神意の領域(1)
「こいつはいい」
「撃ちだすから逃さないでね」
マルチプロペラントにはジノのフレネティが乗っている。分離したリュー・ウイングとリリエルのラキエルで援護しつつ一気にターゲットに肉薄した。
「いっけぇー!」
フランカー二基に守らせて飛びだしたフレニティを追わせた。
「こっちは一応退路確保。逃げに掛かると思うけど」
「あい! っとぉ!」
「粘るね。どこからこれだけの機体を掻き集めたんだか」
打ちつけるビームの雨にフレニオンフランカーを滑り込ませて斬る。作った隙間に自機を入れて連射で応じて散らす。
飛び交うアームドスキンと交戦する。物量で跳ね除けに掛かった相手は難しい。無理に撃破しようと接近してきてくれない。
「制圧針入った」
待っていた報告が届く。
『当たり! 本拠地の位置、ゲット!』
「制御奪わないでそのまま行かせる」
「お預けかい?」
ジノは物足りなさそうだ。
「前菜でお腹を満たして満足?」
「主菜をガッツリいきたいね」
「じゃ、戻りなよ。押しだされる振りをする」
夜色の機体がマルチプロペラントに指を掛けて戻ってきた。リュー・ウイングと接続するとラキエルまで抱え込んだ。
背中にフレネティ、腕の中にラキエルという状態で更に加速する。機動部隊の追撃を許さないで離脱した。
「ニードルに気づくかな?」
「ついでに二発食らわせといたから足留め失敗したと思うだろ」
レーザー回線で繋がる制圧針は距離を取ると無効になる。普段は相手の制御まで奪う物だが、今回は侵入してデータを抜き出しただけ。必要以上に警戒させたくなければ覚られないほうがいい。
「戻りましょ」
リリエルは促す。
「リュー・ウイングだって整備無しで二回の出撃こなしてる。本作戦前に万全にしとかないと」
「そうだね」
「ジュリアも焦りやしないさ。ほんとは中継点にひそんで本命を捕まえる気だったんだからな」
当たりを掴んだお陰で時間的余裕ができた。しっかり整備し、準備を整えてから突入できる。少数での強行作戦が功を奏しているといえよう。
「んじゃ戻れ。作戦が決まったら打ち合わせる」
離れたジノがレイクロラナンを示す。
「任せる。ぼくも少し休んどく」
「あたしも。ブラッドバウのには戦闘準備させとくから」
「頼む」
(対応が柔らかくなった)
変化を感じる。
(最悪の第一印象とは段違い。リトルベアとはいっても、息子との意見の相違はわだかまりになってたのかも)
リュー・ウイングは船尾に接続されたファナトラに帰っていく。リリエルもラキエルをレイクロラナンに着艦させた。整備柱に滑り込ませると整備士が一斉に集まってくる。
「ひと通りチェックするだけで。もらってない」
「合点です、ボス」
アンダーハッチから身を躍らせて浮遊すると眠気が襲ってきた。勝手知ったる機体格納庫ならば距離感も完璧なので目を瞑る。
(思ったより疲れてる。主に気疲れね)
ジュネとジノの関係で気を揉んだリリエルは浮遊感に身を任せた。
◇ ◇ ◇
「いい? 場所はグワンガリ2。ガス惑星グワンガリの衛星。っても直径が4000kmもあって水も大気もあるところ」
リリエルは告げる。
判明した広域犯罪組織『レブニール』のアジトはとんでもない場所にあった。これでは簡単に見つからないだろう。
「よくもまあ、そんな不安定な場所に巣食ってたと思うでしょ? あたしもそうよ」
なにかの拍子に落下したり大気を吹き飛ばされたりしかねない。
「しかも、そんな場所に安全距離無視で時空間復帰して突入。荒れ模様だと思っておいて」
「ファイヤーバードも人使い荒いっすね?」
「それだけ信用してくれてるってこと。応えなさい。まずは速やかな人質の救出。全員で戦力を剥ぎ取ってから海上に設置されているアジトに突入。よろし?」
