破壊神の心(4)
『はいなー』
涙滴型の船体が飛んでくる。
「消し飛ばせ」
『お任せあれー』
ジノのフレネティが蹴り飛ばしたヴァラージの胸から上がマティのビームに貫かれる。連射が着弾して灰に変えていく。バラバラのパーツも丁寧に処分された。
(言ったほど余裕ないな。ボロボロだ)
コンソールの表示は真っ赤に染まっている。
(でも、あれくらいまでなら僕でも倒せるって証明した。ジュネも安心だろ)
あと二体も撃滅に成功したのか、リュー・ウイングが朱色のアームドスキンを乗せて向かってきている。
「お疲れ様」
σ・ルーンからはジュリアの声。
「ちょっと骨が折れた」
「駆けつけなきゃいけないほど苦戦はしてなかったと思ったけど?」
「僕は人間専門なんだよ。化け物の相手はジュネに任せるさ」
嘯いておく。
「そんなこと。その化け物まで萎縮させておいて」
「怪物扱いか?」
「それでこそ、あたしが愛してる人だって言ってるの」
キス音のおまけ付きだ。人に聞かせられるものではない。これが『全知者』と怖れられる司法巡察官のやることかと。
(ま、蓋を開ければジュリアも普通の女なんだけどね)
彼が全力で守る女性の一人である。他にはもう一人しかいない。
(家族か。僕も甘くなったもんさ)
「終わってたんだ」
「なんだよ、ジュネ。せっかくの獲物を奪いにくるなって」
「違うよ。確認したかっただけさ」
(タンタル、お前の企みになんか乗ってやるか)
見えない敵に告げる。
(社会を混乱させようと僕を解き放ったのかもしれないが、結局はそうならなかった。それが人の多様性ってやつ。それどころか、僕の血を継いだジュネがお前の喉元に切っ先を突きつけるよ?)
ジノの差しだした拳に息子の拳が合わされた。
◇ ◇ ◇
戦闘終了後には星間平和維持軍艦隊がやってきて事後処理を行う。施設内に残っていた犯罪者も次元の違う戦闘に当てられ、さしたる抵抗もなく捕縛された。
(よかったの?)
リリエルは少し心配である。
合流したファイヤーバードチームとレイクロラナンは軽く打ち上げ的な食事会を催した。その後、ジュネは家族との時間を過ごすことなく別れる。
(一週間ぐらい一緒すればよかったのに)
愛情と絆が本物だっただけに、そう思う。
なんとなく声を掛けづらくてファナトラのジュネのところへ向かう気になれない。戦闘中になじってしまったのも尾を引いている。救えた人質を犠牲者にしてしまったのを話題にすると喧嘩になりそうで怖かった。
(時間が経つほど話しにくくなるのわかってるのに)
経験則で理解している。
何事もなかったみたいに流すのは簡単だ。しかし、また似たような場面に遭遇したとき、ぶり返す羽目になる。そうすると余計にこじれる危険があった。
(話そ。気持ちの整理をつけてからね)
真剣に向き合おうとした。
「ええ?」
着信音に目を向けると意外な名前が表示されている。
「えっと、なにか?」
「無視されるかと思ってた」
「そんなこと。だって、お父さんだもん」
投影パネルに映ったのはジノである。
「取り繕ったところで嫌いって言えば返事しにくいか。とても尊敬できるタイプじゃないだろ?」
「うーん……、そうでもないかと思ってる」
「おい、本気かい?」
嘘でもなんでもない。向き合おうとしたら避けては通れない相手なのだ。そこから紐解いていこうとしていた最中である。
「今一番の相談相手かも。付き合ってもらっても?」
彼の呆けた表情など初めてだ。
「それはどういう風の吹き回し?」
「同じだから、ジュネとあなたが」
「真逆じゃん」
苦笑しつつ答えてくる。
「ううん、ほんと。ジュネはお父さんの一部を受け継いでる。真似してるとかそういうのとも違うかな? 思考プロセスが同じなのよ」
「悪い冗談はよせよ」
「それが嘘。ほんとは気づいてるでしょ? だってジュネの真意を即座に言い当てられるんだもん。同じ考えを持ってないとできないはず」
