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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
喜びの代価
120/216

雄弁な無力(1)

 補給を済ませたアレグリン号は一泊もせずに出港する。あまり長居をすれば連中の網に掛かるかもしれない。


(いつもと違った行動してるから心配はしてないが万一ってことはある)

 アニーグも極力危険は避けたい。


 今回の場合は購入品と出港記録から目的地を割り出しやすいパターン。なにせ品物は珍しい難病の薬。移動記録よりは患者のほうに網を張れば引っ掛かる可能性が高い。


(とはいえ患者が数えるほどってわけじゃない。広い宇宙の全域に網を貼るなんて無理だ。途中で捕まえられるなんて考えてないはず。要は待ち構えているところを、どう潜り込むかが勝負になるな)


「ってな寸法だから一回別の惑星(ほし)に降りて、そこから定期航路に乗っかって入り込もうかと思ってる」

 相手の心理と計画をセージュに説明する。

「なるほど、普通の観光客を装って荷物を届けるんですね?」

「余計な経費が掛かっちまうが勘弁してもらおう。確実に届けるためだ」

「それもニーグさんお一人じゃなく、夫婦っぽい偽装をすれば確実性が増すんじゃないですか?」

 提案される。

「そりゃ助かるが、いいのか? こんなうだつの上がらない男と夫婦を演じるなんてよ」

「全然。わたし、ほんとの夫婦になるのもニーグさんみたいな弱い人の味方できる方がいいって思ってますもの」

「セージュ」


(くっそ、嬉しいこと言ってくれるなよ。惚れちまうじゃん)

 湧き上がってくるものをぐっと堪える。


「あの二人が『うん』って言うかってのも問題なんだよな。ガードしにくいとか文句抜かしそうな気がして」

 苦笑いを見せる。

「アームドスキン、使えなくなっちゃいますもんね。機動兵器の扱いが上手いだけで腕っぷしが強いんじゃなさそうだし」

「いざとなったら、さよならするだけだ。あっちの契約のことなんて関知してらんないからな」

「悪いような気もしますけど」


 彼女はジュネたちの立場にも配慮しているようだが気にしだしたらキリがない。無茶を承知でやっている以上、八方上手く収まる方法を選んでいる余裕はないのだ。


(でもな、セージュはなんでこんなに協力的なんだろう? 勘違いしちまいそうだぜ)

 つい、そんな考えに陥りがちになる。


「どうして手伝ってくれるんだ?」

 訊かずにはいられなかった。

「わたしのこと、面白い記事を書きたいだけの女だって思ってません?」

「そりゃないって」

「同じなんです」

 朗らかに笑いながらアニーグを見つめてくる。

「このとおり、戦う力なんてありません。ニーグさんみたいな行動力も」

「そんなことは……」

「いいえ、ないんです。でも、なにもないわけではなくて、報せるのはできるんです。努力すれば多くの人に実情を知ってもらうことはできると思うんです」


 決意のほどを知ってほしいと言わんばかりに、胸に拳を当てて訴えてくる。セージュも思うところがあって行動しているらしい。


「ニーグさんにお願いをしてくる人は本当に困っている人々。その方の声を拾って広く伝えられれば、この社会を変えることだってできるかもしれません」

 真意を語る。

「ジャーナリストの端くれでしかないフリーライターでも疑問を提起して考えるきっかけを作れるはずなんです。もしかしたら現行制度を改める糸口になるかもしれません。そんな夢を持ってるんです」

「すごいな」

「全然です。言ってることが大きいだけで覚束ないんですから」

 恥じるように小さく舌を出す。

「だからテーマをください。波紋を起こすテーマを。ちょっとずつでいいから世の中を暮らしやすくするために働きたいんです」

「もちろん、いくらでも協力するぜ」

「だったらわたしも協力します。持ちつ持たれつで。無力だけど雄弁な人間の足掻きをとくとご覧ください」


 本当に楽しそうに語る彼女が眩しかった。同時に賛同者を得たかのような思いだ。社会の片隅でこそこそと動きまわるだけのような自分を無意識に情けなく感じていたのかもしれない。それは誤解だと思わせてくれた。


