運び屋ニーグ(4)
ブラッドバウの二人は幾つかの申し合わせ事項を告げてくる。自由人のアニーグには面倒なことこのうえない中身の話である。
(急な行動はするな? 戦闘時は指示に従え? 行き先まで教える必要はないが、出掛けるときは連絡しろ? どうして頼んでもないのに行動を制限されなきゃならん)
ため息の数だけ増える。
「ご覧の通り厄介事は日常茶飯事だ」
迷惑を掛けている業種があるのは承知してる。
「だが、銃を向け合うほどのことじゃない。全体の取引量からしたら俺の扱う荷物なんて部屋に落ちてる塵一つほどのもんでもないんだから」
「そうかもしれませんね」
「起きる不利益なんて、同業の連中が今夜の酒を一杯我慢するかどうかくらいのもんさ。そんな小っせえ商売に目くじら立てて機動兵器なんて持ちだす馬鹿いやしない」
子供の喧嘩に裁判所判事が出てくるようなもの。
「あなたが有名になるほど神経に障る人だっているかもしれませんよ」
「そいつぁ奇特なことで」
「そうですか、『裏通りのジャスティウイング』さん? そちらのセージュさんの存在が証明しているようなものだと思いますけど」
気づいて視線を送るとセージュはゆっくりと目を逸らす。否定できない事実だと自覚せねばならないらしい。
「それでも、戦争屋の世話になるようなもんじゃ……」
リリエルが射殺さんばかりの眼力を発揮している。
「ははーん、そういう認識なわけね、運び屋」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」
「運送屋は社会に貢献してる。自分なんて、その中でも褒められて然るべき存在だ。戦争屋みたいな壊すしか能のない連中とは人間の格が違うって?」
心中を見透かしてくる。
「格が違うとまでは言わないって。だがよ、自分たちが誰かを幸せにしてるって胸を張って言える職種じゃないのは認めるだろ?」
「警護されて無事に帰れた人の家族は幸せじゃないって?」
「その裏で失敗してクビになって生活に困るような人を生んでるかもしれないじゃん。俺が損させてるのなんて菓子袋の一つ、酒の一杯程度のもんだって言ってる」
食ってかかる娘につい声を荒げる。普段からそう考えているからこそ、いくら危険でもアレグリン号を武装なんてしない。レーザーガンの一丁だって持つ気はない。
「だいたい、裏通りのジャスティウイングなんて呼ばれてるのも面白くねえんだよ」
こうなれば売り言葉に買い言葉である。
「例の件を見ればわかるだろ? あいつは壊すことでしか問題解決しようとしてない。そりゃ星間法違反を正すためかもしれないぜ? だが、暴力でしか解決しないような奴は誰かを喜ばせることなんてできないじゃん」
リリエルの薄茶色の瞳が殺意さえ浮かべている。アニーグは背筋が震えあがって押し黙った。
「戦争屋だって平和を願っているかもしれないでしょう?」
娘の肩に手を置いたジュネが言う。
「後ろに背負っている大勢の力なき人々を思って命を懸けているのです。もちろん正当な報酬を望んではいます。命に値段を付けているのが、あなたの目には卑しい行為に映るのかもせれませんけどね」
「…………」
「永遠に交わらない理念なのも本当でしょう。銃前にいる人は銃後の人の怖れが、銃後の人は銃前の人の覚悟がわからないものですからね」
リリエルの腕を引いた青年が「お暇します」と言って操縦室を去る。やりきれない思いが彼の胸にくすぶっていた。
「言い過ぎですよ、ニーグさん」
咎める瞳を向けられる。
「自覚はあるよ、セージュ」
「次に会ったときにはちゃんと謝りましょうね?」
「ああ」
反省はしている。
「あっちのジャスティウイングだって感謝されてるんですよ。だって、あの神の奇跡みたいな技を披露して惑星一つの住民を救ったんですから」
「理解はしてるんだけどね」
