ジュネとジノ(3)
「根本的に操縦系が違うわけじゃないんだよ」
「でも全然違うにょ」
ジュネが約束どおり整備士たちにリュー・ウイングを見せている。リリエルはタッターとヴィエンタを先に帰らせて付き合っていた。
「このクリスタル接触端子は腕に流れる電気信号、正確にはイオン反応を読み取ってるだけ。だからフィットバーと同じく反射動作まで再現してくれる」
青年はアームレストの水晶球体に手を触れながら言う。
「こんなふうに本来の動作を正確にセンシングしてる」
「筋肉を動かす信号だよね? でも君の腕は実際には動いてない」
「読み取るだけのセンサーじゃなくてブロック信号で中和してるんだ、フウム。つまり腕の神経系が直接接触端子に接続されてるようなイメージ」
腕の筋肉反応をさせずにイオンの流れだけを瞬時にセンシングして逆反応を送りだす。検知した情報を利用して腕の動作に反映させるという構造。
「これの利点は慣れが不要であること。フィットバーってマスタースレーブシステムだけど、生追従じゃないよね」
本来の操縦系の仕組みをフウムに問う。
「ああ、拡大動作をさせてる。生追従だとフィットバーの可動範囲はもっと大きくないといけなくで、シートに座ったままじゃできなくなってしまうから」
「そう。だから実際には数cm分の操作をしたら実動作は数倍の可動をするようになってる。倍率にパイロットの好みを加味できるようにはなっているけど、一倍で生動作を入力することはできない」
「そのあたりはパイロットと一緒に調整するしかない。そうか。そこの微調整が不要になるんだ」
フウム・シタンは目新しい仕組みに瞳を輝かせている。
「それなら、最初から全てのアームドスキンをこの操縦系にしたほうがいい。パイロットの慣らしも要らなくなる」
「理論的にはね」
「違うんだろうか」
ジュネの苦笑いにフウムは眉をひそめる。名案だと思ったのは間違いない。真っ当な反応だろう。
「人間の神経系って機体みたいに画一的にできてない」
ジュネは腕を示す。
「神経の通う位置は個々人で微妙に異なる。センシングデータから設定する作業が不可欠なんだ。それを整備士が一つひとつ手作業でやるなんて、それだけで数日は掛かるかな。ファトラのようなゼムナの遺志だからこそ処理が三十分ほどで済んでるだけ」
「人手じゃとても無理なのか」
「どうだろう。ぼくはセンシングから自動設定するソフトウェアを作れるんじゃないかと思ってる。どうかな?」
ジュネの疑問にファトラの二頭身アバターが現れて答える。
『可能です。しかし、クリスタル接触端子との親和性も個々人で異なるのです。全て含めた調整作業は短縮できても一日になる程度でしょう。ジュネはその親和性が極めて高いのです』
「人も選ぶのですか。だとすればフィットバーの汎用性のほうが評価されるかもしれないな」
「考え方だね。フィットバーの調整から慣熟まで、人によっては数日どころでない時間が掛かってしまう。利点は一概に評価できない。ただし、クリスタル接触端子が人を選ぶのは確かみたいだね」
ただでさえ適性を問われるアームドスキンという機械。それに別な要素まで加わるとなると実用性は下がる。ならばフィットバーを選択するだろう。
「うーん、適性にプラスして体質までか。現実的じゃないな」
フウムは苦い顔をする。
「どっちも兼ね備えてるなんて、やっぱりジャスティウイングはすごいです」
「どうなんだろうね、アームドスキンのパイロットくらいでしか役に立たない人間なんて」
「そんな意味じゃ……!」
ラッタ・タランタは慌てて否定する。
「冗談にょ。いじめるんじゃないにょ、ジュネ」
「ごめんごめん。皮肉が過ぎたね。ぼくはこの身体に満足してる。遂げるべき場所に連れていってくれるはずだから」
