運び屋ニーグ(2)
自動配達リニアカートが路上をするすると走ってくる。公園の前までやってくるとリニアエリアを抜けてしまうので車輪を出した。人の歩くほどの速度でのろのろと走ると指定されたポイントまでやってくる。そこで戸惑うようにセンサー灯を明滅させた。
「ご苦労さん。ここで正解だぜ」
ベンチに座っていたアニーグは携帯端末にコードを送らせる。するとリニアカートは腹から荷物を吐きだした。マニピュレータの差しだす箱を受け取ると次の配達先に走っていく。
「こんな感じで人の手を借りなくても現地でなら簡単に手に入る」
セージュに説明する。
「そうですけど、これ薬でしょう? 処方箋データはどうしたんです?」
「そっちは企業秘密。ヤバい薬じゃなきゃ段取りしてくれるコネがある」
「ちょっと胡散臭いですよ?」
疑わしい目で見られる。
なんてことはない。彼の兄が医師なのである。弟がどんな仕事をしているか知っていて手配してくれるのだ。処方箋が手に入れば発行場所をちょっと細工するだけ。
「グレーゾーンですね?」
「大目に見てよ。今回の依頼元、見せたじゃん」
依頼してきたのは彼方の惑星の患者の親である。娘が難病で臥せっているが、開発されたばかりの画期的な薬をその国から入手するには莫大な対価が必要。そこに連れていって医療を受けさせるにも他国民では保険が効かず高額治療になる。
「親御さんが藁をも掴む思いでニーグさんにされた依頼なのは知ってますけど」
次に選んだのは薬運びだ。
「法に触れることもしてなきゃ、誰の迷惑になるようなこともしてない。ここの国民なら普通に手に入る薬を国民のフリして正規の値段で買っただけじゃん」
「一個だけマズいの混じってません?」
「気づいちゃった?」
ニヤリと笑う。
転売屋のような闇ブローカーなら儲け分を上乗せする。普通に取り寄せたよりも少しだけ安い価格で引き渡すのだ。危ない橋を渡ってもかなりの利益が出る。
(俺はそんなことしない。少女が元気になって笑ってくれるなら、宇宙くらいひとっ飛びさ)
彼はそうやって対価を受け取ってきた。
「ほんとにこの人は。見ないフリしてあげます」
「ついでに書かないでね」
セージュ・コマーは薄茶色の髪を背中まで垂らした美人である。その笑顔は眩しいほど。二十五歳と同年代でもある。
それが一時的にとはいえ、アニーグのアレグリン号に乗って宇宙暮らしをすることになった。今はフィットスキンにショートブルゾン、ショートパンツというスタイル。隙間から覗くボディラインなど独り者には目の毒であった。
「さて、届けにまいりますか」
「先方に取材許可お願いしますね」
「直前にするって」
すぐに宙港に向かわずぶらぶらと歩く。交通機関やオートキャブを使わない。セージュは不思議に思いながらも珍しい街並を楽しんでいる様子である。ぐるっと巡ってアレグリン号に戻った。
「んじゃ、出港許可取れたんで飛ぶよ。ベルト忘れないようにね」
「そんなに混んでなさそうですけど?」
「面倒事が多いのはこれからなんだ」
大気圏内ではなにも起こらなかった。監視が強いし人目が多い所為もあるだろう。問題は大気圏の外に出てから。電波レーダーが接近してくる船舶の存在を検知し、航行システムが告げてくる。
『異常接近軌道を確認できます。回避操作を行いますか?』
既定の文言に彼女は目を丸くしている。
「いんや、俺が操舵する。マニュアルに切り替えだ」
『操船をお任せします』
「異常接近って?」
やっと我に返った様子。
「そのまんまの意味。ぶつけてきそうな連中がいるってこと」
「危ないじゃないですか」
「危ないよ。妨害したいんだから」
話しているうちに、普通に視認できる位置まで接近してくる。宇宙では当たり前にニアミスとされるくらいの距離だ。
