夜色の男(2)
生身の相手を斬れるかと問われればリリエルも斬れると答える。必要なら斬りもするしビームで撃つことも。自らの手で剣を用いて誰かを斬りもする。
しかし、なんの躊躇もなしにとはいかないだろう。そこが戦場であれ、避けられるならば避ける。アームドスキンに敵うわけがないのだから無視していい。
(甘いと言われればそのとおり。見逃した相手がまたアームドスキンで挑んでくるかもしれないのも本当)
それならば再び打ち倒せばいい。殺めるのも救うのも覚悟が必須なのだ。どちらが安易な道というのではない。
「ぬるいってのぉー!」
「わかってるなら本気出せ」
夜色の男が無情を説く。
「でも、この一線を越えるとただの人殺し」
「ガキだな」
「く……」
返す言葉もない。覚悟をしているつもりでも足りないと言われているに等しい。アームドスキンという機械は物事を簡単にしすぎてしまうのだ。心を痛めつける。
(どこまでも強靭な精神を求めてくる。安易に触れれば壊される)
心底実感しているはずなのに自問自答はくり返される。それはパイロットの葛藤なのか戦士の葛藤なのか彼女もまだ答えを見つけられない。
(これだからお祖父様の大きさにたどり着けない)
彼女の年にはすでに英雄だった男の背中は遠い。
「エル、越えちゃいけないのは気持ちであって行為じゃない」
ジュネが戒めてくる。
「父さんだってなんの咎もない相手を殺したりはしない」
「最近は、って付けとく」
「そうよね。こいつら、そういう奴だった」
(もっと大局的に見ないと)
乱れた心と呼吸を整える。
(誰かを苦しめて生きてきた連中。生かしてやったからって、また別の誰かを苦しめるかもしれない。目の前の敵を貪ることしか考えてない)
先の行動が証明している。怖れて噛みついてくる獣と同じだ。獣同士なら冷静に狩る側になるのが正解である。
「フランカー、撃破しなさい」
意識を集中する。
戦意を重力の波に乗せて届ける。リリエルの設定したターゲットを認識した分身たちが彼女の動作を模倣して敵に襲いかかった。
容赦する必要がない。彼らの存在を知られてはならないとジュネが判断したのだ。アシストのリーダーである彼女が躊躇ってはならない。彼は背負うつもりで「潰す」と宣したのだから。
「なんだ、このオモチャは! どんだけ自由に動きまわりやがる」
「嘗めてるならそれまでよ」
ビームが対消滅炉を貫く。先端のブレードがコクピットに突き立つ。慣性を無視した機動で回避する。突進に怖れもなにもない。
フレニオンフランカーの優位性全てを駆使して攻撃する。敵機は為すすべもなく爆炎に変わっていった。リリエルはその間隙を縫う。
「いつの間に!? どこ……!」
「気を取られてるからに決まってるじゃない」
袈裟に落とした刃は操縦核を両断している。最後の一発でエンジンを撃ち抜くとフランカーを支持架に格納して高速チャージする。
「目が覚めたか」
「ありがとう。我を忘れてたかも」
「言うね。さすがジュネが選んだ娘だ」
夜色のアームドスキンの砲撃はラキエルの近くも通過する。しかし、決して当たることはない。ジノも『命の灯り見る人』、新しき子なのだ。彼女の灯りの色はもう憶えただろう。
(変わった人。嘲る優しさとか)
思いださせてくれた。
(彼の隣りにいたければ甘さは捨てないといけない。V案件に関わって、あの戦闘本能の塊みたいな怪物を相手にしていると、人間の悪党なんて憐れんでしまいそうになっちゃう)
割り切らねばただのお荷物。頼り切れば役立たず。同じ視点に立って同等の判断ができないと存在意義が問われる。
「這ってでも!」
険しいステージへと登る。
「ジュネにばかり捨てさせない」
「そこまでしなくてもいいのにさ」
「甘やかすね」
口調に揶揄の色。
