ジュネとジノ(1)
(肉体的に遺伝してる部分があっても性格はこんなにも違う。やっぱり自分の目標としてた母親に倣うものだもんね)
リリエルは父親と息子を比較して思う。
冷淡な笑みを浮かべて話すジノといつもの穏やかな微笑みで受けるジュネを見ていると実感する。よそよそしいわけではないが親密さは覚えない。
「気になる?」
隣にジュリアが来ていた。
「実際に見てみないとわかんなくて」
「別に仲悪いわけじゃないのだけれど、お互いに一歩引いてる感じ。わかる?」
「そうみたい」
母親からもそう見えるらしい。
「今は大丈夫だけど、ジュネが普通に一人で生活できるようになるまで大変だったわ」
「え?」
遠い目をしている。昔を思い出してか、表情に陰りが浮かぶ。彼女にとってつらい過去なのだろう。
「あの子の目が見えないと気づいたのは産まれて三ヶ月も経ってから」
回想する。
「ジノの影響があるから徹底的に検査したわ。あんな色をしてたし、ね。その結果、眼球構造には問題なかったから油断してた。まさか脳の構成に障害が出るなんて」
「えと……、どんなふうに?」
「目は開いているのに、ずっと手を伸ばして掴もうとするの。なにかを求めるみたいに」
抱いているときは身体を掴んでいるが、横にすると上に手を伸ばして彷徨わせていたそうだ。まさかと案じて顔の前に手をかざしても、明暗にさえ一切反応しなかったという。
「暗闇の中でもがいてたのね」
ジュリアの眉根が苦痛に歪む。
「寝かすと不安がってよくぐずってた。最初は抱き癖が付かないよう、ある程度は見ない振りしてたけど発覚してからは無理だったわ。抱いて感触をあげないと心細くてしょうがないんだってわかったから」
「なんて……」
「あの頃はアデリタに面倒掛けてたわ。あたしが手が離せないときはコルトと二人抱いていてもらった」
絶句するリリエルの肩を抱いてくれる。
「すぐにマチュアに調べてもらったわ。そしたら視覚野の活動電位の伝達が視神経からの信号に反応していなかった。全く別のものに反応してる様子がうかがえたわ」
「それは?」
「これもマチュアの推論でしかないんだけど、ジュネは先天的に新しき子だったみたい。それで視覚野を形成する脳の部位が光の刺激以前にそれ専用に発達してしまっていた可能性が高いらしいわ」
命の灯り見る人というのは、素質はあっても覚醒するかどうかは不確定なものだという。事例に挙がる人物がなにかの契機に覚醒するのに対し、ジュネは最初から覚醒状態だった。それに合わせて脳が特異な発達をしてしまったという推論。
「肉体的、精神的な負荷が覚醒を促すみたい。ところが、あの子は胎児のときから遺伝子的な問題だらけで肉体的負荷が掛かっていたんだわ。それで、ね」
ジュリアの面持ちが心痛に歪む。
「でも今はσ・ルーンからの信号処理ができているはずですよね?」
「ええ、受容部位は違うけど見えているはず。ただしマチュアが診断した限り、見え方っていうのは普通とは違うらしいわ。それほど精細じゃないんじゃないかって。むしろアームドスキン搭乗時に受け取るセンサー情報を統合した状態のほうが空間識は高いかも」
「そんなこと言ってました。本人にしかわからないですもんね」
少なくとも、脳の動きが示すのはそんな形だという。彼は生まれながらにしてパイロット適性の塊のような存在になっていた。
「だったら、その分ネオスの能力は高いんじゃないかと?」
リリエルはジュリアの後悔を和らげるように説く。
「たぶんね。それが良いことなのか悪いことなのかはあたしにもわからないわ」
「自分の身体を呪うように言ったの聞いたことないけど」
「それでも幼児期までは可哀相でしかたなかった。σ・ルーンを使って物が見えるようになるまでは転んだりぶつかったり怪我が絶えなかったわ。つらくて、幾度も泣いてしまった」
