動と静(1)
アレグリン号はジュネたちのファナトラとともに目的地の惑星レオロノーパに直接降下している。襲撃されたことで、近隣惑星から定期航路を使う作戦を放棄したのだ。
(だからって隠密降下とかいいのかよ)
アニーグは不安を抱えたまま。
二隻はファナトラの防御フィールド内に充填したターナ霧により、電波レーダーに感知されない状態で大気圏に入っている。当然、識別信号も発信されていない。
「なあ、ヤバくないか?」
まるで犯罪行為に感じる。
「密入国みたいなもんだぜ」
「問題ありませんよ。宙港のある都市に近づいたら発信します。ぎりぎりまで到着を覚らせないための措置ですから」
「そんなん当たり前だ」
近くでターナ霧など使用すれば都市機能を麻痺させてしまう。
「星間法上のシグナルの発信義務はそこまで厳格なものではありませんよ。生命や財産に損害を生じさせる場合や業務上どうしても必要な場合を例外としています」
「そうなのか?」
「もし、厳密に適用されるとしたら問題だらけです。例えば、領宙外で軍が隠密航行すれば、それだけで違反行為ですよ? それで検挙されることはありません。業務上の例外事項だからです。今回の場合は前者の生命等への損害に対する例外です」
確かにレオロノーパには網を張られていて拘束される危険性がある。荷物を没収されるかもしれないとなれば財産の損害があるのも事実だ。
(裏技みたいなもんね。俺が真っ正直すぎるのか?)
人助けのためなのだから、胸を張って宇宙を飛びたいと考えている。
「シグナルの運用は柔軟なものです。さあ、もう解除しますよ。ここからが時間の勝負です」
「ああ、どうせ入国手続で身分がバレるよな」
ゲートを通るだけとはいえプロフィールの基本部分を読み取られる。そうなればアニーグが入国したのは妨害工作をする相手に確実に知られる。
(レオロノーパ政府もまったく信用できないのかよ)
お尋ね者になった気分である。
(なに一つ悪い事してないってのによ。そんなに金が大事か? 大事だよな。依頼者だって金に糸目を付けなきゃ娘さんを治療できる。普通じゃ無理だから俺んとこに依頼してきたんだもんな)
世の中の道理まで間違ってるとは思わない。ただ、救われるべきが救われないのが腹立たしいのである。ルールを無視していると言われれば反論の余地は少ない。
「エル、ぼくは寄り道してから行く。病院まで彼らをよろしくね」
なにやら打ち合わせをしている。
「うん、大丈夫」
「おい、なんで……!」
「いいですか、アニーグさん」
真剣な面持ちで諭してくる。
「ぼくが病院に着くまで薬を使ってはいけませんよ。約束してください」
「どうしてだよ。お前は薬とは関係ないだろ? 医者でもないんだから」
「症例について調べたんです。ちょっと気になるところがあったので準備をしてきます」
追及したいが入国ゲートは目の前だ。くぐったと同時に行動開始しないといけない。アレグリン号が入港したのが伝わってると思ったほうがいい。
「く、急ぐぜ、セージュ」
彼女は「はい」と健気に走りだす。
「あんたは全力で。こっちはあたしがフォローするから」
「本気かよ」
リリエルの足取りは力強い。平気でセージュの腰を抱いて、半ば持ちあげんばかりの勢いで走る。体力で負けているかもしれない。
「オートキャブは怪しい。あんた、リフトバイク乗れるでしょ?」
「決まってんだろ?」
「アクセス、レンタルバイク。二台出して」
σ・ルーンで宙港システムにアクセスしてリフトバイクの貸出手続きをしている。エントランスを出て曲がるとバイクが自動で道路へと出てくるところだった。携帯端末でライセンスと支払いアカウントを読み取らせると走行可能状態になる。
「後ろですかぁ!」
「しっかり掴まってなさいよ」
自前のヘルメットを被ったリリエルがセージュをタンデムシートに座らせる。アニーグも跨ってリフトレバーを倒した。車体が浮くとスタンドが格納される。合図されたので先に走りだした。
(こいつなら速いけどよ、奴はどこ行った?)