「大丈夫です」
ペピタに撫でられているラッタは少しつらそうな笑いを返す。彼の生い立ちを師匠である猫娘から聞いているのだろう。
(意外。ジュネが初めての人にあんな一面を見せるなんて。フォニオックを家みたいに感じてるから気が緩んだのかな)
普段は物腰柔らかな青年らしくないやり取りだった。
(親しみを抱く人にしか見せないもん)
リリエルはちょっと悔しい。それでもジュネにも故郷と感じる場所があるのは悪くないとも思っていた。彼には繋ぎ止めておくものが必要だ。
「それだけじゃないんだもんな」
一方、フウムは夢中である。
「マルチプロペラントにフレニオン受容器。本体機動だけでなく子機機動の制御まで。更にはブレイザーカノンの照準に出力制御も。そんなに通信密度がないはずなのに」
「よく勉強してるね」
「残念だけど僕には触れない」
首を振っている。
「一部生体部品まで組み込まれてるフレニオン受容器は、動作に問題でても交換するだけ。修理はさせてもらえないし無理」
「協定機をそこまで理解してるだけでも立派だと思うけどね」
『フウムは貪欲なの。時々困らされちゃう』
朱髪のアバターが当人の肩にとまる。頭を軽く叩く動作は、彼女の愛おしさを表しているかのよう。
「このブレストガードがスライドする方式も興味深い。パイロット保護としては有用なんじゃないかと」
操縦核から身を乗りだして観察している。
「それくらいにしとくにょ。フウムはまずフレニティを完璧に整備できるようになってくれるのが先決にょ」
「はい、すみません、師匠」
「仕上げて身体を休めとくにょ。作戦に入ったら休んでる暇なくなるにょー」
ペピタがフウムとラッタを赤白に塗り分けられた機体に押す。
「母さんのフレニティをよろしくね」
「はい、任せてください」
「ありがとう、ジュネ」
現在のジュリアの乗機もジノと同じ協定機フレニティだった。ただし、夜色ではなく白ベースに挿し色の赤が入る。色の鮮やかさから、ジノ機みたいなおどろおどろしさは感じさせない。
(あれは中身の発するものだもんね)
リリエルは失礼なことを思っていた。
舌を出していたら当人がやってくる。気づいたジュネがメッシュフロアに向けて身を躍らせる。足音も立てない男は腰に手を当てて見上げていた。
「大層な機体を預かったもんだな」
「これくらいは必要なんだよ」
ジノのフレネティも火力が充実していて勇猛なフォルムをしている。しかし、リュー・ウイングはそれにも増して重厚な機体であるのは否めない。
「こいつならお前の理想を追えるっていうのかい?」
深紫の装甲を拳でコツコツと叩く。
「たぶんね。タンタルを討伐するにはかなりのスペックを要求されると思う。今のところ出てくるヴァラージなんて小物ばかり。奴が乗る本物となると想像もできない」
「だろうな。マチュアもジュリアも警戒してる」
「ファトラ曰く、単機としては究極の機体だって。あとは、ぼくがリュー・ウイングの力をどこまで引きだせるかだけさ」
彼女は少し離れて父と子の会話を邪魔しないようにする。しかし、その場を離れる気にはなれなかった。どこか心配で仕方なかったのだ。
「そっちはな。もう一つのほうはどうだ?」
ジノの口元が皮肉に歪む。
「まだ綺麗事も追っかけてるんだろう?」
「まあね」
「あきらめない奴だな。正義の味方なんて絵空事の中にしか存在しないってわからないか?」
呆れたように肩をすくめる。
「わかってるよ。姿勢を示すつもりでそれっぽく見せたいのさ」
「で、人類全てを救って満足したいか。どうしようもない連中が大半だぞ」
「…………」
ジュネの雰囲気が変わったのをリリエルは感じた。
次回『ジェネとジノ(4)』 「父さんにあれをさせたのだって人間じゃないか!」