(ヤッベえ。本気で惚れちまう)

 頭を掻きながら視線を逸らして見破られないようにする。


「俺は頭のいい人間じゃないからな。動くことしかできん。君みたいな人が助けてくれないと、でっかい夢は見れないと思うんだ」

「見ましょう、一緒に」

「頼めるかい?」


 セージュの「喜んで」という言葉に胸が熱くなる。希望とともに意欲の泉が湧き出してくるかのようだった。


「どうも様子がおかしい。警戒してください」

 水を差すようにジュネの声。

「なんだってんだ?」

「領宙ぎりぎりに船影が見えます。心当たりは?」

「あるかよ」


 アニーグはタイミングの悪さに舌打ちをした。


   ◇      ◇      ◇


「仕掛けてくる?」

「ほぼ確実に」

 リリエルの質問にジュネは答えるまでもない返事をする。

「よね。なにかしら?」

「武装してるね。同業かな」

「同業って」

 潜入捜査に慣れていない彼女は呆れた面持ち。

「今の、ね」

「笑えないけど笑える」


 言葉に反して彼女の唇に浮かんでいるのは不敵な笑み。戦闘を予感させる空気を楽しんでいるのだろう。


「二人は?」

 アレグリン号のほうを見る。

「戸惑ってる。不慣れだからね」

「ほんと、どうしようもない。腹の据わってない連中はいつもこう。自分は常に暴力の範疇の外にいると誤解してる。いつ襲ってくるかもわかんないのに」

「無理な話だよ。直面してみないと理解できないさ。彼らにとっては暴力と災害は不運な人を襲うものって認識かもしれない。むしろ災害のほうが多少は予測できてマシくらいに思ってるかも」

 ヘルメットを持って立ちあがる。

「現実を直視させてあげないとね」

「やめときなよ。ぼくたちってフィルターを通して見るくらいでちょうどいい」

「もー、甘やかすんだから」


 ファトラに「あとはよろしく」と告げて中央通路(センターパス)へ。二人が出撃したらファナトラをアレグリン号の盾にしなくてはならない。


「お先に」

「一人で行っちゃ駄目だからね」


 リフトで吊り下げられながらリリエルが言う。ファナトラには発進スロットがない。リュー・ウイングは巨大なバックパックを背負うという構造上、足下へ落とすのには広い開口部が必須。なのでレールで後方に滑り出る発進方式になっている。


「かなり新鮮」

「遊んでないでさ」


 背中から飛びだしたラキエルは軽く上昇。滑ってきたリュー・ウイングのマルチプロペラントの上に膝を突いてしゃがむ。縁を掴んだのを確認したジュネは船体の影に隠れて様子をうかがう。


「どう?」

『レーザー通信で警告してきております』

 ファトラのアバターが顔の横に浮かぶ。

『中継いたします』

「うん」

『ターナ(ミスト)も検知しましたので警告だけでは終わりそうにありませんが』


 さすがにオープン回線で襲撃を喧伝する気はないらしい。多少は後ろめたい気持ちがあるのかとも思ったが、続く台詞がそれを裏切る。


「アレグリン号と見慣れないもう一隻、止まれ」

 野太い声が聞こえてくる。

「聞いてないが、伴走していた不運を呪うがいい。依頼者(ユーザー)の要望でお前らを拿捕する」

「なんの権利があってそんなことをする」

「商売だ。文句ならユーザーに言え。まあ、荷物とやらを大人しく渡せば優しくしてやらんこともない、運び屋ニーグ?」

 やはりターゲットは彼らである。

「無茶な要求なんて聞く必要ありません、ニーグさん。逃げましょう」

「しっ、黙って!」

「女もいんのか、おい。そいつは黙って行かせられんな? ついでに女も渡せば逃げられたって報告してやってもいいぜ」


 賊なのか軍事会社(どうぎょうしゃ)なのかわからない台詞にジュネは苦笑いをした。

次回『雄弁な無力(2)』 「現実ってやつはどうしてこうも!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 同行者が居たことを呪うのだな……。
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