無垢の輝き(1)
ヴィエンタが出港に備えてデュミエルのチェックをしていると、パイロットリフトのシャフトをプライガー・ワントが滑り降りてくる。フィットスキンの胸元をはだけている姿を見られてもなんとも感じない。
(それこそ、シャワールームから素っ裸で飛びだしたところを何度も見られてるほど長い付き合いだし)
戦闘職同士などそんなものである。
(そこから一歩踏み込んで、お互いを性欲を満足させるだけの相手にしないくらいの分別はあるものね)
若いパイロットではそういう関係もある。建設的でないといえばそれまでだが、宇宙生活にストレスを溜めないようにするには一つの手段だと認める。
「なんです?」
プライガーの黒い瞳は彼女の内心を透視しようとしているか。
「問題ないっすか?」
「ありません。お嬢から説明されたとおり、まずは環境テロリスト対応から始めます。出番はあると思っておいてください」
「そっちじゃなくて、お嬢のほうっす。あの令嬢のせいで無駄に挑発されて意気込んじゃったりしてるんじゃないすか?」
(あいかわらず鼻の効くこと。人間関係の機微に長けているのは彼のほう)
隊長に向いているのは自分よりプライガーだと思っている。ヴィエンタはリリエルの信頼が篤いことで二隊に分けた体制になっているだけ。彼女の配下はどちらかといえば親衛隊的立ち位置。
(隊員の管理はラーゴに一任して、わたしはお嬢の秘書官に収まる案もあったのに彼が拒んだのよね。隊員にも色を付けていいって。そのほうが、それぞれに動きやすくなるから)
当初は理解できなかったものだが、今はプライガーの言った意味がよくわかる。状況に応じてころころと役目を変えると人間は咄嗟の反応が鈍くなるものなのだ。
普通の仕事なら立ち位置を変えることで学ぶものもあるのだが、彼らのような戦闘職では一瞬の迷いが命取りになる。反射的な行動ができるよう慣らすのが正解。
「メンタルはジュネも気を遣ってくれてます。問題ないでしょう」
御すべきは大統領令嬢のほうだ。
「そんな感じっすか。じゃあ、手が出せないっすね」
「ええ、それも彼に任せるしかありません。政治が絡むと無力だって思い知らされます」
「ヴィーはよく勉強してるっすよ。おいらではそうはいかないっすから。人を疑うってのが下手なんすよ」
人の良さは間違いない。
「それでいいのです。ラーゴはお嬢の周りを固めてください。前を務めるのがわたしの役目です」
「気負いすぎたら駄目っすよ。責任感が強いのはヴィーの良いところでも悪いところでもあるんすから」
「心得ているつもりです」
気の置けない相手というのは、なにものにも代えがたい。貴重な友人である。意識せずとも互いを気遣っていられる。背中に誰かいるのは心強いものだ。
「これが済んだらまた羽目を外す機会を作るっすから」
相好を崩している。
「また、わたしに叱られたいのですか? あなたの性癖だけは理解できません」
「おいらだけじゃないっす。隊員皆が待ってるんすよ」
「余計に手に負えません!」
肩をすくめ、二人して吹きだす。何度くり返したかわからない会話。それが二人のメンタルコントロールになっているのだ。
(いつまで一緒でいられる? お嬢が正式に総帥の座に着くまで? それとも……)
ヴィエンタにも未来はわからない。
◇ ◇ ◇
予定どおりの時間に到着したレキストラと警護官のドリー他数名の政府視察メンバーをヴィエンタが迎える。彼らは一様にレイクロラナン内部の様子を観察して眉をひそめていた。
(自国軍しか知らなければブラッドバウのくだけた雰囲気をだらけているとしか受けとれないでしょうね)
心理が手に取るようにわかる。
ただし、機体格納庫内の先進性には瞠目していた。想像もできない技術の宝物庫のように感じているだろう。内数名が隠し持ったウェアラブルカメラで撮影している素振りも見える。
「どうかなさいましたか?」
立ち止まる一同に投げかける。
「申し訳ございません。少し驚かされておりますの」
「そうですか? 我々のこともお調べになったのでは?」
「まあ。ですが、とても私設軍の設備や機材とは思えなくて戸惑っていますわ」
言葉を飾る余裕もない。
「売り物ですので。使用するサービスも、アームドスキンそのものも。ブラッドバウは全てこれで成り立っています」
「なるほど、管理局情報部ともあろう機関が専属契約するだけのことはありますわ。納得いたしました」
「命の切り売りをするだけの企業ではありませんので」
いわば傭兵、兵隊くずれか荒くれ者の集団くらいに思っていたのだろう。蓋を開けてみれば、中身は小規模ベンチャーのような覇気あふれるプロ集団。くだけていても、極めて効率的に機能しているのは一目瞭然のはずだ。
「軍事をサービスとして提供するプロフェッショナルですのね」
読めねば政治中枢になどいられない。
「それだけをやって今の規模になった機構です。逆にいえば、ここで学べるのは軍事以外は技術のみ。やはり一般社会の方とはかけ離れておりますよ」
「商業だけではありませんでしょう。なにか目的意識がありませんと、こういった空気を醸しだせないのではなくて?」
「強いていえばプライドですね。ゴート人類圏最強の鉾であるという」
ヴィエンタも心に刻みつけている矜持である。満たせるのなら身を捨ててもいい。そう念じられるのが生存本能だけではない知的生命たる所以ではないかと考えている。
(わたしの使命はお嬢を在るべき場所へと送り届けること。そのためだけにここにいます)
花道を歩む令嬢には、彼女の意識は理解しづらいであろうが。
「では艦橋へ。ボスが待っております」
「ええ、ほどなく出港ですわね」
彼らを艦橋へと案内して出港の許可をもらう。レイクロラナンは浮上して大気圏を離脱。軌道上で待っていたGPF戦闘艦とランデブーした。
「では向かいます。問題ありませんね?」
ジュネがサブのブースを離れてエスコートしている。
「こちらでよろしかったんですの? GPFの艦ではなくて」
「彼らには彼らの指揮系統があります。ぼくが出すのは指示だけで、実務は艦長や隊長が務めるのに変わりはありません。どちらに居ても、あなた方は顧客の立場ですよ」
「ええ、一次電離層を復旧できるなら手段はお任せいたしますわ」
レキストラもあくまで実利的である。そのあたりは間違いなく政治家だと思えた。
「まずは説得をしてみます」
青年が説明する。
「被害を受けている身では、まだるっこしく感じるとは思いますが手順は踏ませてください。管理局は公平公正でなくてはなりません」
「心得ております」
「応じてくれなければ……、これまでの流れからして応じるとは思えませんが警告ののちに強制排除となります。実際の作戦行動となるので、こちらからの観覧にとどめていただけますか?」
実戦に入るまでは彼らの意思も入り込む余地があると説明する。
「はい、なんらかの交換条件提示があるならば政府としての回答はしなくてはいけませんもの」
「星間法に関わらない程度の譲歩であれば、ぼくもあなた方の意見に従います」
「よろしくお願いしますわ」
(ジュネはいつになく丁寧ですね。本件の裏側、思ってるより簡単に裁けるものではないということですか。ならばお嬢があまり横槍を入れないほうがいいのでしょうが……)
いかんせん令嬢の青年に向ける視線には熱意があり、それにリリエルは神経過敏になっている様子。
ヴィエンタは出際を推し量る心づもりをした。
次回『無垢の輝き(2)』 (そつがありませんね。相手にしたくないです)