(あっちの航行システムだって警告発してるね。でも、操舵士が自分で操縦してたらそんなことはお構いなしだし)
大気圏上層であろうが領宙内であろうが当該国の管制はない。あるのは、それぞれの航宙船の航行システムの自動回避シーケンスである。なので船舶登録時にはシステムが標準仕様を満たしているかは厳密にチェックされる。それで事故を回避する管理方法なのだ。
「避けるんですよね?」
セージュの顔色が悪い。
「もちろん。こっちもあっちも本当にぶつける気はない。そんなことがあれば命に関わるしね。でも、妨害したいから、かなり際どいこともする」
「際どいことって、なんでそんなことを?」
「今からあいつが教えてくれる」
視認範囲に入ってきたのは同規模の150m級小型船が二隻。相互の間に邪魔する空気がない宇宙空間では距離感も怪しいまま、みるみる大きくなっていく。
「あ、危ないですよ! どうするんですか!」
「躱すって」
アレグリン号の背面、操縦席の後ろあたりでパルスジェットが瞬く。軌道をずらした船体がいた空間をかすめるように一隻が飛び去った。次は右のパルスジェットを噴かし、寄せてきたもう一隻との衝突を回避する。
「どんなに俺が好きでもくっつきすぎだ。お互い、不快じゃない距離を保たないか?」
オープン回線で呼びかける。
「逃しやしねえぞ、運び屋」
「もうちょっと上手にやれよ。追いかけすぎると逃げるもんだぜ?」
「馬鹿抜かしてんじゃねえ。今日こそとっちめてやる」
冗談は通じず、類似の台詞しか聞けない。
「やれやれ、なにがそんなに気に入らないんだかね」
「てめぇのやってるのは不当廉売ってやつなんだよ。客は喜んでも、それをやられたら俺らは困るだろうが」
「客が喜んでこその商売じゃん」
彼らにそんな考えはない。商業ルーチンの一端に組み込まれているだけなのだから。自分の儲けが最優先なのである。事業としては正しい姿勢なのは間違いないが。
「まさか、運送コストを削られるかもしれないからって、こんな危ないことを?」
セージュは気づいたらしい。
「俺が荷物の受け取り時以外はアカウントを動かさないからね。あと掴める足取りは出港申請だけ。そこを狙ってやってくるからこんな羽目になる」
「事故が起きたらどうするんです」
「向こうも事故は望んでない。だから逃げる隙ができる。でも、街中で見つかると捕まえにくるだろ? 生身のときは容赦なく体当たりできるじゃん」
特に喧嘩が強いわけでもない。
「航宙船同士なら避けられるからですか」
「俺の腕次第ってこと」
「……信じます」
彼女は操船のプロではない。そうとしか言えないだろう。意気揚々と乗り込んできて危ないとなったら降ろせと騒ぐタイプだったら断っている。
「任せなって。このチキンレースは領宙の外までだから」
時空界面突入するまでである。
「たっぷりあるような気がするんですけど」
「生のアトラクションみたいなものだって楽しんだほうが幸せだぜ?」
「料金が命なのが困るんですってば!」
そう言いつつヘルメットを被る。
その後も追いつ追われつの展開。慣れている彼はなんてことはないが、セージュは命が縮む思いだろう。
(残り三分の一ってとこか。まあ、逃げ切れるだろ)
当たりは激しめだが相手の腕も悪くないのがそう思える点。
「なんだって?」
「待て、ぶつかる!」
急に不測の事態が起きる。再び接近しようとした二隻の小型船に別の影が急接近した。しかも、遠慮なく接触する。
「馬鹿な! アストロウォーカー? 違う! アームドスキンだと?」
「っく!」
押しのけられた二隻は機体が手にした力場刃を見て遠ざかっていく。普通の航宙船では対処不可能だ。
いつにない事態にアニーグでさえ瞠目して紫と朱色の機動兵器を見つめた。
次回『運び屋ニーグ(3)』 「なんだか怖い雰囲気するんですけど」




