ハーフ&ハーフ(3)
(そんな! あたしの代わりに?)
リリエルは呆然とする。
胸近くまで破砕されたヴィエンタのデュミエルはすでに重力波フィンの発生槽も失っていて回避不可能。それどころか操縦核まで露出して表面に溶解痕が付いている。
「総帥におなりください、お嬢。どうか同胞に輝かしき未来を。我が生命をささげ……」
「ヴィー! ヴィー!」
(あたしが失敗したから。一人でなんとかなるなんて判断ミスをした。磁場発生器を落とさずに済ませようと先走った)
一人で支えてどうにかなるような物ではない。速やかに部下を呼び寄せて全員で対処するべきだった。どちらも叶わないことになろうとしている。完全に失敗である。
「お嬢、押し上げるっすよ!」
「ラーゴ!」
隣にやってきたプライガーのデュミエルも担ぐように支える。
「こんなもん、俺たちが力を合わせれば押し戻せる」
「そうですよ、お嬢」
「エル様、行きますよー!」
隊員たちが横並びになって加速を始めた。
「それよりヴィーを助けて!」
「それなら大丈夫っす」
「え?」
ヴィエンタ機どころか、彼ら全員にビームを浴びせようとしていたテロリストのアームドスキンが直撃を受ける。縦に貫かれた機体は間をおかず爆散した。
「警告はした。従わなかったのは君たちだ」
深紫のアームドスキンが舞い降りてきた。危うげなピンクのデュミエルから操縦殻をもぎ取って手にする。放り投げられたパーツは僚機の腕に収まった。
「ヴィーは?」
「問題ないっす。気を失ってるだけっすよ」
直撃時の衝撃と熱が消耗した副官の意識を奪ったらしい。接触回線でパイロットのバイタルは確認されている。
(よかった)
「脅しだけなら見逃してもいいかと思ったけど誤りだったみたいだね?」
ジュネの冷たい声が告げる。
「執行する」
リリエルの視界からリュー・ウイングがかき消えた。
◇ ◇ ◇
(この声は?)
レキストラは驚く。
(あの深紫のアームドスキンがジュネ・トリス様の?)
時空間復帰反応はレイクロラナンでもキャッチしている。要員の発言から、やってきたのは彼の乗っていたファナトラという小型艇だとわかった。
(南天をもう攻略して戻ってこられた)
驚異のスピードに舌を巻く。
しかし、彼女を驚かせるスピードはそれだけではなかった。一瞬にして望遠パネルの映像から消える。
「執行する」
そう宣言したジュネは、物腰の柔らかい青年から人が変わったかのようだった。向けた武器が容赦のない攻撃を繰り出していく。
(本当にあの方ですの?)
ビームをかいくぐり寝かせた姿勢から放たれた一撃が、コクピットがあるはずの胸を下から貫く。背中へと部品をばらまいた機体はプラズマ光を撒き散らして溶け、次の瞬間には爆発している。
逆手に持った光る剣を突き刺そうとしたアームドスキンは反転したジュネ機に股間から一文字に斬り上げられた。二つに分かれるかどうかのタイミングで腹の対消滅炉が誘爆して巻き込まれる。
(速い。自動観測カメラが追いつかないほどなんて)
あれよあれよという間に光球が量産されていく。おそらく十秒と掛からないうちに九個の爆発が起こり、テロリストのパイロットは残り一人となった。
「か、怪物か!?」
「どっちが怪物だ。くだらない戯言のために平気で十数億の命を奪う奴に言われたくないものだね。決して許しはしない」
ジュネ機を見失っていたテロ機は無闇にビームランチャーを振り回して乱射した挙げ句に撃ち抜かれる。正確にコクピットと対消滅炉に穴を開けられ、同志と同じ道を辿った。
「どう?」
「軌道は回復したらしいっす」
レイクロラナンから計算結果が伝えられる。
「じゃあ、状況終了」
「合点っす。戻りましょう、お嬢。ヴィーを連れて」
「うん」
涙声が続く。
(本当にあっという間だった。なんという攻撃力。これがジュネ様の真の顔なのです?)
