二つの命(1)
星間宇宙暦1438年、十九歳にして頭角を現していたヴィエンタ・ゾイグはブラッドバウ総帥リューン・バレルに呼びだされる。
(なに? ミスした記憶はないのに)
理由が思いつかない。
(十分に評価してもらえてる。同じ生え抜き組同期の中でもトップクラスのギャランティも受け取ってるし。隊長に抜擢されるほど人材に困ってないはず)
彼女は隊員の子供である生え抜き組。だからといって優遇されるわけではない。人気のあるブラッドバウへの加入希望者は少なくなく選抜されている。
その中には隊長クラスの経験者も多く、実力があれば重用される。なので指揮官に困ることはないと聞いていた。
(だったら?)
総帥直々に呼びだされるとは何事か。
(新造艦隊のメンバーに選抜されるとかなら幹部連の面接で済む。あ、リルム様やリアン様の外遊とかかな? だったら女性の護衛とか必要かも。退屈な任務)
剣王の二人の孫の顔が浮かぶ。十歳と九歳の少女は外を見たい年頃だろう。二人ともあまり軍事には興味を示さず戦気眼も弱いという噂。将来的には組織の外に出ることも視野にしているという話も耳にした。
「悪いな、わざわざよ」
「いえ、お気になさらず」
直立不動で敬礼する。自然と身体がそう動いてしまった。それほどにリューンの存在感は凄まじい。言葉が喉につっかえるのを誤魔化すのが精一杯だった。
「悪いついでに頼まれてくれ」
「ご期待に応えられるようなことであれば」
総帥は苦笑している。それだけでも様になる。嫌な任務も断りづらい空気になるのを避けたいがヴィエンタにはどうしようもなかった。
(割り切るしかないか)
半ばあきらめかけた。
「リリエルのことなんだがよ」
「リルム様で……、え、リリエル様?」
一番下の孫は頭になかった。なにせまだ自分の将来を語るほどの年ではない。確か六歳のはずである。
「は、その……」
「もうすぐ七歳になるんだがな」
(子供の世話!? 勘弁して!)
心の中で悲鳴をあげる。
(そんなことするためにブラッドバウにいるんじゃないのに)
硬直する。さすがに断りたい。しかし、言葉を継げない。リューンが彼女の悲しげな表情に心底申し訳なさそうにしていたからだ。
「一丁前にパイロットの訓練がしたいとか言いだしやがってよ」
「はい? リリエル様がですか?」
「実はな」
話の方向性がおかしい。否、おかしくはないのだが彼女の予想の斜め上を行っている。
「わたしはなにをすればよろしいのですか?」
「鍛えてくれ。で、使いもんになるかどうか評価してくれ」
「そんな!」
想定外の重責だ。
「幾らでも適した方がいらっしゃるでしょう? こんな若輩者でなくとも」
「そりゃ腕利きはいなくもないがよ」
「閣下もお忙しいと言うほどではありませんでしょうに」
訓練相手ならやれないことはない。ヴィエンタとて新兵訓練に駆りだされることもある。しかし、ブラッドバウでも重要人物、戦気眼の血統である人の評価などする器ではない。それこそ剣王本人がすべきだ。
「もちろん俺も見る。だが、鍛えるのには向いてねえ」
リューンは断じる。
「まさか」
「教えるのが下手ってのもあるが、なによりエルは女だ。身体作りとなるとやり方が違うだろ? そいつは若いお前さんに頼みてえ」
「お言葉はわかりますが」
それでも適材は多いはず。
「比較的年が近いってのもある。あいつも言う事聞きやすいと思うんだ。相談もしやすいだろ?」
「近いといっても十二も違うんですけど」
「腕のしっかりした奴を挙げてくれっていったら、タッターの奴がお前さんしかねえって言いやがってよ」
タッター・ファニントンはパイロットではないが優秀な指揮官である。彼の下で何度も戦闘に出たのは確か。そんなに評価されているとは思わなかった。