一緒に走りだしたはずのジュネの姿がない。一瞬目を離した隙に消えていた。オートキャブに乗り込むところも見ていない。
(まあ、いっか。ここまで来たら当てになるもんでもなし)
依頼は達成したようなもの。
マニュアル操作のリフトバイクで専用レーンを駆け抜ける。車体は都市交通システムの緊急停止命令には従うだろうが、彼一人止めるために交通麻痺を起こしたりはできないだろう。
「ここだ」
「了解」
病院地下の駐車スペースにリフトバイクを滑り込ませる。エレベータに飛び乗って患者の待つ病室へと急いだ。どうやら妨害者を出し抜けたらしい。
(よーし、上手くいったぜ)
セージュに向けて親指を立てる。記録用のウェアラブルカメラを装着した彼女も嬉しそうに笑っていた。
「ハレイドさんとこのラシュラちゃんの病室で合ってるかい?」
開閉パネルをタップして中を呼びだす。
「はい、どなたですか?」
「運び屋ニーグが注文の品をお届けにあがりましたよ、っと」
「え? は? うそ……」
対応に出た女性は患者の少女の母親だろうか? 依頼者は父親だったが、今は昼間なので不在だと思われる。
「本物だ。薬を持ってきた。心当たりがあったら開けてくれ」
「すぐに」
ドアがスライドし、ベッドの傍で目を丸くしている母親の姿が見える。続いて目に飛び込んできたのはベッドに横たわっている少女。繋がっているチューブが彼女をベッドに縛り付けているようで痛々しい。
「おっと、泡食って忘れてたぜ。実は取材が入ってるんだが同席させてもらってもいいかい?」
セージュを紹介する。
「そうなのですか?」
「テキストですのでどなたのお顔も公表することはございませんので」
「わかりました。他の患者の方々の希望になるのでしたらかまいません。私は母のヨナスといいます。お薬は本当に?」
懇願するような眼差しに応える。
「もちろん、ここにある。小売価格とちょっとした経費を払ってもらえたらあなたのもんだぜ」
「お願いします。必ず準備いたしますので」
「今回は特別に後払いで結構だ。依頼者の旦那さんにも確認してもらわないとな」
薬の箱を枕元に届ける。少女ラシュラは救い主を見る目で彼を見上げていた。大丈夫だとばかりにウインクする。
「運び屋ニーグ、本当にいたんだ。裏通りのジャスティウイング」
意外に元気そうな声だ。
「照れるぜ。誰に聞いた?」
「パパに。助けてくれるかもしれないって」
「俺はただの運び屋だ。助けてくれるのは、この薬のほう」
冗談めかして言う。
「ううん、そんなことない。ありがとう。このチューブが繋がってないと発作が起きちゃってたんだけど外れる? 学校行ける?」
「もちろんだ。いっぱい友達作っていっぱい遊べるぜ」
「嬉しい」
涙がこぼれる。
(甲斐があるってもんだ。この嬉し涙が一番の報酬だぜ)
胸が熱くなる最高の瞬間だ。
「お預かりしてもいいですか?」
母親の手に薬の箱を渡す。
「どうぞ」
「圧入チューブにアンプルを接続すれば患部に直接投与されるはずです」
「待ちなさい! ジュネが来るまで使っちゃ駄目って言われたでしょ!」
ドアのところで見張りをしていたリリエルが慌てて止める。しかし、ヨナスはベッドから繋がっているチューブのコネクタをアンプルに切り替えていた。
「問題ないだろ。俺だって処方箋くらい見てる。一回にアンプル一本を投与するだけだって書いて……」
「うあああっ!」
ラシュラは突如として胸を押さえて苦しみはじめる。脚をバタつかせたかと思うと全身が痙攣している。
(嘘だろ! 俺は偽もん掴まされてたのか?)
アニーグは自分の失敗を呪った。
次回『動と静(2)』 「ジュネ、どこ! 急いで!」




