破壊神の心(1)
ヴァラージの動きが変わってきたとジュネは感じていた。戦い方が闘争本能のほうへややシフトしてきているように思う。
(もう食われちゃったかな。面倒なことに)
自律タイプとの違いは主にこれから出てくる。早期に搭乗者を降ろせなかった時点で予想できた局面だ。
「ジュネ」
フレニオンフランカーが一体の出足を挫く。
「来たんだ」
「ジノと代わってきた。あたしがフォローするから」
「あまり前に出ない。君の間合いは難しくなってる」
仕草が変わってきた。連続して生体ビームで狙撃しようと身体を振り向ける動作が目立っていたが、それがビームインターバルを意識したものになりつつある。動作の主体がヴァラージへと移行しようとしていた。
「あ、おお……」
「ふ、くうぅ……」
吐息じみた声が漏れ聞こえてくる。同化の兆しを確信に導くものだろう。すでに搭乗者の救出は不可能だと思っていい。
そして、取り込まれた人間は肉体を餌にされるだけではない。記憶の中にある戦い方、経験値そのものも食われてしまう。それが搭乗者を得たヴァラージの怖ろしいところだった。
「もっとなの?」
「おそらくね」
彼自身も距離を取って対している。力場鞭の間合いに入れば攻撃力は倍加すると考えて間違いない。白兵戦は一撃離脱と最後の詰めだけと考えたほうがいい。
「ごめん、さっきの」
「ん?」
フランカーを一列に連ねて連続攻撃させている。上手い使い方だと思った。目標を絞らせないのでヴァラージも反撃に戸惑っている。
「忘れてっていうのは無理だろうけど」
「そうだね」
生体ビームに照準を合わせて弾く。
「嘘じゃないんだけど……、だけど……」
「人の命に勝るものなし」
「え?」
ジュネの放ったビームがかすめた隙にフランカーが斬線を刻む。
「言うのは簡単だし崇高に見えるかもしれないけど、それをあまり大事にしすぎると平和なんて夢のまた夢なんだよ」
「わかってるつもりだったの」
「うん、邪魔するものは多いね」
(理屈で念じていても身体は意に沿わず反応する。それまで積み重ねてきたものに従って)
人間として自然である。
もう一体が大きく跳ねて距離を詰めてきた。それも狙いの一つ。能動的な攻撃は隙も孕んでいる。
ハイパワーランチャーの射線を縫って入り込んできた。肉薄したヴァラージのウィップをランチャーブレードで跳ね除ける。それは相手も予想していたようで、もう片方のウィップを叩きつけようとしていた。
「甘いよ」
リュー・ウイングの肩口から放たれたビームが脇腹をえぐる。螺旋光がひるがえり、慌てて離れていった。
「もう少し引き付ければ避けられなかったか」
マルチプロペラントの通常ビームが上にリフトアップされている。ブレイザーカノンは無理だが、通常のビームランチャーは固定武装としても運用できる機構を備えていた。
「惜しい!」
リリエルがフランカーで畳み掛けているが詰め切るには及ばない。螺旋力場がうねってビームを弾き飛ばしている。
(エル、君はたぶんこちら側には来れない)
前々から感じていたこと。
(万人を愛することはできても、万人の心の闇と対峙することはできない。万人の期待には応えられても、万人の枠を飛びだす生き方はできない。あくまで人のうちの一人、人々を守る戦士でしかないからね)
その感性は人として正しい。ジュネでさえ見惚れるほどに。その輝きは人の中でしか表れないもの。だから受け入れやすくもある。
(こちら側に来ちゃったら人は危うさも感じるようになる)
それは人の領域ではないからだ。
(英雄として生きて終わる道があるならそこを行ってほしい。枠を外れたとき、君は寂しくて傷ついてしまうよ)
ジュネはリリエルをそんな目に遭わせたくはなかった。
◇ ◇ ◇
「OK、ジノ?」
