常に見える。
「家にいろとは言わん。が、あんな裏路地で通行人を物色するような仕草をするのはいただけないな」
「違う。逃げてただけだ」
「逃げてた? 誰から?」
奇妙な証言をする。しかし虚言の素振りはない。もし嘘をついているなら彼女より演技が上手い。
「払い蜘蛛だ。こんなとこまで追ってきやがって」
予想外の単語にキンゼイの眉がピクリと跳ねる。
「追ってきたとはどういうことかね。まるで軌道上の任務中も追われていたように聞こえるが?」
「そうだよ。奴ら、どこにでも出てきやがる」
「払い蜘蛛は符号ではないのか? 軍の問題を隠蔽するための」
ダイレクトに切り込む。
「軍の問題ってなんだ? 奴らが出没することか?」
「実に興味深い主張なのだが信じられん。国軍パイロットの敵が迷信の怪物とは言わないだろうな?」
「俺だってそう思ってた。でもな、実際に蜘蛛はいるんだ。何人もやられた」
眉唾ものの方向に話は転がっていく。当初はこんなことになるとは思ってもいなかった。ステヴィアは艇長と顔を見合わせる。
「どういうこと?」
「証言が本当なら未曾有の事態が起こっているのでしょう。ですが事実ならデルモスディア軍が内々に対処しようとはしないはず。星間管理局への通報も行われるでしょうし」
むしろ隠蔽する傾向にある。
「まさか生物兵器開発の失敗とかそんなの?」
「露見しては困るからですか? それほど大々的になっていれば誰かの口からもれてくるもの。非常に考えにくい事態ですな。地上の払い蜘蛛案件も化け物の仕業となります。が、実際は彼らのような兵士の仕業です」
「とすれば薬物による幻覚みたいな感じ? それで錯乱して犯行に及んでるとか」
そこでジュネが「いや」と挟んでくる。
「軍に悪性薬物が蔓延しているなら犯人が偏るのはおかしいよね? やっぱりパイロットに共通するなにかが関係しているのが順当。キンゼイの推理が合っていると思う」
「σ・ルーンに関連するなにか」
「あるいはアームドスキンに関連するか、さ」
共通するのはσ・ルーン、訓練法、機体システムと何点か挙げられる。そこにパイロットが異常を来たすような要因がひそんでいるか。
「あんたも見たろ?」
容疑者は目を血走らせて食い下がってくる。
「あいにくと私は見ていないな」
「なんでだよ! 俺を吹っ飛ばしやがったじゃないか! まだ腹が痛いんだぜ」
「君にはあれが蜘蛛に見えたのかね?」
隣で怒気が膨れ上がった。リリエルの目に獰猛な光が宿っている。
「こいつ、ぶっ飛ばしてきていい?」
「あはは、居候は蜘蛛だったんですか?」
反応が二分して、ヘッドロックされているゼレイ。
「待ちなよ。ぼくがやりすぎて頭を打ってるかもしれないしさ」
「そんなことない。こいつは明らかに錯乱してるの!」
「そう、正気じゃない。その原因はどこにあるかな? ファトラ、中身は?」
ジュネに請われて金髪紫眼の二頭身アバターが現れる。
『σ・ルーンには加工が為されています。装着者に対して影響を与えるものです。どういった効果があるかは送られる信号によりますが』
「ほら、当たりだった。公演期間内には片づきそうだよ、ステヴィア」
「そうだとありがたいのだけれど」
(呆気なさ過ぎる。この程度の問題ならキンゼイが動くこともなかった)
星間保安機構でも対処できたように思う。国内で捜査機関が動くには露骨な星間法違反の疑いがあるか要請があるか、どっちかでないといけないが。
「でも一筋縄じゃいかない」
すぐ否定された。
「証拠が上がってるようなものではないの?」
「まだ浅いかな。この仕掛けの機能不全で錯乱して犯行が行われているなら軍は実験を停止しているはず。それなのに犯行は続いている。なにか対処できない事態が起こってるのさ。そこを掴まないと吐かないだろうね」
「確かに」
軍も、おそらく政府も事態は把握しているだろう。都市警察まで加担しているのはそれを意味する。つまり制御を外れているとジュネは考え、それを突き止めなければ解決しないと言っているのだ。
「いや、どうだったか?」
取調べは続いている。
「少なくとも君が見たのは蜘蛛ではなかったはずだ。同僚は地上でも蜘蛛が出ていると言っているのかね?」
「出る。だから退治しないと仲間や仲間の家族がやられちまう。見つけ次第殺さなけりゃ。でも、奴ら、強いのと弱いのがいて弱いのしか退治できないらしい」
「そうか。君は弱い蜘蛛を退治したのかね?」
核心を突く。
「まだだ。強い奴に当たっちまった。だから逃げてたんだけどな」
「なるほどな。それで上官に報告は?」
「するか。全然信じてくれない。それどころか退治するのを止めようとするから、冗談だって言うしかない」
錯乱だけでは片づけられない証言が飛び出す。パイロットは彼らなりに正しいことをしているつもりなのだ。だが、食い違いが軍の対処を遅らせる原因になっていると考えるのは早計である。
(実験失敗だけなら収束は簡単なはず。後遺症ならば治療を施せばいいのに、それさえも覚束ないのはどういうことなの?)
ステヴィアには理解不能である。
『ジュネ、監視されています』
「そうみたいだね」
ゼムナの遺志が警告してくる。
「ぼくらの正体は簡単に割り出せない。だとすればマークされていたのは誰かな?」
「拘束したパイロットのほうね」
「監視カメラは情報部が迷彩掛けてくれていたはずだから別の方法で糸を付けられたみたいだね。惑星上なら方法は幾らでもあるし」
今は容疑者本人も所持品も電子的に探知できない場所にある。だとすれば軌道から衛星光学ロック尾行装置などの監視を受けていたとしか思えない。
「運び込むとこまで確認されてる?」
リリエルの目が鋭くなる。
「それよりも仕掛けてこないほうが不気味。ウェブスターは管理局船籍とはいえただの警備船扱い。レイクロラナンは民間戦闘艦。配慮する必要がないね」
「たぶん今頃必死に調べてるんじゃない?」
「おそらく」
彼女もジュネも敵意を感知していないので今のところは動きなし。
「厳しいね。身動きできなくなる前に容疑者を管理局ビルに放り込もう。あそこなら手出しできない」
「ええ、襲われて確保したけど司法機関に引き渡した格好にしよう」
「マークされたのは間違いないけど」
リリエルとゼレイは逆に楽しそうにしている。心躍る展開らしい。
(生まれながらの戦闘職の人たちって未だに理解できないのよね)
ステヴィアは苦笑した。
次回『足長蜘蛛(1)』 「払い蜘蛛だかなんだか知らないけど馬鹿よね?」




