無垢の輝き(2)
北天側に移動したレイクロラナンとGPF艦は軌道制御ステーションを臨む位置に到着する。状況的には変わりない。接近に合わせての警戒か、ステーションの周囲を数機のアームドスキンが周回している。
(思ったより難しいかもしれませんね)
ヴィエンタは面に表さないよう思う。
ステーションはそれほど大きな建造物ではない。単にリング状に配置された磁場発生器の相対位置や周回速度、出力を管理するために存在する。
ただし、発生器のほうが巨大である。当然ではあるが、わずか十八基で惑星の半分を覆う電磁場を維持する設備。一基の全長が300kmもある。レイクロラナンの七百五十倍も大きい建造物が軌道で円弧を描いて周回していた。
(問題は、ステーションはともかく発生器は防御フィールドを展開する機能がないってこと。この近くで戦闘をする想定がされてない)
破壊されやすく、地上に落ちれば大被害。そんなものが惑星軌道を巡っている。もし、交戦時に標的とするようだと重大な星間法違反になり、星間管理局の介入を招くので防御力を無視している。
今回のように、無茶なテロリズムの標的になると厄介極まりない代物だと思う。余程のことがなければ活用されないのはそんな理由からだとわかった。
「軌道ステーションを占拠している武装集団に告ぐ」
ジュネがオープン回線で呼び掛けている。
「こちらは星間管理局。君たちの行為は星間法第三項第八条『国家憲法もしくは刑法に違反せずとも、広く加盟国民の人権を侵す行為はこれを禁ず』の条項に触れる。施設からの退去を命じる。従わなければ強制執行となる。ただちに退去せよ」
大人しく従う様子はなく、逆にアームドスキンを発進させて並べてくる。やはり徹底して対抗する構えであった。
「こちらこそ要求する」
さすがにいきなり撃ってはこない。
「コンコリオ政府の罪を問え。自国の利益のために母なる宇宙の摂理を曲げる大罪である。我々は長くその過ちを星間管理局ならびにコンコリオ政府に訴えてきた。改められないのであれば、自ら正義の鉄槌を下すのみである」
「君たちの行為のどこにも正義も正当性もありません。過去三度の裁判においてもコンコリオの事業の正当性が認められています。暴力的行動でそれを覆す正義など存在しません」
「星間管理局は公正公明を謳いながらコンコリオの賄賂に下ったものと判断した。誰が認めなくとも宇宙の正義は我らにある。『無垢の輝き』は悪辣なる妨害には決して屈したりはしない」
法もなければ道理も理屈もない。環境テロリストにありがちな考えで、自分の行為だけが正当だと主張を続けるだけ。傍から見れば迷惑な無法者でしかない。
「正義は我にありと主張しながらコンコリオの生態系を根こそぎ破壊しかねないテロリズムを敢行しようとしています。論理が破綻していますよ?」
ジュネはあくまで説得を続ける。
「破綻はしていない。コンコリオの大罪を許せば今後も同様の行為が横行するものと考えられる。ならばこの惑星の生態系は尊い犠牲となって人類に警告を与えてくれるであろう」
「出鱈目ですね。宇宙を摂理を守るといいながら、その内の一つふたつくらいは潰してかまわないと聞こえます。あなた方の主張はそんなに薄っぺらいものと受け取っても?」
「そもそも、コンコリオの侵略者が大人しく大地を引き渡せば済むことである。我らは生態系の破壊を望むものではない」
論点のすり替えをしようとしている。
「それを問うなら、宇宙移民そのものが大罪ということになってしまいますよ? あなた方も宇宙移民の子孫なのではありませんか。ならば、まず滅ぶべきは自分であることになりますけど」
「断じて違う。我らは宇宙正義の使徒である。人類の多様性の中から生まれた正しき導き手であるならば自ら過ちは正さねばならない」
「多くの人間と歴史の中からしか正しき導き手が現れないとしたら、宇宙移民は間違っていなかったことになります。そこの矛盾はどう説明されるのです?」
ジュネは容赦しない。ただ言葉尻を押さえるのではなく、相手の理屈を逆手に取って反論している。これでは追い込まれていってしまうだろう。
「人類の覚醒である。知的生命とはいえ、磨かれなければ真の姿に到達できないということ」
理屈がだんだんとオカルトじみてくる。
「そういう意味では宇宙移民が間違いとは我らも考えてはいない。しかし、だから過ちを正さなくとも良いわけではない。速やかに正さねばならんのだ」
「でしたら正しき秩序を筋道立てて、全ての人類に示してください。それを大多数の人々が認めたところから始まります。今のあなたの理屈では一部の人間しか理解できないものとなっています。それは単なる選民主義的思想ですよ?」
「そうだ。我らが正しき理を解する選ばれた者である」
とうとう尻尾を出してしまう。
「では、あなたは星間銀河圏を支配しようとしているわけですね? 正義の名のもとに人々を虐げ意のままにする。歴史に見られる悪虐な独裁者の姿ではありませんか」
「違う。我らは正しき理を人類に伝える宇宙神の使徒なのだ。全てを伝え、役目を終えれば導き手の立場も終わる。醜悪な独裁者などではない」
「やろうとしていることは同じですよ。結果がどうあろうと過程がね。そして、愚かな独裁者は志半ばにして討たれるのがセオリーです」
論理を飛躍させて挑発する。紳士的交渉は不可能だと断じたのだろう。ならば一方的に攻撃を開始するよりは相手のほうからも手出しさせたほうが外聞がいい。そちらに舵を切っていた。
(そつがありませんね。相手にしたくないです)
ヴィエンタは苦笑する。
(だからって、お嬢をこんなふうに育てたくないものです。人には好かれません。嫌われ役で汚れ役です。ジュネはわかっていてやっているのでしょうけど。彼の理想を実現するためなら形振りかまわないんですね)
「お前がその立場に立とうというのか? 正しき道を捻じ曲げてまがい物の英雄にでもなろうとするか?」
憎々しげな声音で告げてくる。
「いいえ、ぼくが目指しているのは英雄ではありません。神ですよ。大多数の人類が認める法という秩序を守る神となります。執行する立場となるならそういう心持ちで在らねばならないということです」
「宇宙の神の教えをあざけるか」
「使徒などという責任転嫁しやすい立場で自分を高く見せたりしません。全ての責と業を背負う覚悟がなければ、人の身で聖なる戦いを主張するなどおこがましいのです。ぬるいのですよ、あなたは」
ジュネは呆れを交えた声音で指摘している。
「たかが人が宇宙摂理の神を愚弄した罪は重いぞ。代弁者たる私がお前を討つ。命で贖え」
「ええ、訴えたいことは承りました。これより二時間の猶予を与えます。もし、退去が実行されないのでしたら強制執行を受け入れたものとして攻撃を始めます。よろしいか?」
「勝手にしろ。勝敗は神の思し召しとなるであろう」
通信は切られた。最後のほうは狂信じみていて気持ち悪さを感じさせるほど。数億もの人を人質にできる思想犯というのはどこか破綻しているものらしい。
(彼と行動をともにするようになって、人間の醜悪な部分が目につくようになりました)
悩ましいところ。
(本当なら目を伏せたくなるような部分ではありますが、お嬢も清濁併せ呑むくらいの器量は必要なんですよね)
ヴィエンタもそこはあきらめていた。
次回『無垢の輝き(3)』 「ジュネ・トリス様とは親しいんですの?」




