破壊神の心(2)
ヴァラージからの声は全く聞こえなくなっていた。そこは意識の強さをというものがダイレクトに影響するのかと予想する。
(そういう意味で当たりを引いたのは父さんか。大丈夫かな? 心配ないよね)
ジノの戦闘の手管は多彩だ。数多の経験値から習得したものだろう。ジュネの操縦術がトリッキーなのは、幼いとき、それに対抗すべく工夫した所為ともいえる。
「エル、隙を見つけたときの狙いは正確に、仕掛けるときは鋭く大胆にいける?」
要望を伝える。
「正確に、鋭く、ね?」
「君にとっては大事な駒だろうけど一つ二つは失うくらいの気構えで」
「フランカーはあくまでラキエルのパーツ。気にしない」
こちらの連携を強めていくほどに人型ヴァラージ二体も連携しはじめている。搭乗者二人が元はどういう関係だったか知らないが、かなり巧妙になりつつあった。
(早めに仕留めたかったけど、そうはいかないか)
やはり同化型は容易な敵ではない。
「本命は影に」
「ん、了解っ!」
相手が一体ならリュー・ウイングでも真正面から当たれるポテンシャルはある。ただし、二体となると確実性は低下する。賭けに手を出す局面とは違う。
(海上施設を背負おうとしないのは良しとしよう)
犯罪者の群れとはいえ無碍に喪うのは不本意である。Bシステムを控えているのはそのためなのだから。追い込んだときに餌場にしないよう留意しないといけない。
「来る!」
「向こうのタイミングで動くのは嫌だな。主導権を取りたいとこだけど」
「あれだけの機動性があれば使うでしょ。相手のペースに持ち込まれたくないもん」
「然りだね」
足を緩める方法はある。螺旋力場を防御に振り向けさせればいい。要は飽和攻撃を仕掛ければいいだけである。それ以外となると。
(父さん並みの威圧感を発するしかないね)
難しい注文だ。
(飽和攻撃はヒートゲージのビームインターバルってリスクもあるから多用できないんだけどさ)
曲線を描きながらマルチプロペラントのビームも使って集中攻撃をする。一列に並ばせたくないからだ。前を弾避けにして余裕のある二体目が飛びださせないよう工夫する。
「はっやい!」
「力場二本でどんな現象を起こせばあのスピードが出るんだろうね」
「エルシは空間を蹴ってるって言ってた」
正確なところは解明されていない。解き明かしたところで実用化できるものか怪しいところではある。
「フランカーは軽いからついていけるけど」
「機を待ちなよ」
四基とも射出したラキエルはマルチプロペラントに掴まっている。ほとんどフランカーのベースみたいになっていた。
「お荷物ぅー!」
「出番はあるさ」
フランカーがチャージに戻ったところで追いつかれる。ラキエルが離れて身軽になると同時に仕掛けた。
突きだしたビームランチャーでヒートゲージいっぱいのラスト一射。薙ぎにきたフォースウイップを砲身付属のブレードで逸らす。左の喉元への突きは衝撃波咆哮と交錯した。
「くぅ!」
「ジャジャッ!」
ぎりぎり半身で躱す。狙いは外され砲口は流れた。ここぞとばかりにウィップがひるがえる。逆に肩を入れたジュネはグリップエンドで顎を打ちあげる。反らされた上体から生体ビームがあらぬ方向へ。
(油断も隙もない)
至近距離で食らえばアウトである。
(白兵戦は分が悪い。詰めまで組まないと仕掛けるもんじゃないな)
空に近い弾液パックを落として燃房トップをヒップガードに軽く当てる。押しだされていた新しいパックが装填された。ヒートゲージも戻りつつある。
(上は落ち着いたか)
一進一退の攻防をくり返しながらジュリアたちのいる戦闘空域をうかがう。海面に落着する機体を確認してはいたが、かなり数を減らしていた。
