動と静(3)
ラシュラの家族から笑顔の報酬を受け取ったアニーグは満足感を得ている。彼にとっては自分の仕事が喜ばれたかどうかがいちばん重要なのだ。
「とはいえなぁ」
セージュと二人歩いていると思いがこぼれる。
「なんです?」
「最後にケチが付いたけど一応依頼は完了してる。ただ、これをいつもの仕事だって思われると面白くなくてな」
「ジュネさんたちには助けられましたけど、そこの部分には触れないでおきましょうか? だって、依頼者を明かさないってことは二人は秘密にしたがってると思いますから」
彼女の配慮を感じられる。
「包み隠さず書きたいんだろ?」
「それはもちろん。ニーグさんに支援者がいるっていうのも大事な話です。『裏通りのジャスティウイング』だってやっているのは正しいことと認められてるって意味ですよ」
「そりゃ確かに」
ライターとしてのセージュには重要な点かもしれない。しかし、アニーグが言いたいのはそうではない。
「もっと格好良く依頼をこなすとこを書いてくれよ」
おどけたジェスチャーで彼女の前に出る。
「つまり、別の依頼を書いてくれないか?」
「そうですか? 特殊なケースかもしれないのは本当ですけど。ちょっとグレーなとこもありましたし」
「ってか、もっと俺を追ってくれ。違う、こいつは男らしくないな。ずっと一緒にいてくれ。君に惚れたんだ」
包み隠さず言う。
男として誠実な態度を貫きたい。それは仕事に対するものと同じ。自らの思いに従っているのだから恥じるところなど一つもない。
「え? あ、その……」
「君が好きだ。取材対象じゃなく男として俺を見てくれ」
セージュにとっては唐突なことでドギマギしている。しかし、反応は悪くない。背けた横顔の耳までもが赤い。
「わたし、ですか?」
「ああ、君だ」
窺いみる目に恥じらいがあるのがいい。
「どこにでもいる普通の女ですよ?」
「俺には唯一無二に見えてる。社会の隅で小っせえ仕事をして堂に入ってる俺を、こんなにもちゃんと見てくれる人なんて他にいない」
「そんなこと……」
ここは押すしかない。
「すっごく評価してくれてるじゃん。しかも、とびきり可愛い娘が。そんなの惚れないわけないだろ?」
「可愛いだなんて」
「自覚ない? そりゃ間違ってる。俺なら何度でも幾らでも可愛いって言ってやる」
絶対に逃さないという勢いで迫る。この機を逃すわけにはいかない。依頼を完遂するのより強い思いで言い募った。
「好きなだけネタにしてくれ。協力する。付き合っていいかどうか、そういう目でも見てくれ。俺は君が一緒にいてくれるだけでいい」
真っ赤になって俯いてしまった。
「……はい」
「本当か?」
「お付き合いさせてください」
ここは街中、抱きしめたい衝動を必死に堪える。
「ニーグさんに幻滅されないようわたしも頑張ります」
「やった! よし!」
「恥ずかしいからそんなに騒がないでください」
消え入りそうな声。
気づけば幾つもの視線を感じている。大多数は微笑ましいものを見る目だが、一部にはそれ以外も混じっている。
(羨め羨め。好きなだけ羨んでくれ。こいつは俺の人生でも指折りの大事な瞬間なんだからな)
誇らしい思いで胸を張る。
「じゃ、いきなりはなんだろ? とりあえず家まで送るよ。どこに行けばいい? まずアレグリン号まで行こう! っと?」
腕を引かれる。
「家を整理するのはニーグさんがほんとにわたしでいいって決めてくれてからで」
「そんなん時間掛けるまでもないけどな。そうだ、君のご両親にも挨拶しないと」
「急ぎすぎです」
ぶんぶんと首を振っている。
「もうちょっとゆっくり、ね?」
「ああ、すまん」
「人生の一大事なんです」
(将来のことまで考えてくれるってこと。こいつは良いとこ見せないとな)
出発点までは漕ぎ着けた。