「そこまでして守るか?」
「わかってよ。彼女だって守りたいものの一部なんだから」
「お前は変わらないな」
息子に対する言葉には諦念が感じられる。よく知ってはいても同じ道は歩めないというのだろうか。親子にして同じネオスでも、二人の違いは明確に感じられる。
(決して交わることはないはず。対極とは言わないけど、表裏にある理念を持ってるんだもん)
ジュネに合流すると聞いてからは両親のことを調べた。司法巡察官『ファイヤーバード』は有名人でも父親のほうはほぼなにも出てこない。
母親でさえ表の経歴が当たれるだけで、関わった案件や審決結果などはほとんどが秘密のベールの中。出てくるのは真偽も怪しい噂話がほとんどだった。
(困ってたら、星間管理局の機密記録の閲覧許可をくれたけど)
そこに記されていたのは『リトルベア事案』の全容。当時、ディノ・クレギノーツと名乗っていた人物が起こした人類史上最大とされるテロリズムの数々が記されていた。
(結構な修羅場をくぐり抜けてきたタッターをして青褪めさせるほどなんだもん)
被害者の人数は推定値でしかない。事態が確定的でない宇宙遭難事故ではないのだ。それは現代の情報社会ではあり得ない話である。
(つまり、どれがリトルベアの犯行によるものなのか判別できないほどの件数が挙がってて、被害者数はそれを数倍あるいは数十倍、数百倍したものになるって結果)
テロリスト『リトルベア』本人は惑星トダルコート事件で死亡したことになっている。しかし、実際にはジノと名を変えてこうして生き延びている。
(苦肉の策よね)
問題はジノがマチュアの協定者だという点。ゴート協定第十四条により彼を裁くことはできない。秘密裏に拘束することも。それをやれば彼女のブラッドバウを含めたゴート宙区の戦力は黙ってなどいられない。
(どういうつもりでマチュアはこの人を協定者にしたのかしら? 残されてる記録だけ見ればとんでもない間違いだと思う。でも、ゼムナの遺志は間違わないんだから、なにかちゃんとした理由がある)
産まれたときからエルシという遺志の一人と家族のように近しくしていたリリエルだからこそ断言できる。彼らの思慮は信じられないほどに深い。
(見るからに別人の記録ってわけじゃない)
ジノのアームドスキン『フレニティ』は正確無比に敵機の急所を捉える。パイロットは瞬時に蒸発するか対消滅炉の誘爆に巻き込まれるかしている。しかも見下す台詞を吐きながら殺しまくっている。
(楽しんでるんじゃない。きっとなにも感じてないんじゃないかしら。足を下ろそうとした場所に虫がいるのに気づいたくらいの感覚)
そういう人物を目の当たりにしてジュネはどう感じていたのだろうか。父親との距離を取りたくて早くに親元を離れたのではないかと邪推してしまう。
「掃除よろしく」
当の本人が言う。
「僕はハリボテになった航宙船を沈めとく。ジュリアがうるさいから質量弾のへそくりもできやしない」
『要らないでしょ。そんなことしたらチクるから』
「小姑の監視も邪魔だし」
マチュアと楽しげに口喧嘩している。
程なく巨大な爆炎が宇宙を彩った。証拠隠滅完了である。少なくとも誰の手によるものかは知る術もない。
「お嬢、なにごとでやんしょう?」
戦闘光に気づいたレイクロラナンがやってきた。
「遭遇戦になったから処理してただけよ。お迎えとも会えたからみんなを集めて。フォニオックと合流する」
「合点でやんす」
(もしかしたら、両親とご挨拶なんて可愛いものじゃ済まないかも)
心配になってきた。
(事前にジュネがあの人のことどう思ってるのか訊いとくんだった。不仲とかそんな話なかったから油断しちゃってた)
リリエルは失敗を覚っていた。
次回『フォニオックの空気(1)』 「そんなにヤワじゃないにょー」




