神意の領域(4)
「あれがそうか?」
「抜き取った情報だとね。全員だとは断言できないけどさ」
ジュネはジノとアジトの海上施設を破壊して人質を救出しようとしている。父は同じ新しき子なので説明不要なところが楽であった。
「まともな記録もない。近日中に解放交渉している数より少ないけど、もう連れだされてる可能性もあるから確認は無理」
「面倒な」
レブニールは身代金だけ受け取れば人質を解放している。そのあたりは徹底しているので国家警察も本腰を入れない風潮になっていた。国によっては政府要人も関わっていそうなので裏取引もあるのだろうが。
「武器庫や対消滅炉の傍に置いとかなかっただけ良しとするか」
「こんな無茶も効かなかったからね」
救助活動に生身の戦闘隊員を動員しなくてすむのは助かっている。そんなことしていれば絶対に間に合わない。
(いくら母さんでも多少の抜けは勘弁してくれるよね?)
施設内を完璧に調べている暇はない。
ブレードを振るって目的の部屋の天井付近を削ぐ。散る火花で火傷するくらいは容赦してくれるだろう。
それでなくともマルチプロペラントだけを飛ばし敵を牽制させて作業時間を確保している。これ以上の配慮は作戦全体の失敗に繋がりかねない。
「出ろ。すぐ右に走れ」
フレニティが掴みかかるアームドスキンを蹴り飛ばしながら言う。
「救助なの!?」
「急いで。ここは危険だから」
「は、はい!」
ジノが行く先の隔壁を開いて誘導している。こういう機械物の乗っ取りと制御は父のほうが慣れている。ジュネは行く手を阻む敵の排除に専念していた。
(動きがある。危険な徴候だね)
隔離されているヴァラージの方向に移動する灯りが見える。
「どこに降りろってのぉ!」
フォニオックを操るコルトの声が部隊回線に流れる。
「ぶち当てろ。少々壊してもいい」
「ビーム躱すのに精一杯なのに今度は当てろって言うんですか、ジノ!?」
「行って、コルト! 踏ん張るのです!」
直撃で負荷の上がる防御フィールドを温存するためにビームを躱しつづけた操舵士は息継ぎもままならないような風情だった。艇長のサンテナの励ましにも応える余裕がない。
「ここだよ、コルト」
ジュネは脱出ポイントを送る。
「そこ? 減速間に合わないって! 一度海面に!」
「そのまま来るんだ。ぼくがどうにかする」
「信じるぞ、ジュネ!」
マルチプロペラントとドッキングして出力を取り戻したリュー・ウイングが200m超のフォニオックを受け止める。実際に触れればお互いにただでは済まない相対速度。彼は船体の重力子を引き抜くことで慣性を中和させた。
「と、止まった」
顔面から緩衝バッグに突っ伏したコルトが顔を上げる。
「よく耐えたね」
「戦闘職じゃない奴にこんなのさせるな」
「泣いてるにょー」
ペピタがからかっている。
「泣いてない!」
「帳消しにできるくらい立派な仕事さ」
「だから泣いてない!」
メインハッチを施設に着ける。誘導した人々がそこへとなだれ込んできた。
「安心してください。もう大丈夫です」
「こっちへ。急いで」
ラッタとフウムがアンダーハッチの上で人質を引き入れる。上空ではビームが飛び交っているのに大した度胸だった。
(母さんにずいぶんと鍛えられてるんだね。可哀想に)
幾度となく修羅場をくぐってきたのだろう。そうでなければコルトも泣き言を混じえながらも正確な操船などできるはずもない。
「全力で上がれ。後ろなんか目もくれるな」
ジノが言い含める。
「すみません! あとお願いします!」
「気にしなくていい、サンテナ。ここは僕の仕事場で君のじゃない」
「でも! すみません!」
責任感が言わせている。良いチームに仕上がっているとジュネは感じた。