レキストラは戸惑いの中にあった。
◇ ◇ ◇
遅れて戻った星間平和維持軍戦闘艦が磁場発生器の応急処置をしてくれるそうだ。それで軌道管理はどうにか可能になる。あとはレキストラの手配した作業船が本格的な修理を行うだけ。
(一時電離層も復旧しておりますし)
機能回復もしている。再び磁場が形成され、そこへ電離物質が溜まっていくほどに地表へ届く紫外線等も減少傾向。一週間ほどで気温や線量も戻ると推測されていた。
(これで一安心。お父様……、大統領も肩の荷が下りたことでしょう。報告も早々に退出させられましたもの)
睡眠時間も十分に取れずに働いていた父親も眠りに就いた頃か。そこまで多忙ではなかった彼女も鈍い疲れが身体の奥に澱のように滞っていた。
「よろしいですか?」
休もうとしていたら訪問がある。
「ええ、構いませんわ、ジュネ様」
「お疲れのところすみませんが、ぼくも片づけておかねばならないことがありまして」
「経済省の官僚に算定させてからになりますが、応急処置費用はもちろんお払いいたします」
一緒に降下してきた青年が顔をのぞかせる。一時は怖ろしくも感じた彼だが、今は表情に微笑が戻り柔和なものになっている。
「そちらは急ぎません。管理局ビルの対応部署とお話しくだされば結構です。ぼくが担当しているのは『無垢の輝き』案件のみですので」
ソファーを勧めると姿勢良く腰掛ける。
「犯人の引き渡し請求は国民の意見を尊重したいところですけれど無理は申せませんわよね? 解決そのものを管理局にお願いいたしたんですもの」
「残念ながら応じられません。彼らは星間法によって裁かれます。不満がある方もいらっしゃるでしょうが、政府のほうで対応願います」
「心得ておりますわ。ただ、一つだけお願いがございますの」
ジュネは落ち着いて腰掛けたまま彼女を見つめている。ドリンクディスペンサーが給仕したカップに口をつける。
「貴方様のことです。よろしければ退官なされませんこと?」
レキストラは切り出す。
「ぼくがですか?」
「ご興味はありませんか、自らの手による国造りなど」
「へぇ」
興味深げに眉が上がる。
「いずれは、とお考えかもしれませんけど、星間管理局ほどの巨大機関では出世も大変でしょう? 今回のような問題対応だけの功でどれだけの評価が得られますことか。我が国では違いますわ。明日からでも政治参画ができるようわたくしが取り計らいます」
「なるほど」
「もちろん、お力を示してくださらねば我が国での評価も上がりません。ですが貴方様ほど優秀であれば、これからの国家財政立て直しなど造作もないことなのではありませんか? そう信じておりますが」
耳を傾け、目を瞑って頷いている。レキストラの提案を吟味しているのだろう。青年ほど聡明であれば、どんな選択が正解かはすぐに導き出せるはずだった。
「お話はわかりました。では、その前にぼくからの用件を済ませても構いませんでしょうか?」
「そうですわね。お務めは果たさなければなりませんもの」
ジュネが立ち上がり、彼女の隣へと立つ。身をかがめて背もたれに手を掛け、耳元へ囁くように話し掛けてきた。思わず心臓が跳ねる。
(まさか、わたくしをもお望みになるので? それが条件ならば、やぶさかでもありませんことよ)
横目で青年をうかがう。
「事後処理などあなたの頭の中にすでに存在していますでしょう?」
「はい?」
ジュネの問い掛けにレキストラの鼓動は別の意味で速くなった。
次回、エピソード最終回『ハーフ&ハーフ(4)』 「死んでないっすよ」




