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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
女優と蜘蛛
162/216

七年目の再会(1)

 男が着けているナイトグラスの向こうにはレーザーが白く尾を引いている。光増幅と不可視光、放射線なども視認可能にする高性能なもの。今の職責なら申請するだけで簡単に入手できる。


(乱射しているではないか。錯乱しているのか?)


 不可視光である対物レーザーもナイトグラスを通せば見える。止んだところで飛び出そうとしていたのだが、そんな気配もない。


(どうせ燃料電池(バッテリー)が切れる。そこで確保だ)


 ターゲットが精神的に正常な状態ではないのは想定していた。しかし、見境なしにまでなっているとは思わなかった。これではまともな証言が得られるかどうか怪しげである。


(仕方あるまい。気取られるのは本意ではないが手繰らねばならん)


 正気になるまで拘束しておかねばならない可能性も出てきた。そうすれば自動的に相手組織にも捜査を知られることになる。どうせ取り逃がしたところで追跡を受けた事実が割れる。


(どれくらいもつ?)

 自分のレーザーガンのバッテリーチェックをしつつ輝線を追う。

(おや?)


 レーザーと軽い発射音が止んだと思うと乱れた足音。飛び出す瞬間、打撃音が路地に響いた。


「な……! はぐぉっ!」


 宙を舞ったターゲットが彼のひそむ陰の前まで飛んできた。異常事態だが、迷うことなく電子手錠を掛ける。即座に体勢を変えて、ひるがえる黒い前髪の向こうに警戒すべき対象を捉える。


「君は……」


 驚く男の視界には紫と緑の瞳を持つ青年が歩いてくる姿があった。


   ◇      ◇      ◇


 舞台上で挨拶を終えると客席側も明るくなる。その瞬間、女優としてはあるまじきことに身体が固まった。

 しかし、どうにか持ち直してにこやかな笑顔を取り戻す。もう一度深く一礼してスタンディングオベーションに応えた。


「ありがとうございました」


 本来なら上手(かみて)()けるところを舞台からステップを下る。共演者は慌てるが、彼女をよく知る人物はそうでもない。客層の良い舞台ではよくやることだからだ。


「ようこそ」

「ありがとう」


 驚くほど高価な最前席を射止めた観客と順番に握手をする。それがファンに対する誠意であると考えている。ただ、今夜ばかりは事情が違った。


「来てくれたの? ありがとう」

「ううん、楽しませてもらったし」


 その観客と抱き合った。さすがにフォーマルな出で立ちであったがメインカラーは朱色(バーミリオン)。オレンジのポニーテールが視界で揺れる。


「やっぱ生は迫力ね、ステヴィア」

「もしかして色々観てくれてる、リリエル?」


 そのまま腕を組んで上手側へ。観客へは手を振りながら笑顔を振りまき、楽屋へと連れていった。とうの本人は苦笑いを禁じえない様子。


「あとで伺おうと思ってたのに」

「だーめ。逃さないんだから。あれから七年目の再会なのよ?」


 エイドラ政変から七年が経っている。一戦士として戦場に立ったステヴィア・ルニールは今や星間銀河圏を賑わす女優として名を売っていた。容姿と実力には自負もあったが、彼らの口添えも十分に助けになった結果である。


(なんたって最高の世話人(エージェント)がついてるんですもの)