ジュリアが呼び掛けてくる。
「OKだ。絶対に来るなよ、ジュリア」
「ええ、あたしには無理そうだわ」
「任せろ。こいつは僕の獲物だ」
(しかし、いかんせん決め手に欠けるな)
攻撃力の差は厳然として立ちはだかっている。
「あなたのそんな声、久しぶりに聞いたかも」
含み笑いが聞こえる。
「ずいぶんと腑抜けたもんだと思うよ。君に飼い慣らされてたか?」
「そんな器量はないわ。ずっと爪を隠していただけ」
「磨かないと鈍るもんさ」
フレニティをかすめた力場鞭が海面を叩くと爆発が起きる。分解された水が一気に破裂しているのだろう。
「間に合うか?」
それは独り言ではない。
『来たよーん』
「換装。エレメントを『スラッシュ』に」
『はいはーい、マウントスラッシュ、スタンバイ』
光の鞭の渦から機体を逃がす。追ってくるが、マティが降りてくるほうが早かった。下部に降ろしたレールにフレニティを通す。それだけで大口径砲だった肩のマウントが扇状の射出口を持つユニットに換装されていた。
「単機と侮ればどういうことになるか教えてやるよ」
「わたく……最強……すわ」
「そんな状態でも意気がれるとはね」
女首領の意識の余韻だけが残っている。肉体のほうはもう完全に取り込まれているだろう。彼女の望んだ同一化だ。
「欲に駆られた選民思想家ってのはどうも歯止めが効かなくなるみたいだね」
まともな返事があるとは思わずも話し掛ける。
「……証明し……すわ」
「昔、あんたに似た奴と渡り合ったが末路は悲惨なものだった。もう末路もなにもない状態なんだろうけど」
「至高の……今こ……」
ヴァラージが天を仰ぎ「きしゃあぁー!」と鳴く。それが開始の合図となり、一機と一体は弾かれるように動きだした。
(搭乗者を食らってからが本番だって言ってたな、ジュネは)
以前、同様のケースに遭遇した息子の口から聞いている。
(どんなもんか教えてくれ。本物のヴァラージってやつを)
今や命の灯りさえ一つに融合している。戦意の瞬きに反応して回避を行うと海面が爆発した。衝撃波咆哮を乱射している。この見えない攻撃が最も厄介だ。
「だからって遠間合いで当てさせてくれるほど甘くない」
右手のビームランチャーからの射撃は敏捷に回避される。動きを読んで放った詰めの一射も螺旋力場がぬるりと動いて阻止された。
ヒートゲージが上がっているので連射をやめる。左手のグリップからブレードを発生させて突進した。
「無謀な……」
「そうかい? あんたの攻撃は十分に見させてもらってる」
フォースウイップの軌道にブレードを入れて絡める。すり落としながら反対の一撃はリフレクタで防いだ。そこはヴァラージの懐の中。
「終わ……」
「やってみろ」
フレニティに向かって口が開く。戦意の瞬きが表れ、衝撃がコクピットを揺さぶった。「んぐぅ」と声が漏れてしまうが耐える。肘をカチ上げて顎を打つ。次射は止め、切っ先を脇へと突きつけた。
「……らずか」
「捨て身でないと殺れない相手ってもんがあるじゃん」
逃げようとするなら軌道を変えて貫くつもりだった。しかし、逆に組み付いてきたので背中を浅くえぐるに留まる。
(この本能的な勘ってのも厄介なんだよな)
上体を抱え込んで顎を肩で押さえ、膝を連続で突きあげる。何度も何度も膝蹴りを食らわせると痙攣して突き放してきた。離れ際にマウントのスラッシュショットを浴びせる。脅威的な反射でリフレクタをかざしていたが、右肩と左腰の甲殻に斬線が走った。
(まったく器用な。修復できる程度のダメージしか食らわないと来てる)
「ん、どうした? 今さら怖くなったとか言うな」
ジノはヴァラージが細かく震えているのに気づいた。
次回『破壊神の心(2)』 「まだ死にたくならない?」




