ハーフ&ハーフ(2)
隊員のステーション突入を見守ったリリエルはフランカーの舞う周囲に警戒の目を走らせた。妙に手応えが薄い。
(はったりにしては自己主張が激しかった。なにか裏打ちする自信のようなものが感じられたのに)
てっきり武装貨物船にアームドスキンを積んできているのかと思った。ところがプライガーが攻撃しても満足な数の戦力を送りだしてこない。
(なに、こいつら。確かにスポンサーに慮ってやってるフリが多いのも本当だけど)
それにしては、逃げることも叶わないような大胆な作戦。コンコリオ国民十数億人を人質にするのが確実だとも考えたのだろうか。
(能力もないのに自尊心の塊みたいなのが頭に座ってる場合もあるけど)
「お嬢、変っす。奴らの船の中、空っぽなんすよ」
プライガーからの報告。
「空っぽ? 本物の戦闘艦持ってるような連中じゃないけど、それにしても非効率的」
「でも、なんか積んできた痕跡は見受けられるっす。そこが変なんす」
「それは本当なの、ラーゴ?」
挟まれたヴィエンタの声は戦闘中の物音を含んでいる。
「気をつけてください、お嬢。伏兵を置いているかもしれません」
「伏兵っても、なにもない場所ではね。どこから来る?」
「わかりませんが」
リリエルはしゃべっているうちに気がついた。公転している磁場発生機が新たに視界に入ってきている。その巨大建造物ならばいくらでも隠れ場所があった。
「はーん、あれなわけ?」
つい獰猛な声音になる。
「なんです?」
「わかっちゃった。磁場発生器の下側にひそんでるのよ」
「お嬢、それは?」
「ほら、来た!」
プラズマジェットの光が瞬きを見せる。その数、二十機ほどか。状況を待っていたらしく、一斉に包囲の輪を縮めてきた。
「すぐに出ます。堪えてください」
ヴィエンタの声は緊張を帯びる。
「中を片づけて。気にするほどのものじゃない」
「間に合うのですか、ラーゴ?」
「こっちも船内の乗員と戦闘中っす」
背後に爆発音もする。
「いいって。ラキエルのフレニオンフランカーの敵だと思う?」
「それは……。急いで終わらせます。無茶なさらないでくださいね?」
「ゆっくりなさい。あたしの見せ場を奪わないで」
彼女の意志に呼応したフランカーが殺到するアームドスキン集団を指向する。ブレードの牙を閃かせた。
「圧倒的数の差にひれ伏せ、無知蒙昧な管理局の犬どもが!」
威嚇してくる。
「かかってきなさい。これくらいの計算もできない馬鹿な指揮官だと思って?」
「大言壮語も大概にしろ。貴様は包囲した」
「その程度じゃ、あたしを制圧なんてできない。もちろん墜とすのもね」
(まずは脅かして見せる。程よくバラけたところでチャージしないとね。フランカーのパワーバーがちょっと怪しげ)
リリエルには手順を組み立てる余裕があった。
◇ ◇ ◇
増援の到着に一時は焦りを覚えたレキストラだったが、それも杞憂だとわかった。一人残った指揮官リリエルの朱色のアームドスキンは驚異的な戦闘力を見せる。
(いつでも撃退できるって計算してた?)