「基本がちゃんとできてて安定感がある。視野も広くて判断力も高い。べた褒めだったんだがよ」
思わず隊長に上げようかとしたくらいだと総帥は言う。
「そっちが良かったか?」
「どちらにしても荷が重すぎです」
「じゃ、お試しでエルと遊んでやってくれ」
(乗せられた)
退路を断たれたと思う。
「どうしても嫌っつんなら無理強いはしねえ。頼まれてくれねえか?」
「……承りました。ただし、リリエル様が拒まれるようでしたら外してくださいますか?」
「そいつはねえな。タッターに話聞いてワクワクしながら待ってやがる」
(タッター艦長……)
内心で恨み言を送信。
当然リリエルのことは知っている。というか有名だ。なにせ機動要塞のどこにでも出没する。
幹部エリアからあまり出てこないリルムやリアンと違って、幼い子供たちを仕切って走りまわっている。パイロットフロアでもお構いなし。若い仲間からも人気の人物だった。
「もし失敗しても恨まないでください」
それだけは念押ししておかないといけない。
「心配すんな。絶対に恨んだりしねえ」
「閣下の後継はお三人しかいらっしゃらないんですよ?」
「まあな」
彼以外に三惑星連盟大戦の英雄ライナックの血は絶えている。遺伝する異能『戦気眼』を発現するのは血統の者のみ。
男児のレーム、女児のコルムともに薄くしか発現しなかった。希望の星である孫のうち、誰かが強い戦気眼を示さねば組織の継続もままならなくなるかもしない。
(懸念の声はすでにお耳にも入っているでしょうに)
そのうえで彼女に教育を頼むというのだ。
「ここからの話は誰にもしゃべるな」
怖ろしい前置きが入る。
「星間銀河加盟から十三年だ。もう情勢は落ち着いてきてる。孫どもなんか完全に新世代なんだぜ?」
「わたしでさえ当時の記憶は曖昧です」
「『血の誓い』はもう役目を終えてる。潰してもいいと思ってんだ」
とんでもないことを言いだした。
「閣下?」
「俺だってお前らを路頭に迷わせてえわけじゃねえ。でもな、統率力だけの頭にこんなでけえ組織を引っ被せてもマズいんじゃねえか?」
「それは、なんとも」
答えようがない。まさか、そんな重大な告白を聞かせられるとは露とも思ってなかったのでは。
「組織が弱体化するだけならよ、面倒なもんになる」
剣王のような求心力のあるリーダーを失えばの話。
「役目の被ってる星間管理局の機関と揉め事になんのは想像に難くねえ。間違って敗れるようじゃ目も当てられねえ。ゴート宙区は食いもんにされるかもしんねえかんな」
「そこまでお考えですか」
「ガルドワも耐えてくれるだろうがよ、片輪が壊れるとまともに走るもんも走んなくなる。そいつが困るんだ」
総帥の思慮深さを垣間見せられる。
「それなら管理局に任せて解体したほうがマシだ。そこの見極めを俺が生きてるうちにやんないとなんねえ。手を貸してくれ」
「大役すぎてお答えしかねます」
「なぁに難しい話じゃねえ。お前さんはエルが持ってるもんを引きだしてくれりゃいい。無ければそれまでだ」
確かに難しい任務ではない。彼女は普通にリリエルという少女に訓練を施して、才能があれば開花させるだけ。最終的な判断はリューン本人が下すと言っている。
組織が解散するとなれば大騒ぎになるだろうが、それも緩やかなものになるだろう。協議の結果如何になるが、場合によっては戦闘職のメンバーはガルドワに吸収される形になるのも検討していると総帥は言う。
(わたしにできることをやってみよう。それが育ててくださった閣下への恩返しになるのであれば)
ヴィエンタは最敬礼で答えた。
次回『二つの命(2)』 「もしものときは慰めてくれる?」