前向きに捉えるのは難しかっただろう。
「抱きながら泣いているのを見て、ジノも苦しんだんでしょうね。あの子とはちょっと他人行儀に接するようになってしまったの」
「あのよそよそしい感じはそれで?」
「全知者とか讃えられているけど、あたしなんて母親としてとても褒められたものじゃないわ。家族になれてないかも」
(そんな葛藤を抱えていたなんて)
リリエルには驚きだった。
身体に問題があるのに、ジュネの性格の良さは愛されて育った人のそれだと思っていた。しかし、一概には片づけられない苦悩を親子で秘めているようだ。
「ジノに愛を教えてあげたかった。でも、失敗しちゃったわ」
ジュリアが弱音をもらす。
「そんなことない。きっとジュネはお母様やお父様の気持ちがわかっているからあんなに優しくなれたんだと思う」
「そうであってくれたら嬉しいんだけど」
「きっとそうです。いつか和解を……」
リリエルも断言はできない。
「いい子に出会えたのね。少し肩の荷が下りたわ」
「あたしなんて、恵まれてるほうです」
生まれからして戦闘職を強いられた。傍目から見れば、女の身では不幸に思えるかもしれない。だが、ブラッドバウ全体が彼女にとって家族だった。愛されていると感じている。
「さ、水っぽい話ばかりしてらんないわ。仕事の話もしましょう。お仲間も到着したみたいだし」
「あ!」
公職に携わる人間として自らを律しているのだろう。内心の苦悩をよそにジュリアが覇気に満ちて見えるのはそれを基としていると思った。
「うちの幹部も呼びます。ちょっと待って」
「ええ、かまわないわ」
ファナトラと一緒にレイクロラナンが来たのでヴィエンタを呼ぶ。タッターを乗せてくるように頼んだ。メンバーが揃ったので打ち合わせを始める。
「今回の案件は犯罪組織『レブニール』討伐」
皆を前にジュリアが告げる。
「このナスニクス宙区全体を蝕む広域犯罪組織よ。こいつの本拠地を発見して検挙するわ」
「宙区全体? そんな大きな組織を?」
「大きいだけに問題なの。ヴァラージの餌にされたら目も当てられない」
一大生産場にされてしまう。しかも、移動手段が潤沢な状態で。予想される結果は最悪だ。
「それなら、もっと大戦力を投入すべきじゃ?」
リリエルは疑問を呈する。
「それができないのよ。こいつらがどうにも周到でね。アジトがどこだか、どの国にどれだけ浸透してるかも掴ませない。星間保安機構も手を焼くほど」
「珍しいでやんすね」
「中途半端に地元密着型みたいでね」
タッターは管理局治安機構も信用している。
「内偵に入ると覚られる。幾つかのルートから捜査を進めてみたらしいけど全部潰されたわ」
「らしくないでやす」
「どうやら現地採用職員に目を入れているみたい。そこを突かれるとね」
星間管理局は基本的に半数近くの職員を現地採用している。加盟国の雇用に貢献することで、排他主義ではなく融和的な姿勢を示そうとしてきた。
「国家の斡旋が基本だし、当然独自に身体検査はしてる」
スパイを入れられては堪らない。
「でもね、限界はある。だから情報保護が必要な部分には就けないんだけど、捜査官の出入りくらいはチェックできる。そこを監視されるとね」
「その『レブニール』とやらは国の要人にも取り入ってるみたいでやすね?」
「だから星間平和維持軍みたいな騒がしい戦力は使いにくい。あたしが来てるのさえ極秘で進めないと」
ファイヤーバードともあろう人物が手こずっている。
「それでポイント発信もせずに潜伏行動? 見つけるのが大変だったよ」
「勘弁ね。呼びつけておいてごめんなさい」
「いいけどさ」
舌を出すジュリアをリリエルは可愛いと思った。
次回『ジュネとジノ(2)』 「そっちのほうが早いじゃん」




