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フォニオックの空気(1)

 父ジノのフレニティに先導してもらって、我が家と呼んで差し支えないフォニオックの姿を拝む。ジュネの胸に懐郷の思いが満ちた。


(疎遠になってしまったな)

 出ていくときにはそんなつもりではなかった。

(思ったより忙しかった。ぼくの能力……、いや、努力が足りない所為だけども)


 想定していたよりタンタルの動きが活発化している。それは彼らの対処が成功していることを意味しているのだが、助長しているといえなくもない。


(ともあれ動かしていかないと尻尾を掴めないのは本当。方法論で間違ってはいない。被害を未然に防げる範囲でなら)


 それがヴァラージ対策部の助けになる。材料がないことには分析もできない。


「でかいな。収まるかい?」

「パルトリオンとそう変わらないはずなんだけどさ」


 ジノは直結(ダイレクト)通路(パスウェイ)で繋がっている小型艇マティに収まる。ジュネも開かれたメインハッチへと向かい、ラキエルを先に着けさせた。

 大型のリュー・ウイングが進入すると手狭に感じるが、警備艇の機体格納庫(ハンガー)は本来五機まで収容可能。問題は普通の基台では収まらない点だけだ。


「もっと大胆に行くにょ」

「はい!」

「そんなにヤワじゃないにょー」


 懐かしい声が響く。それに合わせて固定支持架(アーム)がマルチプロペラントを保持していた。慣れない作業に少し時間を要しているが合格点というところか。


(話に聞いた新しい子かな)

 彼が離れてもう七年になる。人の入れ替わりもある。


 リュー・ウイング特有のブレストハッチが前にスライドする。開いたプロテクタからパイロットシートが前に突きだされた。


(ああ、この空気だ)

 フォニオックの空気を胸いっぱいに吸い込む。


 同じ炭素フィルターを通して還元している空気のはずなのに、航宙船(ふね)それぞれに独特の匂いがあるもの。微妙な違いが彼の鋭敏な嗅覚に引っ掛かる。

 ハッチをひと蹴りして床のメッシュへと身体を落とす。しかし、15mの距離を降りる暇を与えられなかった。


「ジュネにょー!」

「やあ」


 体当たりでさらわれる。横っ飛びになった姿勢を整備柱(ピラー)に手を突いて支えた。ジュネの胸周りに絡みついた身体は非常に柔らかかった。


「ただいま、ペピタ」

「帰ってこないから寂しかったにょ」


 彼女はペピタ・モネット。パシモニアという猫系獣人種(ゾアントピテクス)の女性である。フォニオックの整備班長を任されている整備士(メカニック)であった。


「だからって歓迎が激しすぎるよ」

「あちきが本気でも壊れないのはジノとジュネだけなんにょー」


 人類種(サピエンテクス)の数割増しの膂力を誇るパシモニアである。彼女に本気で抱きつかれた日には、フィットスキン無しでは常人の肋骨(あばら)が砕ける。


「ジュネ、その人は?」

 リリエルも降りてきた。

「ペピタ。フォニオック(ここ)整備士(メカニック)チーフ。母さんを除けば一番の古株だよ」

「そうなの?」

「若く見えるけど、ぼくが産まれた頃からお世話になってるんだ」


 種族的に年齢を重ねて見えない。顔は人類種(サピエンテクス)そう変わりない。鼻と口元が猫っぽい他は金色の頭髪から三角耳が生えているだけの差異。あとは首元から下が虎縞の毛皮に覆われているくらい。


「リリエルにょ? あちきがジュネのお母さんにょ」

「嘘つくな!」

「ちゃんとツッコミができる娘にょ。将来有望なんにょ」


 非常に優秀なペピタだが、普段は適当でふざけたところがある。初対面では振りまわされるかもしれない。


「シータは元気?」

「元気にょ。三人目も手が掛からなくなったからメルケーシンの兵器開発部でバリバリ働いてるにょ」


 彼が物心付いた頃までいた同僚の整備士(メカニック)がカルメンシータ・トルタ。管理局本部のあるメルケーシンに引き抜かれていった。すでに結婚して三人の子供を育てながらアームドスキン稼働試験のチームを一つ率いている。今ではほとんど会うこともなくなった。


(ずいぶん様変わりしちゃったな)