自信をうかがわせる。
(常に自身ができることと他者に任せられることを把握しておく。そして、最も効率的な差配をする。指導者がすべきことを、あの年の娘がやっているということですわね。少し侮っていましたか)
どういう仕組みかは彼女にもわからないが、四基の子機を駆使してテロリストを撃滅していく。ステーションの周りには大破したり、推進力を失った人型機動兵器ばかりが増産されていった。
「自分も出て援護いたしますか、レキストラ様?」
警護秘書官のドリーが進言してくる。
「いえ、お任せいたしましょう。目算がある様子です。ステーションの制御も奪っていることですし心配はありませんわ」
「わかりました。あなた様の警護を手薄にするのも本意ではありませんので」
「ありがとう」
視察団のメンバーである政務官たちは慌てふためいている。状況が読めておらず危機感だけを募らせている。民間の指揮官のほうが有効な手を打っているのに幻滅をしてしまう。
(もう少し聡明であってくれれば、わたくしがこんな無理をする必要もありませんでしたものを)
人材が育っていないのを口惜しく思う。
(なにをせずとも順調だった観光業に胡座をかいた結果がこれですわ。大統領の苦労も知らずに)
「皆様、落ち着いてくださいな。わたくしには切羽詰まった状況に見えておりません。まずは問題解決のプロである方々にお任せしましょう」
呼び掛けた。
「そうでしたか。お嬢様……、いえ、補佐官殿がそうおっしゃるならそうなのでありましょうな」
「ええ、責任持ちますわ。こちらの方の邪魔だけはいたしませんよう」
「わかりました」
(状況把握もできなければ決断もできない。こんな臣ばかりでは回るものも回りません。思い切った改革が必要なときを迎えているのでしょうか、コンコリオは)
憂いてしまう。
危機感を抱くだけでは難しい。誰かが解決してくれると感じているうちは人は怠惰になる。今回は星間管理局しかり、彼女しかり、頼れる者を頼るのだ。
(やはりジュネ様をヘッドハントするのが近道でしょう。彼ほど優秀な人間を近くに置こうとする姿勢が彼らにはよほど危機感を抱かせるかもしれませんわね)
レキストラは戦況から目を離さず考えていた。
◇ ◇ ◇
フランカーが裂いた胴体が内から光を溢れさせる。対消滅の超高温プラズマはアームドスキンのボディでも容易に飲み込んでしまった。焼けただれた操縦核が浮遊しているのが見える。
(命を拾ったのだから大事になさい)
排出反応の0.01秒の差が命の境目になるなどザラである。そこにパイロットの運不運が詰め込まれているかのように。
「豪語していたけどこんなもの? プロを侮るのもほどほどにね」
「く……」
すでに二十の敵機が半数になっている。勝負は決したようなもの。
「投降しなさい。これが最後通牒よ」
「するものか。我らこそが星間銀河の守護者なのだ。汚そうとする者は何人たりとて許しはせんぞ」
「あんたには往生際という言葉をプレゼントしてあげる」
フランカーを飛ばす。ところがテロ機の反応が変わった。リフレクタをかざして躱しにきている。
「なに? 怖気づいた?」
「貴様らは最後の一線を越えた。報いを受けるがいい。これは粛清、浄化である」
「なにを……」
光が瞬いた。彼女の周囲でではない。足下、惑星コンコリオの側である。そこには磁場発生機が軌道を巡っていた。
「軌道操作!? 嘘! ステーションの機能は奪ってあるのに!」
「我々がなにも考えずに磁場発生器に行ったと思うか? リモートコントロール装置を取り付けていたのだ。これで地表は焼かれる。この惑星は長い眠りに就いて再生のときを迎えるであろう」
「愚かにもほどがある!」
ステーションを放棄して磁場発生器に向かう。タイミング的にはギリギリ。否、間に合わないだろう。
(ジュネに汚点を付けてしまう!)
その思いが先に来た。
プラズマジェットの薄紫の光が宇宙に幾つも棚引く。巨大な構造物が周回軌道を離れて落下し始めていた。フランカーでノズルを攻撃して黙らせる。しかし、落下は収まらない。
「こんなもの、ラキエルで押しだしてみせる!」
フランカーを格納すると下側に回り込んで全力加速。ラキエルの手が発生器の外装へめり込んでいった。
「押しだせぇー!」
しかし、残った機体が阻止しようと追いついてきた。砲口がラキエルを照準する。動けない状態の彼女は死を覚悟した。ところが割り込んできたアームドスキンが頭からコクピット付近まで粉砕される。
「ヴィーぃっ!」
リリエルの所まで漂ってきたのはピンクの装甲片だった。
次回『ハーフ&ハーフ(3)』 「総帥におなりください、お嬢」




