払い蜘蛛(2)
「んじゃ、この惑星には蜘蛛の化け物が出て人を連れ去ってるんですか?」
ゼレイがそのままの発言をする。
「人間を食べるサイズだとしてもアームドスキンで踏めばぺちゃんこですよぅ」
「そうだね。アームドスキンで踏めるような相手ならね」
「まさか、ほんとに化け物? 普段は実体がないとか?」
飛躍していく。
「そんな非科学的な生き物がいる場所に人間が住めるわけないでしょ。原因は別にあるの。ジュネはヴァラージハンターだけどモンスターハンターじゃないんだから」
「ちょっと面白いかと思ったのに」
「残念ながらね。司法巡察官が出動するってことは人が起こした事件の可能性が高いってこと」
ステヴィアの夫ロングレッグスも、そしてジャスティウイングも情報をそう受け取った。だから捜査にやってきたのである。
「人が人を殺す動機なんて千差万別。そこを考えてもとりとめがない」
ジュネが切り出す。
「問題は遺体が出ないほう。調べてみると実に七百二十六人もの不審な行方不明者が出てる。厳密に仕分けるともっと増えるかもしれない。それだけの数を秘密裏に監禁するにしても、遺体を誰の目にも触れず消し去るのも難しい。となれば?」
「それだけの大きな組織が関わっていることになりますな」
「それって都市警察の仕事でしょー?」
急に常識的なことを言うゼレイ。
「その都市警察が、これだけの規模の事件に沈黙を保っているのが問題なのだ」
「え、マジです?」
「もしかすると国家ぐるみの案件かもしれん。そう感じたからこそ私は動いた」
キンゼイはチャットで情報収集する以前に現在の首都ピピンの情報を把握していた。その結果を踏まえて関与すべき事案だと判断したのだ。
「国相手になるかもしれないってことまでは聞いてたけど、その根拠のことまでは教えてもらってない」
リリエルがジュネに尋ねる。
「政治的な思惑がある? それとも犯人もしくはその裏に要人が関わってる系の案件かしら?」
「それだとありふれた話だから可愛げがあったんだけどさ。どうも面倒な裏がありそうでね」
「国のほう? 犯人のほう?」
ジュネが「犯人のほう」と答える。
「複数犯らしいのです、リリエル殿。情報部が消去されていた監視カメラデータをサルベージしてそれが判明いたしました」
「複数犯? それほんと、オルレイ艇長? わかってんなら、さっさと捕まえなさいよ」
「どうも、それぞれが繋がりの薄い人物ばかりでして」
背景がわからない。しかも国ぐるみで隠蔽している節がある。そこまで読み取ったキンゼイは本格的な捜査が進むまで犯人の逮捕を止めたのだという。
「正確に言うと犯人がいない。そっちも綺麗に消えていてね」
お手上げというジェスチャー。
「被害者、犯人ともにデルモスディア政府にとっては不都合な存在らしい。これは根本から正さねばならない事案だと思われる」
「キンゼイが正解だね」
「なんとなくわかってきた」
ステヴィアも最初は夫の意図がわからなかったが、リリエルのように徐々に理解が進んだ。この惑星にはなにか秘密がある。それが解明されないと根本的解決には至らない。
「我々は共通点を探しました」
オルレイ艇長が続ける。
「把握できている範囲での犯人の共通点を。ところが接点は全く見当たらなかったのです。唯一の共通点が、全員が軍人だという点だけでして」
「軍人? きな臭いのね」
「はい、それも全員アームドスキンパイロットです」
ブラッドバウの女性陣は苦い面持ちになる。
「わかりました。皆σ・ルーン装着者だったというわけですね? それでジュネはゴートが絡むかもしれないと」
「ちょっとね。σ・ルーンってさ、脳波感応用装具だよね? それは逆に脳波へ影響を及ぼすことも可能なんじゃないかと思って。ゴート宙区でそんな事例があったことは、ヴィー?」
「わたしの知るかぎりはございません。そもそもそういう機能があるかどうかも」
判明している範囲で犯人は全員がパイロット。しかも、犯行時もσ・ルーンを着けた状態だったのは映像として残っている。
「ファトラにも訊いてみたんだけどさ、そんなことは考えたこともないって」
ジュネは確認したらしい。
「技術的にはσ・ルーンから脳への関与は可能。機体からのセンサー情報を転送してるんだから当然さ。そこを悪用するのも可能かもしれないって話だった」
「私の予想どおりの回答だな。そこからの推論は?」
「君のほうがわかってるんじゃない?」
ジュネがキンゼイを窺う。
「おそらく軍はパイロットをコントロールできるのではないかと考えた。兵士の持つ自由な発想と機体システムの解析性能はAIパイロットシステムを凌駕している」
「だからこそアームドスキンに人間が乗る意味がある」
「ただし、兵士の自由度は軍にとっては邪魔なもの。それを訓練で排除しようとするのが普通なのだが、別の考え方もできる」
古今東西、軍にとって兵器の統合管理は最大の関心事である。突き詰めれば、目標設定だけすれば兵器が自動的に攻撃してくれるほうがありがたい。人的損失も慮外にできる。
しかし、兵器のAIコントロールは逆に動作パターンの解析で対抗できてしまう。解析にもAIが利用されていて完全にイタチごっこになってしまうのだ。なので現在も機動兵器に直接人が乗るのである。
「要は、人間の自由度を残したまま兵士を統合管理できるのが理想」
キンゼイが導き出した推測はそこ。
「パイロットに目的意識だけ統一して指示すること。普段口頭でやっていることをσ・ルーンという装具を介してできるようにしたいと目論んだのではないかと思う」
「あり得ますね」
「ただし、それは上手くいかなかった。当然かもしれん。ゼムナの遺志でさえ想定もしないことを人がやろうとすれば失敗もする。結果として制御の効かない兵士が生まれてしまったとしたら」
しかも、一般社会で事件を起こすようなことになったと仮定したら。
「隠したくもなりますね」
「ここまでが私の推理なのだが別の意見があったら聞いてみたい。気づいていない盲点があるかもしれないからな」
「あたしから見れば一分の隙もなさそうなんだけど」
リリエルも同意。
ステヴィアも納得している。見込み捜査になってしまうのは良くないのかもしれないが、他の共通点が見当たらない以上この方針で進めてみるべきだと感じた。
「齟齬はないんだけどさ」
ジュネが口を挟む。
「ちょっとお粗末な感じがしてね」
「やはりか。私もそこだけが気掛りなのだ」
「どういうこと?」
リリエルを始め、皆が疑問に思う。
「最初の数件で対処しろよって話。それが七百件超えとなると、もうわざと放置してるとしか思えない。失敗した実験を続行するかい?」
「予算を投入しててどうにか結果を出したいって考えてる?」
「そこまで軍は間抜けかな、シュニフ?」
なくもないが、手間暇を考えると非効率的といえよう。その一点だけ理由が判然としない。
「とりあえず異論はないよ」
ジュネも捜査方針に賛同する。
「星間法違反の可能性は濃厚なのだからな」
「この装具に手を入れようってのが間違いだね。そのために第一条第八項の危険貿易物条項の附則にσ・ルーン改造禁止が謳われてるんだからさ」
「人の脳と感応する器具というのはそれだけ危険を孕んでいるものだ」
便利なσ・ルーン操縦システムにも弱点はあるのだとステヴィアは思い知った。
次回『払い蜘蛛(3)』 「こいつ、ぶっ飛ばしてきていい?」
 