「ファトラ、君も離脱して。どうも間に合わない」
灯りがヴァラージに近い。
『留まって支援いたします』
「要らない。それより接近を妨害できない?」
『生命維持の基本部分は手動でも操作できるような構造になっていまして無理でした』
可能な限りの対処はしてくれていたらしい。
「わかった。フォニオックを安全に離脱させて」
『ご命のままに』
意図的に命令する。そうしないと彼女は譲ってくれそうになかった。ファトラは人工知性であることに誇りがあるだけ頑迷なところがある。
「派手な立ち回りになりそうだよ、リトルベア」
意識的にそう呼ぶ。
「僕が本気で暴れても大丈夫なんだな?」
「本気出してくれないと危ない。そういう敵だよ」
「ありがたいね」
楽しそうな含み笑いが聞こえる。
「ここじゃBシステムの長時間起動は無理。Cシステムで止めを刺せるほど甘い敵じゃない。ほとんど肉弾戦で撃滅しないといけないね」
「楽しい戦場じゃないか」
「命懸けのダンスを披露するのはぼくの趣味じゃないんだけどさ」
疑似ブラックホール制御システムではグワンガリ2への影響のほうが大きい。基本的に惑星上で使えるような兵器ではないのだ。
空間エネルギー変換システムは自機のビームさえ無効化してしまう。発生したエネルギー薄片も相手がヴァラージでは力場で打ち消されてしまうだろう。生体ビームの妨害しかできないでは効果が薄い。
「エル、皆に敵を引き連れていってもらってもいい?」
場所を空けてほしい。
「了解だけど、あたしはそこに行くんでしょ? 下がれとは言わないでね」
「おいで。数が足りない」
「もち!」
ブラッドバウ部隊はジュリアに運用してもらう。母ならば敵をうまく誘導してくれるだろう。彼にもあまり余裕はない。
「そろそろだよ」
「面白い獲物なんだよな?」
「きっとね」
ジュネはジノの灯りが一層熱量を上げるのを感じていた。
◇ ◇ ◇
ヒュナリヤは隔離した倉庫の奥で眠っていたそれを見上げる。何度見ても不気味な印象は変わらない。それは強力な兵器の証明なのではないかと思う。
「アグニ、ジョアンもこれに乗りなさい。あなたたちの最高のパートナーになってくれるはずですわ」
平鞭で指し示す。
「いえ、最高はヒュナリヤ様だけです」
「可愛い子。ならば、これを使ってわたくしの道を作りなさいな」
「御意。我ら下僕にお任せを」
スパンエレベータを利用して機動兵器並みのサイズの躯体の胸まで上がる。そこには甲殻が左右に開いた部分がある。中にシートが収められていた。
(一度は乗ってみようかと思ってましたけど、いきなり実戦になるとは思ってませんでしたわ。でも、全く不安感がないのはなぜ? それだけの力を感じているということ)
着替えたフィットスキンの身体をゆったりとしたシートに預ける。アームレストには楕円の球面を持つ操作用器具が取り付けられていた。
(これは無粋な機械じゃない。人の意志をそのまま体現してくれる力そのもの。そう感じますわ)
透明な球面に指を這わせる。それだけでピリリとした刺激が脳まで走ってきた。エクスタシーに近い情動が彼女の背筋を震わせた。
「これは凄まじい……」
「ぐぅ、意識を吸われているかのような。なんという一体感」
下僕二人も似た感情に飲まれているらしい。病みつきになりそうな感覚が彼女の身体を舐めあげていく。堪らずグローブを外して生の手の平でクリスタルに触れた。
「はあぁ……」
思わず吐息がもれる。
「こんな……、こんなの本当に兵器だというの? 下手な薬物より気持ちよくさせてくれるというのに?」
まるで神から人類へのギフトのようだとヒュナリヤは感じていた。
次回『神意の領域(5)』 「誰が先に潰すか競争するか?」




