動と静(6)
あまりにも圧倒的。一部とはいえ、一国の軍を手玉に取るような戦闘にアニーグは開いた口がふさがらなかった。
あまつさえ、あのジュネが件の『ジャスティウイング』だという。衝撃の結末に思考が空回りしている。
(ヤベ、あいつの前でジャスティウイングをこき下ろしちまった)
ちらりとゲストシートをうかがうとセージュも青褪めている。
座りが悪い。叶うことなら速やかに立ち去りたい気分だ。
「も、もう行ってもいいか?」
『待っていなさい。あの方はあなたの妄言くらい聞き流してくださいます』
助けられた挙げ句に逃げだすのも風聞が悪い。そう言われれば待つしかなかった。そもそも逃げる暇もなくアレグリン号の前には二機のアームドスキンがやってきている。
「なんだ、まだいたの。とうに逃げだしてるかと思った」
リリエルに嫌味を言われた。
「ま、まあ、なんだ」
「なに?」
「言葉の綾ってやつだ。色々あんだろ、好き嫌いとか?」
娘は愉快そうに吹きだす。
「見逃してあげる。餌として見事に泳ぎまわってくれたから」
「そうだ、くそ! 俺をダシに使いやがったな?」
「君が困ったことになったのは自分の蒔いた種じゃないかな? そこの責任までは取れないさ」
表示された投影パネル内の青年の顔は澄ましている。口調も丁寧なものから改まっていた。あれは身分を隠して行動するときの顔らしい。
「言ってくれんじゃねえか」
ここまできたら開き直る。
「礼は言わないぜ。体よく利用してくれたんだからよ」
「かまわないよ。持ちつ持たれつで」
「気持ち悪い笑い方すんじゃねえ」
くすくす笑うジュネに噛みつく。
「君は君で信じた流儀を貫いていた。ぼくにはぼくの流儀がある。それでいいのさ。正しい方法は一つだけじゃない」
「わかってんじゃないか。そのわりに説教臭かったがな」
「立場の違いを明白にしただけ。一度たりとも君のやり方が間違ってるなんて言ってないね」
確かにジュネはアニーグを助けこそすれ、決して否定はしなかった。発生した問題に随時対処をしてくれただけだ。
「少々迂闊だと思っただけさ。もう少し利口に振る舞えば目立たないよう裏を掻くのも難しくないような気がしたけど」
ヘルメットのシールドバイザーを上げた青年の目は皮肉に細められている。
「悪かったな。頭が回らなくてよ」
「拗ねないでよ。心意気は買うって言ってるじゃないか」
「お前みたいな若造に言われたくは……」
隣でセージュがぶんぶんと首を振っている。
「ジュネさんが言ってるのも本当です。だって、わたしみたいなフリーライターでも頑張れば動きを追えるくらいだったんですよ? 諜報関係が本業の人からすれば片手間ですむようなものだと思います」
「俺の精一杯の努力を……」
「お粗末だったわけ。だから表通りに出れない『裏通りのジャスティウイング』」
リリエルにこき下ろされる。彼女の恨みは十分に買った憶えがあった。
「善行なのは間違いない」
オレンジ髪の娘を制してジュネが言う。
「ただし、自分の身を守る努力はしなくてはいけない」
「だから頑張ってたつもりだったんだって」
「つもりじゃ駄目なんだ。一つだけ間違ってる」
面持ちが真剣味を帯びる。
「喜びを運びたいなら絶対に死んじゃならないのさ。中途半端に有名になった君にもしものことがあれば知れ渡ることになる」
「かもな」
「それを聞いた依頼者はどう感じる? 自分が受け取った喜びは君の苦しみの上に成り立っていたんだと感じるんじゃないかな?」
「う……」
(そうかもしれないがよ)
アニーグは気づいた答えを認めたくない。
「喜びの代価が苦しみであってはいけない。受け取った喜びを君の苦しみで曇らせても平気でいられるのかい?」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。そのときはもう彼はこの世にいないかもしれない。それでも客の笑顔を台無しにするのは不本意極まりない。