 幼い頃までは、修行に来るアシスト捜査官以外は確固としたチームを築いていた。しかし、時の流れは否応なく代替わりを強いてくる。


「あ、あのっ! 初めまして、『ジャスティウイング』!」

 熱い視線を向けられた。

「君は?」

「ラッタ・タランタっていいます。師匠に学ばせてもらってます」

「師匠? ペピタが? あー……」

 横目で見ると猫娘は視線を逸らす。

「伝統ってことにしとこうか」

「そうにょ」

「ふ……」

 笑いを噛み殺す。


 以前、整備士(メカニック)チーフをしていたアデリタがペピタやカルメンシータに「師匠」と呼ばれていたのだ。呼ばせているのだろうが、踏襲しているとする。


「敬語はいらないよ。ぼくより年上なんだし」

 二十二歳と聞いている。

「いえ、とんでもない。司法(ジャッジ)巡察官(インスペクター)をされている方に敬意を払わないなんて」

「ここは家なんだ。少し気楽にさせてもらってもいい?」

「努力します」

 無理そうだ。

「フウムも来るにょ。紹介するにょ」

「はい」

「バランス悪いにょー」


 もう一人のフィットスキンは熱心にリュー・ウイングを観察していた。熱意の向く先が機械のほうに偏っているらしい。ラッタとは大きく異なって、物静かに降りてきた。


「フウム・シタンです。あの機体の設計思想はいったいどうなっているんですか?」

 不思議そうに眉を寄せている。

「根本的にコンセプトが違うんだ。時間あるときに見てみる?」

「ぜひ」

「あまり吹聴されても困るから内密にね」

 そう告げるとフウムの表情に喜びの色が混じる。

「こっちの子は、あのキアズから来たんにょ」

「キアズ? じゃあ、フユキと同じ?」

「彼をご存知ですか。僕は知人ではないのですが、『緑の十二人』の一人であるフユキ・メユラは有名人です」


 フウムは単に宇宙と最新技術の機械に憧れ、勉強に勉強を重ねて今があるという。努力家の彼を母が認めて引っ張ってきたらしい。


(母さんが好きそうなタイプだね。驕らず淡々と努力をしてエキスパートに育ったところで送りだす)

 それも自分の役割であり成果でもあると考える人。


「んじゃ、休むにょ。万全にしとくのも整備士(メカニック)の仕事にょ。作戦に入ったら不眠不休になっちゃうにょ」

「はい!」


 未練たらたらなラッタを連れて休憩室に向かうペピタ。家族との再会に気を遣ってくれているのだろう。


「じゃあ、操縦室に行こうか、リリエル?」

「うん。あたし、変じゃない?」

 身だしなみを整えている。

「大丈夫さ。君はいつもどおり可愛いよ」

「本気なんだから誤魔化さないで。お母様に会うんだもん」

「嘘じゃないんだけどな」


 柄にもなく緊張している様子である。こわばった背中を押してフロアエレベータに乗せた。程なく居住フロアに着く。ドアがスライドする前からリリエルの目は丸く見開かれていた。


「冗談でしょ……」

 別の緊張がみなぎっている。

「悪ふざけだね。気にしなくていいから」

「これを無視できるようだと戦場ですぐ死ねるから」

「否めないな」


 凄まじいまでの気配。しかし、ジュネにとってはよく知っているものだ。青白い超高温の炎を思わせるような、まばゆいばかりの命の灯りも見えている。


「その娘は僕に恨みでもある?」

 彼女に睨みつけられているジノが嘯く。

「父さんがそんな空気を醸しだしているからさ。彼女はそういうのにとても敏感な異能の持ち主なんだから」

「そりゃ難儀なことだ。戦場に出て正気でいられるのかい?」

「あんたみたいな人、どこにもいない」


 白銀の髪に紫の双眸を持つ男に噛みつく。彼がジノ・クレギノーツ。父親である。


「もしそこら中にいたら、この世界なんて終わってる」

「なるほど、言い得て妙だね」


(こんなに怖がってるのなんて初めて見たかも)


 見せないように震えているリリエルにジュネは苦笑した。

次回『フォニオックの空気(2)』 「意味のない人間なんて殺してしまうにかぎる」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 意外なところで繋がりが?
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