ジノは絶句する。続いて苦い表情になった。見透かされたと思ったのだろう。おそらく、そういうのが嫌なタイプである。
(変なの。嫌なのに離れられないんだ)
ジュリアは察しの良さでは最たるタイプだ。
(きっと、そういう人じゃないと自身の本質をとても理解できないって思ってる。表面を撫でただけだとジノって正気だと思えないもん)
好みのタイプだと思っても、親しくなれば嫌悪されるか恐怖される。とても近づいていけはしない。苦しむのを放棄してしまうと不感症になる。いずれは自己否定に繋がるだろう。
「昔のあなただったら心底嫌いって言ってたかも」
真剣な面持ちで告げる。
「まるで変わったみたいに言うじゃん」
「あなたは変わった。きっと失いたくないものを得てから。自身のルールを変えたの。狂戦士から破壊神に昇華したんだと思う」
「そんな大層なもんか?」
ジュネみたいにくすくすと笑いながら言う。
(ほら、きっと思い当たるフシがあるんだ。的外れだったら、無視するか馬鹿にするかだもん)
心の動きが見える。
「買いかぶりだ」
顎をそびやかす。
「誤魔化したって無理。ね? あなたはどうか知らないけど、ジュネは心の動きまで見えちゃう。お父さんのことだからって贔屓目に見えるようなものじゃないんじゃない?」
「……新しき子を単なる異能者だと思ってないお嬢ちゃんは手に負えないな」
「降参?」
悪戯げに上目遣いを送る。
「わかったわかった、もう許せ。最初は模倣から始まったんだろうけど、あいつはもう自分なりに噛み砕いてる」
「あくまで一緒じゃないって?」
「ボーダーラインが違う。ベースが同じなだけだよ」
ようやく認めた。本当はそんな道を歩ませたくはなかったらしいが、ジノが気づいたときにはジュネの本質は固まってしまっていたのだという。
「あいつはそれだけじゃない。足りないと思ってる。ジュリアからも色んなもんを吸収して付け加えていった。今じゃ僕の想像の範疇を超えたなにかになってる」
思案しつつ説明してくれる。
「そうなろうとしてる」
「うん、わかる。でも、その先にあるものって、なんていうか、大丈夫?」
「わからん。歴史上、そこに到達した奴は神みたいに扱われてるね」
彼女と同じ結論に達している。
「ただし、末路は決して報われたもんじゃない」
「止めたい。でも、ジュネは希望してる」
「わかってるだろ、あいつだって。試してみずにいられないんだろうな」
(やっぱり父親なんだ。もしかしたら一番の理解者なのかも。ジュネもそう思ってるから、自分を悪し様に言うジノの態度が嫌だったのね)
声を荒らげてまで止めようとしたのだ。
「やらせてみてくれる、気が済むまでさ?」
落ち着いた声音が耳に流れてくる。
「そうじゃないと納得できないんだろ」
「でも、失敗したら?」
「あいつはな、おかしなこと考えてるんだと思う」
急に話が変わって戸惑う。
「僕が殺した何百万人か、その何十倍何百倍の人数を息子である自分が救えば罪が帳消しになるんじゃないかって」
「あ……」
「思い当たるだろ?」
(優しさは見せかけなのよ。深く付き合えばわかる)
間違えはしない。
(人類愛なんてものとは無縁。厳しいときにはとことん厳しいもん。裁く立場というのを別にしてもそう)
「余計なお世話なんだよ」
ジノは鼻で笑う。
「自分の尻くらい自分で拭くさ。勘違いを正すつもりもないけどな」
「えー」
「走ってみればいい。走って走って転びそうになったとき、手を差し伸べてくれる人間がいるだろ、リリエル・バレル」
「もちろん」
(この人、これが言いたくって連絡してきたのね。もー)
親子して面倒くさい。
リリエルはつい吹きだしていた。
次はエピソード『猛き令嬢』『始められた夏(1)』 「デートはお預けにしてくださいね」




