七年目の再会(2)
「リリエルだけじゃないでしょ?」
ステヴィアは続ける。
「ハ・オムニの巨人の腕輪の一件でトリオントライが大きく取り扱われたときは驚かされたわ」
「そろそろ謎のヒーローをやるのもキツくなってきたからね。頃合いだったよ」
「わたしはジュネが正式に司法巡察官に任官したの聞いてたけど、世間は衝撃だったんだから」
青年はあいかわらず他人事のように語る。世間にとっては謎の正義の味方だったとしても、彼女にとってはとびきりのトリックスターのままであった。
「衝撃は今も飛び交っているようだ」
キンゼイが複数の投影パネルを開いている。
「ステヴィア、君がさらっていった女性が誰なのか噂になっている。目敏い者は劇場版『ジャスティウイング』のルーエン・ベベルだって騒いでいるな」
「やめてよ!」
「二人は繋がりがあったんだって考察されているぞ。その縁で一本限りでも出演したんじゃないかと、な」
(間違いじゃないけど)
情報の早さに舌を巻く。
彼女とリリエルが抱き合ってるシーンを撮った誰かが拡散していた。一瞬にして星間銀河圏全体に広まりそうな勢いだ。
「仕事がやりにくくなるかな?」
ジュネが肩をすくめる。
「うむ、レイクロラナンが首都ピピンの宙港に入港しているのくらいは突き止められるだろうな。行ってそこまでか」
「公演期間に片を付けるさ。それなら不審がられることもないと思うね」
「君もそのつもりできたのだろう、ジャスティウイング?」
「そうだよ、ロングレッグス」
やはりジュネとリリエルは観劇に来てくれたわけではない。
ステヴィアの夫、キンゼイ・ギュスターの世話人の仕事は世を忍ぶ仮の姿。彼の本当の職務は司法巡察官『ロングレッグス』としての活動である。ステヴィアの女優業は隠れ蓑でもあった。
「どこまで掴んでいる?」
キンゼイが問う。
「君の報告書レベルまで。ただし、そこから推測できる背景が大きすぎる感じがしたんだ。だから一気に片づけたいと思ってさ。内容も内容だし」
「ああ、中途半端に長引けば尻尾を切られそうだ。速やかに全容解明といきたい。『全知者』はなにか知っているのか?」
「いいや、ファイヤーバードは今回ノータッチ。ゴート宙区が絡むとなると黙っていられなかっただけ」
ジュネはリリエルを慮っている。ゴート宙区関連で事が複雑化すると彼女の立場が難しくなってしまうのだろう。
(仲のいいこと)
ステヴィアは微笑ましく見つめる。
「やはり君もそう読んでいるか?」
「そうとしか思えない」
ジュネはため息を一つ。
「人間はろくでもないことを考えるもんだね。悪用すれば、どんな社会的影響が出てしまうかわかりそうなものなのに」
「戦争をしたいのか? それで得られるものは小さいのに」
「彼らにとっては決して小さくはないのかもね。なにせ上手くいけば人をコントロールできると考えていそうだ」
男二人で難しい顔をしている。女性陣二人は肩をすくめて笑いあった。職務のこととなると色々そっちのけになる男性陣の傾向に。
「移動しない? こんなとこでしたい話じゃないのだけれど」
提案する。
「確かにな。すまない」
「じゃ、わたし、支配人に挨拶してくるから」
「私も行こう。二人は待っていてくれ」
四人でオートキャブを使って宙港へと移動する。管理局用スペースには彼らの小型艇『ウェブスター』とは別に懐かしい姿もあった。朱色の戦闘艦レイクロラナンである。
「思い出すなぁ」
ステヴィアはしみじみと言う。
「今思ったら、ほんと無茶したって」
「てんで素人だったものね。ジュネがいなかったら、そのまま灯りに飲まれて潰れてたでしょ」
「ええ、自分っていうのを知らなかったから」
彼女はジュネと同じ新しき子である。しかも感情に過敏に反応するタイプだった。慣れずに戦場に赴けばいずれ狂気に飲まれて戦死していたことだろう。
「巡り合わせも運命だよ」
青年が口にすれば深みを帯びる。
「出会うようになっているものさ」
「あなたとリリエルみたいに?」
「うん、そして使命を遂げるまで運命は放してくれない」
ステヴィアがジュネの額に見る金色の光はまるで第三の目のようだった。彼はそれでなにもかも見透かしているのではないかと感じる。
「わたしの使命は七年前に終わってるんじゃ?」
「外れ。今も遂行中」
「そうかもしれない」
思い出話をしているうちに小型艇の傍に到着した。待っていた三人と合流する。
「お久しぶりです、タッター、ヴィー」
再開を喜び握手する。
「元気そうでやんすね。なによりでやす」
「ひと際美しくなったものですね」
「メイクのお陰ですよ」
「二人しか呼んでないけど?」
残り一人の娘が飛び出してきた。
「ほんとーにステヴィア・ルニールですぅ! すごーい! 握手してください!」
「この元気っ娘は?」
「ゼレイ。あたしの幼馴染。二年ちょっと前から乗ってんの」
彼女の手を握ってブンブン振り回している。それを見たキンゼイが顔を逸らして苦笑していた。
「こんな普通の反応をする顔ぶれがレイクロラナンにいるとはな」
暗に普通ではないと揶揄している。
「駄目よ、キンゼイ。あなたはわたしの出演作を観てくれたの?」
「いっぱいです。エル様と観てるうちにファンになっちゃいました!」
「そう。ありがとう」
反応に困る。急に女優モードに早変わりしないといけなかった。なにせ視線は釘付けである。
(油断してた。レイクロラナンにはこんなお調子者タイプはいないと思い込んじゃってたわ)
リリエルへの懐き具合からして、普段からそうなのであろうと推察できた。見るからに空気を変える存在。ブラッドバウの色とは違う気がする。
(でも純心そのもの。こんなに透き通ったオレンジなんか今まで見かけなかったもの)
人の性質や感情を色の変化で感じられるステヴィアの能力は女優としても非常に役立つ。特に今夜のような生の舞台であれば観客の感情の変化を身体で受けつつ、演技プランを変えていくことができる。
「面白い娘」
「だよね?」
ジュネと見交わす。
(受け入れているのね。君はいつも善悪の量で人を判断する。生まれながらの司法巡察官だわ)
彼に認められたことを嬉しく思う。
「ゼスタロン?」
メインハッチを登ると三機のアームドスキン。
「君の手管だろう?」
「そのまま乗ってるとは思ってなかったんだよ」
三機とも管理局の誇る最新鋭アームドスキン『ゼスタロン』である。ただし、一番手前の一機だけが部分的に形状が違っていた。
「試作機を寄越される身にもなってくれ」
キンゼイがジュネに不平を放つ。
「ぼくの知ってる範囲でさ、非能力者で一番操縦の上手いパイロットがキンゼイだったんだよ。だから試作機のテストの話が来たときに紹介した。だって、ぼくが乗ったって開発者が納得するような結果出ないじゃないか」
「そうかもしれんが相談してくれ。手こずったぞ」
「かもね。試作機のスペック、おかしな数値になってた」
調整不足のような状態だったとこぼしていた。
「データは揃ったが、返されても誰も乗れないのでそのままお使いくださいと言われてしまったではないか」
「災難だったね」
「誰の所為だと思っている」
(ふふ、敵同士であれだけ戦ったっていうのに、今ではこんなに息が合うんだもの。男って面白いわ)
ステヴィアは変化した二人の関係性が喜ばしくて仕方なかった。
次回『払い蜘蛛(1)』 「居候の話、難しいから聞き流してて」