(ってもな、あいつらには謝れても槍玉に挙げたジャスティウイングには謝る宛てがないけど)
アニーグは最後に大きいため息を吐いた。
◇ ◇ ◇
「ぶっ殺してやろうかと思った」
不穏なことを言うリリエルの腰を青年は抱き寄せる。
「そんなことを言うもんじゃないよ」
「でも!」
「彼は一般人の枠組みの中にいる善人なのさ。壁一枚向こう側にいるようなもの。そんな視点からぼくたちのことは歪んで見える」
生活の違いを説く。
「幸せなままでいさせてあげられれば一番なんだけどね」
「その壁がどんだけ薄いかわからせてあげるんだから」
「君が打ち壊したんじゃ意味ないんだよ」
ジュネは叶わない希望を口にする虚しさを味わっていた。
◇ ◇ ◇
補給地の惑星で気が進まないながらもアニーグはファナトラの二人に上陸の連絡を入れる。渋られるかと思ったが、特に反対の言葉もなく同行すると告げられた。
(いつもなら保存食で適当に誤魔化して現地まで飛ぶんだがな。客がいるでは不便させるのもなんだし)
楽しそうに街を散策するセージュを見ていると安心する。普段はおざなりにしている生活の潤いが戻ってきたように思う。
快活で明るい彼女が笑うだけで救われたみたいに感じた。夢ばかり追いかけて、社会から弾きだされた生活が自分の心をさいなんでいたのを改めて自覚する。
(独りよがりだったのか? でも、あの客の笑顔も本当なんだよな。誰かがやらなきゃいけないのなら俺がやってもいいじゃん)
なにかが引っ掛かる。自己犠牲の精神は尊いもの。それで誰かを笑顔にできるならいい。しかし、他者にも不利益を強いるのは間違いかもしれない。
(社会の仕組みが間違ってんだ。その隙間を縫って動く奴がいなきゃ苦しんでいる人は救われないだろ)
間違っていないと思いなおす。
流通で利益の上がる仕組みができてなければ関わる人間の生活がままならない。社会がそれをサービスの一端と割り切ってしまったときに皺寄せに苦しむ者が出てくるのは理解できる。
(でもな、こうして街に溢れる商品にどれだけの余分なコストが費やされているかと思うと反吐が出る。どこかに潤って笑っている奴がいるんだ。そいつの鼻を明かしてやる)
「ニーグさん、これ美味しいですよ。一緒に食べましょうよ」
満面の笑みでスイーツを頬張るセージュ。
「強烈に甘そうだけどたまには食ってみっか」
「ええ、こっちのトッピングにすれば少しほろ苦にもなりますから」
「ああ」
見ればリリエルも嬉しそうにスイーツを口にしている。片手には三つのスイーツ、片手にはジュネの腕を取って楽しそうに一緒に食べていた。
(楽しむってのも大事だよな。俺が辛そうにしてたら客を喜ばせられないじゃん)
「じゃ、お姉さん、こいつとこいつで……」
「ニーグさん、もう一つ横のですよ。それは甘いだけです」
「ん?」
ジュネが指摘してくれる。しかし、彼はこちらに背を向けている。見えていなはずであった。
「適当なことで嫌がらせを」
「嫌がらせじゃない。見えてんの」
リリエルが冷たい視線を送ってくる。
「正確には目が見えてないの。彼が見てるのはこのσ・ルーンのカメラ映像。だから背後だって……」
「なんだって?」
「嘘だと思ってるなら店員に聞いてみなさい」
彼が一つ横を指したのは事実だった。
「お前、そんな身体で?」
「別に気になさるようなことではありません。不自由なく生活できています。あまつさえアームドスキンに乗るのも可能なんですよ」
「でもな」
(苦しみながら戦ってるのは俺だけじゃねえのかよ)
添える言葉を失った。
「あ、いけない。わたし、途中経過を契約会社に連絡入れなきゃ。ちょっと待っててくださいね」
空気を変えるようにセージュが明るく言う。
「おう、ここで待ってる」
「はーい」
セージュに救われた気分でアニーグは見送った。
次回『雄弁な無力(1)』 「どうして手伝ってくれるんだ?」