宙港まで乗ってきたリフトバイクで戻る。タンデムシートの大切な人に気遣いながらそっと走った。格好いいところは見せたいが、これからはあまり無理はすまいと心に決める。
「記事はどうするんだ?」
愛機を立ち上げながら言う。
「オンラインですよ。そもそも整理してからでないと。今回は触りだけにします」
「そっか。じゃあ、次はどんな依頼がいい? こういうのが書きたいとか言ってくれ」
「それじゃ本末転倒です。あなたが助けたい人の依頼を請けてください。そうじゃないと変です」
真っ当な指摘を受けてしまった。
(理解してくれてる。だよな。だから俺はセージュに惚れたんだ)
改めて感動する。
入っている依頼を調べる手が止まる。宙港管制に出した出港申請への返事も遅い。隙間時間がアニーグを堪えきれない衝動へと誘う。
「そう言わずに、どんなのがあるかくらいは見ないか?」
「そうですね。個人情報については気にしなくても大丈夫……」
「俺をもっとわかってくれ」
近寄ってきた彼女を抱き寄せる。顔を近づけると驚いたように目を丸くしている。気づいたセージュは目を閉じた。
(嫌がられたら凹んでたぜ。ホッとした)
内心の焦りを漏らさないよう細心の注意を払う。
(柔らかい。んで、甘い)
重ねた唇が熱い。欲望まで見透かされそうで怖いが離せないくらいに心地よい。スマートに決められるほどに経験もない。自ら望む道をガムシャラに走ってきただけなのを少しだけ後悔した。
「なんだってんだよ」
メッセージ音に邪魔される。
「あ、出港許可か」
「離陸しないと」
「すまん。下手くそで」
キスのことだ。
「そうなんですか?」
「タイミングとか色々、な」
「わたし、あまりわからなくて。若い頃の恋愛なんて興味本位になっちゃいがちでしょう?」
最近は異性関係が疎遠になっていたという意味だ。アニーグは心の中で歓喜する。喜んではいけない気もするが、つい男の心理が勝ってしまった。
「んじゃ、こっちも喜んでもらえるよう頑張るぜ」
「もう!」
彼女は真っ赤になってゲストシートに逃げる。ベルトの装着を確認してシステムに離陸を命じた。
(少ないな。平日の昼間にしても閑散としすぎてないか?)
管制から指示のあった離脱軌道をなぞっただけなのだから至近に別の航宙船がいる心配はない。だが、それにしても少ないと感じた。
「それにしても」
レーダーパネルを注視する。
「なんも映ってない。そのまま抜けろってことか?」
「空いてるんです?」
「不自然なくらいにな」
さすがに気持ち悪くなってきた。
『重力場レーダーに反応があります。回避機動をしますか?』
「反応だって? ターナ霧! 軍か!」
『レーザースキャンを検知しました。続いて射撃レーザーの照射を受けています。回避してください、回避してください』
慌てて操船をマニュアルに切り替える。とっさに回避機動を取るとビームが至近を流れていった。
『レーザー受信をしました。接続します』
選択させないのは公的勧告だという意味。
「アレグリン号、そのままこちらへ。来ない場合は、わかるな?」
「威嚇射撃食らわしといてよ。なんで軍が俺を狙う?」
「どの口で言う? 貴様はやり過ぎた。上の方々が気に掛けるほど目立ってしまったのだ。愚かなことを」
こちらからもレーザースキャンを行うと船影が見えた。戦闘艦らしき大型艦艇が確認できる。
「これからレオロノーパ軍の演習宙域に迷い込んだ貴様は不幸な事故で撃沈される」
「されてたまるか! 通報してやんぜ!」
抵抗できる手段は他にない。
『時空間復帰反応。すぐ後方です』
「マジか!」
「残念だったな」
超光速通信を阻害する唯一の方法を取られる。至近距離での時空界面動揺は数分であれど通信を不安定にさせてしまう。
(こいつら!)
仕組まれた罠に嵌ったとアニーグは覚った。
次回『動と静(4)』 「家族へのお別れの祈りは済んだかね。では、さよならだ」