(とはいえ、これを片づけなければGPFを呼ぶわけにもいかないしさ)
海面に漂う犯罪者たちには当分我慢してもらうしかない。彼らにすれば生きた心地がしないだろうが。
「あー、かわいそ」
「見ないふり、見ないふり」
水面を叩いた衝撃波咆哮の爆発で人が宙を舞っている。どう考えても痛いだけでは済まないが、腕にフィットスキンのフロートが膨らんでるので沈むことはあるまい。
「それより長引きすぎてる。ぼちぼち仕掛けようか?」
「はーい」
ヴァラージは痺れを切らしたか攻勢を強めている。彼らにとっては戦闘は激しい消耗を強いる。周りは餌だらけでも早期の決着を望むところだろう。そこが隙を生む。
「そこ」
「シャッ!」
マルチプロペラントのビームを沈んで躱す一体。飛びだしたもう一体にラキエルが突進を掛ける。競り合いになったのを確認して、スピンしつつ横薙ぎを放った。
受けるヴァラージが生体ビームを発射。しかしジュネは軸を90°ずらして横向きになっている。胸元を擦過したのみ。
「遅い」
「ジャー!」
威嚇音もものともせず、回転しつつのストロークの長い強烈な斬撃。両腕のフォースウイップで絡め取ろうとするも、彼はもう一方の腕でも斬撃を放っていた。
それもかろうじて受けるが限界が来る。ウィップの力場ごと斬り裂いて抜けた。堪らずブラストハウルで弾きだそうとするがリュー・ウイングは身を躱している。
「シュ?」
「終わりだよ」
ブラインドになっていた空間を二基のフランカーが駆け抜けた。首の付根と鳩尾、二つの急所に同時にブレードを突き立てる。
心臓を貫かれても再生は効くが動けなくはなる。背中のビームで頭を吹き飛ばし、ランチャーブレードで斬り刻んでいった。フランカーとともに集中砲火で消し炭にする。
「エル?」
「もたせてるぅ!」
ヴァラージと叩き合いを演じている。残ったフランカー二基のフォローがなければ怪しいところ。彼は即座に駆けつけ、飛び退いたラキエルの影から鳩尾に一撃食らわせた。
「本命は影に!」
「これで決まり」
ジュネは突き立てたブレードを横へと払った。
◇ ◇ ◇
一時は怯えを見せていたヴァラージだったが、今は果敢に攻め立ててきている。それはジノに対する恐怖感の裏返しといえようか。
(好きにさせると、こっちの手札があまりないのを覚られるな)
スラッシュショットは躱されるようになっていた。ビームの一形態である以上、青白い円弧を描いているので視認できる。こればかりは如何ともしがたい。
「まだ死にたくならない?」
「笑止……。わた……証明……」
「大したもんだね。よく意識を保っていられる。それとも似た者同士だからかい?」
「……けたこと」
ループを描いたフォースウイップが駆け抜ける。半身で踏み込んだジノは手首から叩いて落とした。そのまま肘を口に押し込んでブラストハウルを黙らせる。
鳩尾に突きつけた砲口が光を吐きだす頃には蹴られていた。鼻面に皺を寄せて不快感を表した彼はお返しとばかりに脇腹に膝を飛ばす。悲鳴もなく飛んでいった。
「きさ……、正気……」
「そんなもんはとうの昔に捨ててきた」
女の常識では、紙一重の捨て身の攻撃がひどく奇異に映ったようだ。しかし、彼にとってそれは常に生活の一部のようなもの。特別にやっているつもりはない。
「悪党のわりに覚悟が足んないな。もうちょっと美学を持てよ」
「きさ……、狂っ……」
「正解だ!」
三連射を綺麗に躱している。続くスラッシュショットも踊るように避ける。動きは吐き気を覚えるほどに生物的。
(そいつは長所でも短所でもあるんだよ)
ジノの横薙ぎをかがんで躱したヴァラージはフレネティの頭に向けて口を開いた。
次回『破壊神の心(3)』 「そんな奥の手を残して」