 いつもなら楽屋で待ってくれているはずだが今夜は別件で外している。彼との縁を取り持ってくれたのもリリエルたちなので感謝に堪えない。


「キンゼイは?」

「わからないわ。帰ってこないかも」


 エージェントの名はキンゼイ・ギュスター。黒髪に茶色の瞳を持つ美男子である。二十七歳のステヴィアとは十二も年の差のある年齢だが、彼女の夫でもあった。

 天才的な頭脳を持つキンゼイは戦略家でもあり、それが彼女の活動も助けている。仕事選びを始め、管理は任せておけば心配はなく女優に専念していられた。


「と思ってたら帰ってきたわ」

 呼び出し音にドアの向こうを確認してロックを外す。

「お帰りなさい、キンゼイ。ねえ、見て」

「ああ、そうだろうね。私のほうにも客があったからな」

「わあ! そうよね、やっぱり!」

 彼が青年を連れてきているのに気づいた。

「ジュネ、久しぶり」

「元気そうだね、ステヴィア。噂は耳に入ってきてるんだけどご無沙汰」

「ううん、会いに来てくれただけで胸がいっぱいよ。わたしがどれだけ感謝しているかわかる?」


 抱きしめる身体は、あの頃に比べると比較にならないほど成長している。細身に見えるが、筋肉の鎧われた青年はまるでパンチングバッグを抱いているかのごとき反発力を持っている。


(ああ、記憶が蘇ってくる)

 感動するようなものではないが。


 七年前の星間宇宙暦1443年の惑星エイドラ。そこにいたのは女優の卵であるステヴィアである。

 民主政治を誤って皇王の専制を許してしまった国民は弾圧の危機に瀕していた。特にターゲットとなってしまったエンターテインメント業界は決起し、反政府組織『リキャップス』を立ち上げる。

 紆余曲折を経てアームドスキンパイロットとなってしまったステヴィアは、そこで運命の出会いを果たす。身寄りのない彼女の後援者であったキンゼイを敵対者として。

 最終局面で共同戦線を張ることとなった二人は巨大な敵を討ち果たす。その助けをしてくれたのがジャスティウイング、つまりジュネとそのアシストチームリーダーのリリエルであった。


「君が口利きしてくれたから今のわたしがあるみたいなもの」

「実力がなければ芽吹かないさ」


 ステヴィアが星間管理局の広報部と専属契約をして広告塔の仕事をするとともに星間銀河圏全域で女優業を続けていられるのも然り。そしてキンゼイが今の仕事(・・・・)に就いているのも然り。


(キンゼイのほうはともかく、わたしが上手くいく目算なんてなかったでしょうに)

 ジュネは芸能においては素人だ。


「いつも言っているだろう? 君のカリスマは本物だ。相手が誰であれ、言葉の中に輝きを見出してしまう。それが芝居であれ心からの言葉であれ」

 夫も賛同している。

「でも……」

「ファンの数が証明してるじゃない」

「今でも時々ね、『自由の女神』なんて呼ばれることがあるのよ。困っちゃう」

 それはエイドラ内戦当時に彼女に付いたあだ名だった。

「星間管理局が自由を標榜している以上、正解なんじゃないかと思ってるよ?」

「ジュネったら。ええ、ええ、しっかり広告塔としても働きますよ」

「あきらめなさいな」


 リリエルも囃し立ててくる。ステヴィアはそんな友人に意地悪を思いついた。


「別に広告塔はわたしだけじゃなくてもいいんじゃない、ルーエン・ベベルさん?」

 口元を歪めて流し見する。

「だ! どうして知ってるのよ、あんな子供番組!」

「業界は狭いのよ。黙ってても、次に来そうな人物の名前は耳に入ってくるんだから。出る杭は打っとかないとね」

「はぁ? あたしはもうあれっきり。まさか観てないでしょ?」

 残念ながら否である。

「観させてもらいました。演技としては台本(ほん)に助けられてたけど華はあったわね」

「最悪」

「観ないわけないわ。だって、代替わり第一弾の劇場版のゲストだったんだもの」


 気にはなっていたのでチェックした。事前情報と相まって楽しく鑑賞させてもらったものだ。


「そういえばそうだった」

 ジュネが手を打っている。

「ほんとなの? どうして教えてくれなかったのよ」

「いや、興味ないのかと思ってさ」

「勘弁して。一番恥ずかしい人に観られちゃったじゃない。だから連絡取ったときも、お首にも出さなかったのに」


 ステヴィアは悶え苦しむリリエルを楽しく眺めていた。

次回『七年目の再会(2)』 「衝撃は今も飛び交っているようだ」

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― 新着の感想 ―
[一言] キンゼイさんとステヴィアさん、お元気そうで何よりです!
[一言] 更新有り難うございます。 七年かぁ……。
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