始められた夏(2)
「地上制御室が異常を訴えたのは三週間前。我が国コンコリオの一次電離層が消失したのを伝えてきました」
「そのときはまだ地上の状態も普通だったのですね?」
ジュネが尋ねている。
(問題点の整理からですか)
あまり立ち会うことのない潜入捜査の導入をヴィエンタは興味深く見つめる。
コンコリオは本来移住に適さない固体惑星だった。軌道はハピタブルゾーンの主星寄りとそう悪くない位置なのだが、その恒星が主系列星としては明るく大きなもの。
大気は呼吸可能ながら地上に降り注ぐ各種宇宙線は基準値を大きく超えており、可住惑星の条件を満たしていない。宇宙植民初期には除外された惑星だ。
「徐々に線量が上がっていき、支障を来すようになりました」
「一次電離層無しでは日常生活もままなりませんでしょう」
ところが初期の植民ラッシュが終わった頃に探査を行うと面白い特徴が認められたのである。それは現在、生物進化大爆発の真っ最中だった点。
海洋の中では信じられないほどの多種多様な生物がはびこり、生物学者の興味を引いた。しかし、それだけでは済まないのが人類というもの。
「観光で成り立っている我が国ですもの。こんな状態では話になりませんわ」
「状況を知れば旅行はキャンセルでしょうからね」
進化爆発を観光資源と考えた企業が開発に乗りだし、旅行客を呼び込もうとした。それには放射線量をどうにかしなくてはならない。
そこで設置されたのが一次電離層形成リング。磁場で星間物質や主星からの高エネルギー粒子、コンコリオから飛びだす分子をキャッチしイオンの層を作りだした。それにより降り注ぐ線量は下がって居住可能になったのだ。
「調べると、軌道制御ステーションが占拠されていたのです」
「それが環境保護団体『無垢の輝き』だったと」
一次電離層形成リングは十六基の磁場発生機と南北天二基の軌道制御ステーションで成り立っている。そのステーションを『無垢の輝き』が占拠し、一次電離層を消失させていた。
「このままでは大切な観光資源である海洋生物の進化が加速してしまいますの」
「その前に歳入が大幅に落ちたコンコリオが破産し、国として成り立たなくなりますが」
現在は二次電離層と呼ばれていた本来の大気圏上層の電離層のみ。通過してしまったX線や紫外線が海洋生物の細胞に効果を及ぼし、分化と淘汰を促してしまう。
線量を抑えることで維持していた生態系は、本来の進化の道筋を歩みはじめるということ。それは企業から国家へと昇格したコンコリオにとっては不都合極まりない。
「それで『無垢の輝き』の要求は?」
「要求もなにもありませんわ。彼らはこの惑星コンコリオが通常の進化を遂げることを望んでいます。身代金を払っても一次電離層を復旧させることはありません」
環境保護団体『無垢の輝き』は星間管理局も監視している要注意環境テロリスト集団。指揮系統が曖昧なため、団体ごと取り締まるのが困難なのだが、逮捕者は多数出している過激派団体だった。
「自衛軍を向かわせて奪取を試みなかったのですか?」
「無理と判断しました。強硬手段を取れば磁場発生機を地上に落とすと警告してきたのです」
「それは本末転倒ですね。それでも彼らは進化を捻じ曲げる暴挙は許されないとでも主張しましたか」
レキストラは頷き返した。
磁場発生器だけでも巨大な宇宙建造物である。地上に落とせば衝撃波と熱、莫大な量の粉塵を巻きあげて環境を激変させてしまう。惑星一個ごと人質に取られたようなものだ。
「地上からの制御は全く受け付けない?」
「物が物ですもの。オンラインでのアタックには最大限の安全策を講じております。それを逆手に取られた格好ですわ」
ひと度制御を奪われれば、こうして地上を窮地に陥れられる装置である。ハイパーネットを含めて、オンラインでの制御は物理的に受け付けなくなる構造を備えているのだそうだ。
「コンコリオは観光惑星。自衛軍も些細な規模です。南北天のステーションを一気に奪還するほどの戦力はございませんでして」
「星間管理局に奪還を依頼したのですね」
その情報がジュネのところにも流れてきた。人口は少なめとはいえ惑星一つ分の加盟国民。守らないわけにはいかない。
駐屯星間平和維持軍艦隊もわずか一隻のみで作戦遂行能力に乏しい。さらに、これほど大規模なテロリズムであれば『無垢の輝き』を根こそぎ検挙できるかもしれないと考えたのだろう。
(一筋縄ではいかない案件なのでしょうね)
青年は空とぼけているが、ヴィエンタでも追及したい不可思議な点が幾つかある。スルーするというのは、通り一辺倒の事態ではなく裏もあるとジュネが感じているからだと思った。
「それで、どのくらいの戦力でステーションを占拠しているのでしょう?」
「こちらを御覧ください」
軌道制御ステーションに機動兵器が取り付いているのが見える。近くには大型船舶の姿もあった。
「偵察艇からの現在の望遠映像です。事態発覚から張り付けてあります。お好きなように分析なさってくださいな」
「アームドスキンを数機は置いているようですね。当然交代もあるでしょう。武装輸送船のサイズからして戦闘艦二隻くらいの戦力があると思っていい」
初見で推察してみせたジュネをレキストラが注視している。それが正確であった証拠。彼を戦力の割り振りなどのマネージメント担当だと軽く見ていたのかもしれない。
「直接指揮なさるのです?」
「ええ、ぼく自身もパイロットです。現場で陣頭指揮しますよ」
大統領令嬢の口元の微笑がわずかに深まる。相手していた人物の優秀さを改めて認識したのだと思った。
(あまり良くない傾向ですね)
予想どおりリリエルの視線が鋭くなっていく。レキストラが抱く興味も深まったのを察知したはず。
「あとはご心配なく。こっちで処理します。結果だけ知らせれば十分でしょ?」
「いえいえ、できるだけ協力させていただきますわ。こちらからお願いしたんですもの」
切りあげようとした娘の言葉を令嬢が却下する。
「でも、あなた、単なる連絡役でしょ? 諸々正式決定するのはコンコリオ政府なんじゃないの?」
「いえ、わたくし、本件に関しましては政府から全権を任されておりますの。皆様に不都合がないよう取り計らうのが役目ですわ」
「それはまた。コンコリオって人材不足なのかしら」
皮肉を放つ。完全に対抗意識を剝き出しにしていた。ジュネに付き纏いそうな虫を追い払う気満々である。
「若輩の身ながら、国民からは望外の支持を頂いておりますわ。わたくしの判断であればかなりの融通も効きますの」
自信たっぷりに言ってくる。
「なるほど、親の七光りではないと? ならばお手並み拝見と言いたいところだけど、悲しいかな事件は現場で起こっているのよね。宇宙はあなたのフィールドではないでしょ?」
「よろしければ政府担当官として同行させていただけると幸いなのですけれど」
「は、戦場まで足を運ぶって? お嬢様には目の毒よ」
拒もうとするが、レキストラの余裕は崩れない。
「こちらに控えているドリー・ドワイゼンは警護を兼ねた秘書官ですの。ご迷惑をお掛けすることはございませんわ」
「そんなのまで引き連れて乗り込んでくる気?」
腰を折る男に、露骨に嫌な顔をする上官。
(残念ながら口では相手の方が一枚上手ですよ、お嬢)
先が思いやられるとヴィエンタは内心でため息をもらした。
次回『始められた夏(3)』 「っと、これはちょっとグロ入ってるかも」