隊員の呼応を聞いてからコクピットに収まる。機体同調のシステムアナウンスを耳にしながらヴィエンタとプライガーの両隊長に指示を飛ばす。
「予定通りラーゴがファイヤーバードのフレネティと待機するフォニオック、レイクロラナンを守りつつ陽動攻撃」
一人を支援にまわす。
「ヴィーがあたしと道を作ってジノを連れたジュネを中に。アジトの制御奪って人質の位置が判明したら一気に突入して奪還よ」
「承知しました」
「人質を収容したらあとはやりたい放題。あたしたちだけで片を付けるつもりでいきなさい」
基本計画はこの流れである。ただし、別の要因も考えられるので、最終判断は時空間復帰後にジュリアが下すことになっていた。
「あまり急がなくていいよ」
ジュネは無理を避けるよう指示してきた。
「ぼくと父さんが突入した時点で撹乱できてる。我に返らないよう乱したままにしといてくれるだけでいい。相応の数は常時残してるはず」
「うん、警戒はしてるはずだもんね。電撃作戦で人質奪還までを目処にしてる」
「こっちが少数と侮っているうちに救出まで済ませる作戦だからね。そのあとは母さんの指示で星間平和維持軍が強襲を掛けるから」
リリエルも煽りはしたものの本気で全部平らげるのは無理だと思っている。景気づけに檄を飛ばしただけなのだ。
「ジュネも飛ばしすぎないでね。うちの連中、ついてけない」
苦笑しつつお願いする。
「もちろんさ。まずはファイヤーバードの警告にどう応えるか見極める。その間は控えめで接近するから」
「降参してくれれば話は早いんだけど」
「そんな可愛げのある相手じゃないと思うよ」
くすくす笑う彼にウインクを送ってから時空界面突入のカウントダウンに耳を傾ける。作戦開始前の緊張感が機体格納庫に満ちていた。それを心地よく感じるうちは戦場を離れられないだろう。
「時空界面突入!」
ファイヤーバードの号令が全体に流れる。
『時空間復帰しました。相互距離、誤差規定範囲内。グワンガリ2への影響増大。モニターします』
「計算どおり荒れてるわね。いい牽制になる」
情報にあった海上施設を波が叩いている。大気圏ギリギリいっぱいに復帰した彼らの艦艇の影響だ。重力震が激しい物理変動を引き起こし災害レベルの気象状態になる。これがあるので通常空間への復帰制限距離五万kmというのが定められているのだ。
「犯罪組織、通称『レブニール』に告ぐ」
ジュリアの警告が始まる。
「こちら星間管理局司法部巡察課、司法巡察官コードネーム『ファイヤーバード』。確認された罪状は星間法第一条国際貿易条項第五項および第八項違反、第二条航宙保安条項第二項違反、第三条人権保護条項第一項違反。数え上げればキリがないわ」
途中から声音に呆れが混じる。どうでもよくなってきたのだろう。
「積算量刑で全員とりあえず終身禁固刑を申し渡す」
扱いが雑になってきた。
「武装を放棄して大人しく縛に付きなさい。抵抗すれば強制執行も辞さない。一分だけ待ってあげる」
ジュリアも本気ではない。その時間を使って様子をうかがっているのだ。最も気になる要因がないかを。
「わらわら出てきたわね」
航宙船が離水し機動兵器を繰りだしてきているのが見える。
「ヴァラージに食い荒らされている心配はなさそうよ。予定どおり進めるわ」
「了解。先行する」
「僕に食い荒らされるの待っててくれたのかい?」
ジュネがジノと合わせて加速したのでリリエルも続く。降下がはじまった。
「強制武装解除を行う。被告は管理局司法部に審決確認をする権利を有する」
お題目に過ぎない。
「執行!」
ジュリアの宣言でリリエルたちは一斉に突入した。
次回『神意の領域(2)』 「少し暴れようか、父さん」