「代価も喜びじゃなくてはいけないんだ。全力を尽くして自身も守るべきなのさ」
理に適っている。
「だよな。ああ、俺が間違ってた」
「わかってくれればいい。ぼくからの差し出口はそれだけ」
「悪かったよ。お前は強くなけりゃならなかったんだな、ジャスティウイングなんて呼ばれたからには」
青年の口元には珍しく皮肉な笑いが浮かぶ。
「ちょっとだけ君がうらやましいよ」
「なんでだ?」
「そのうちわかることがあるかもね」
それだけ言ってアームドスキンは背を向ける。ファナトラに戻ると、やってきた朱色の戦闘艦とともに飛び去っていった。
「なんだってんだ」
「ジュネさんはなにか重いものを背負ってるんだと思います。そんな感じがしました」
「わかんねえ奴だ」
入れ替わりに到着した星間平和維持軍部隊がレオロノーパ軍を逮捕するのを横目にアニーグは首をひねった。
◇ ◇ ◇
「もう大変な騒ぎです」
アニーグはセージュに捲し立てられる。
あれから一週間、宙区内は混乱の渦の中にあった。騒動は拡大する一方で、彼らが遭遇した騒ぎなど霞んでしまっている。
「星間保安機構の一斉検挙です。主だった国の偉いさんがかなりの人数逮捕されたんですよ。財界にも及んでます」
興奮する彼女を制する。
「俺だってニュースくらい観てるって」
「レオロノーパの件だって氷山の一角でしかなかったんです」
「相当な数、しょっぴかれたってのにな」
あのあと、レオロノーパには一斉捜査が入っていた。連日、ジャスティウイングの審決を受けた面々が逮捕連行されていく。ニュースはそれで持ちきりだ。
「持ちつ持たれつで汚いことしてた連中を掃除よろしく引っ張ってる。見事なもんだ」
肩をすくめる。
「狙ってたみたいですね、やっぱり」
「とんでもねえな。実は静かに進めてたってわけか」
「びっくりです」
出し抜かれた思いに後ろ頭を掻く。
「あいつは派手に活躍して、俺みたいなのは裏でコソコソやってるように見えるだろ? 逆だったんだ。俺が無茶して動きまわってるところを、あいつが静かに目を光らせてたってわけだ」
「動と静ですか」
「どっちが効率的かは一目瞭然」
(悔しいけどな)
認めざるを得ない。
「お陰で商売上がったりだぜ。今まで高価くて手が出なかったような商品が軒並み値崩れしてる。依頼なんて来るわけがねえ」
「実はわたしの契約会社も何人か逮捕者が出て機能不全に。たぶん潰れます」
いい意味でも悪い意味でも暇になってしまった二人である。顔を合わせても苦笑いしか出てこなかった。
「どうすっかね」
「どうしましょう?」
(セージュがいればなんとかなる)
そんな気分である。
「いっそのこと、二人でどっか……。ん?」
訪問者の呼び出し音だ。
「いつもいいとこで邪魔が入りやがる。誰だ?」
「星間管理局です。お話があってまいりました」
「はぁ? 話せることは話したぜ?」
聴取は受けている。
「違います、アニーグ・カッスルさん。あなたにお仕事の依頼です」
「難しいのは無理だ。宇宙を飛ぶくらいしか能がない」
「それで結構。これまでどおり一般の方々からの依頼を請けていただきます。荷物はこちらで用意するので届けてください。あなたはどんな依頼があるのかを情報部に上げてくださればいいのです」
とんでもない申し入れに耳を疑う。が、相手は真剣そのものの表情。
「俺に情報収集の片棒担がせようってのか?」
「ええ、大声をあげられず困っている方の言葉を届けてください。抜本的解決は管理局で担当します」
「マジかよ」
顔を覆って天を仰ぐ。
「セージュ・コマーさん、あなたは『裏通りのジャスティウイング』の広報をしていただきたいのです。できるだけ活躍が広まるように」
「わたしもですか?」
「ええ、いかがですか?」
(あいつの差金か)
セージュと顔を見合わせたアニーグの面持ちは複雑なものだった。
次はエピソード『命の質量』『夜を象る男(1)』 「なにもできなきゃ、そのまま殺してやろうかと思ったんだけどさ」




