運び屋ニーグ(1)
待ち合わせの相手に箱を渡すとキョトンとした顔をされる。そういったことは往々にしてあるのでアニーグも気にしたりなんかしない。
「これ、本当に?」
父親らしき男の面は疑問に染まっている。
「そうですよ。うちのページに依頼したのはあなたでしょう? 息子さんがカレダギ産のミットリアが食べたいって言って困ってるって」
「確かにそうだけど」
「こちら、請求書です。飛び先のアカウントに振込よろしく」
申し込みのあった個人アカウントに請求書を飛ばす。
「でも、こんな値段のはずじゃ」
「産地ではそんなもんなんですよ。間に色々挟まってるから馬鹿高くなる。それがわかってるから運び屋なんてもんに依頼したんじゃないんすか?」
「でも、まさか本当に運んでくるとは思ってなくて」
父親は教会でお祈りするくらいの心持ちで依頼を出したのだろう。実際に詐欺の常套手段としての依頼ページも少なくない。それどころか溢れかえっている。そのほとんどが先払い方式のもので、彼のように達成報酬のものは無いと言っていい。
「ねえねえ、これ本物?」
男の子が訊いてくる。
「ああ、本物だ。なんだったら一つ食ってみな」
「うわ、真っ赤。……甘ーい!」
「冷やすともっと美味いぜ。そんなに美味いのかって俺まで現地で味見しちまった」
破顔して暴露する。
ミットリアは小さめの普通の果実。近年、ある惑星の奥地で発見され、生産技術が確立されたばかりで値段が高騰している。噂になっても実際には口に入らない類の産物だった。
「君は大丈夫なのか?」
父親は未だ不審げである。
「詐欺だと思ってるならこれっきりで結構。必要経費がだんだん高くなったりしないので心配なく。ただし、俺も身一つだから毎回依頼に応えるのは無理なんで悪しからず」
「そうじゃなくて、儲けがないんじゃないか?」
「機材の維持費くらいは上乗せしてありますよ。あとは息子さんの笑顔で十分な報酬をもらってますんで」
男の子は満面の笑みを浮かべてミットリアに齧りついている。
「ページに書いてあるとおり、くれぐれも宣伝は結構ですんでよろしく。細々とやってるくらいが性に合ってるんで」
「呆れた。だが、感謝する。君みたいな人が本当にいるんだな」
「ま、社会の片隅にはこんな馬鹿もいるんだくらいに思っといてください。じゃ、これで」
親子に手を振ってアニーグはその場を離れる。商売柄、あまり目立ちたくはない。彼はともかく、あの親子まで被害が及んでは堪らない。
「さて、次は誰の依頼にするかね?」
ページをスクロールさせる。
「誰も彼もがクジに当たったくらいのつもりでいてくれりゃ万々歳なんだけどね」
父親が言っていたとおり、ほとんど儲けはない。だが、航宙船を維持できるくらいの経費はもらっているし、どうにか生活はできている。
(子供が笑ってられるような世の中じゃなきゃ生きててもしんどいだけじゃん)
その一心で運び屋家業をしている。
(宇宙を飛んでるのは楽しいし、ちょっとしたトラブルだって楽しみ方がある。せっかく産まれたなら好きに生きなきゃね)
アニーグ・カッスルは二十六歳。親を兄に任せて気ままな独り者を謳歌している。自由に宇宙を飛びまわり、好きなときに好きなだけ笑顔を拾って巡る人生でいいと思っていた。
「なんか本気度が見える依頼が少ないな」
胡散臭いページなので致し方ないことだと茶色い髪を掻きあげる。
「どうせなら喜んでほしいし、ピンとくるものを請けたいもんだが……」
「あなた、運び屋ニーグさんですよね?」
「へ?」
スクロールしていたページの投影パネルに気を取られて、目の前に人が立っているのに気づかなかった。見れば、そこには若い女性の姿がある。
「俺をその名で呼ぶってことは依頼かな? 君みたいな美人さんのお願いなら請けたいのは山々なんだけどね」
冗談交じりに相好を崩す。
「残念、ハズレです。わたし、フリーライターでセージュ・コマーっていいます。ニーグさんの取材を申し込みに来ました」
「げ、うそ」
「気づいてません? 運び屋ニーグのこと、最近地味に噂になってるんですよ?」
指摘されて狼狽える。
「まさかぁ、ただの個人営業の零細運送屋のことなんて」
「それなんです。あなたが運送業をしてらっしゃることになぞらえて、『裏通りのジャスティウイング』なんて呼ばれたりしてます」
「マジで?」
(そんなこととは露知らず、のんきに船名も隠さないままふらふらしちまってた?)
口コミを断ることで噂など広まらないと考えていた。
「口止めしてらっしゃるのは知ってます。でも、子供の口はふさげないものなんですよ?」
もっともなことを言われる。
「っちゃー。そっちか」
「願いを叶えてくれる優しいオジさんって話です」
「せめてお兄さんと呼んでくれ」
確かに顔も隠していなければ航宙船も堂々と飛ばしている。ページもオープンにしたままで、誹謗中傷のフィルターを掛けている以外は誰からの依頼も入ってくるスタイル。
やっていることがやっていることだけに同業者からは相当恨まれている。まるで自分たちがアコギな商売をしているように思われるからだ。彼らは正規のルートで運送を請け負っているだけで料金も正当なもの。心外だろう。
「というわけで、俺はそのへんにいる、なんの変哲もないお兄さんなんだ。面白い話とか、ましてや世の中を変えたいとかすごい思想を持っているんじゃないからあきらめて」
まくしたてるように言う。
「そういうのは期待してません」
「あ、ちょっとは期待してくれても……」
「どうしてそんなことをしてるのかなって知りたくて。できれば記事になればいいって思ってますけど」
セージュは小さく舌を出している。
「んー、なんていうか、自分の好きなことを好きなようにやってるだけで、特に大きなことはしてないしなぁ」
「はい、大きな話題になりそうなのはあっちの『ジャスティウイング』ですけど、わたしの入り込む隙間なんてないし」
「あー、俺も見た見た。例の『ジャスティウイング』、司法巡察官だったんだよな」
さすがにアニーグも星間銀河圏を駆け巡ったニュースぐらいは目にしている。むしろ、時空間復帰から時空界面突入までの間などはそんなことしかできない。
「なるほど、それでこっちは『裏通りのジャスティウイング』なわけね」
納得した。
「売れてないフリーライターのターゲットとしてはちょうどいいって?」
「さり気なくひどいこと言いましたね?」
「っと、失礼。でもさ、ほんとに面白い話なんてないんだって」
彼女の鼻先で手を振る。
「のんびり自分のしたい依頼を請けて飛びまわってるだけ。どこにもドラマなんてない。あっちのジャスティウイングみたいに派手な活躍もしない。そのへんの誰かを喜ばせるのが関の山」
「それでいいんです。一般人の人生なんて小さな幸せの積み重ねで十分じゃないですか? 他の人の幸せのお裾分けを話として聞くだけでもひとときの幸せを感じられるものです」
「君は……」
セージュには功名心があるのではないらしい。誰かの幸せの手伝いができればそれでいいと思っているようだ。ちょっとだけ余録があれば十分だと。
(俺と同じじゃん。自分の記事を読んで誰かがほっこりしてくれれば十分、か)
朗らかに笑む彼女の顔が輝いて見えた。
「取材って言われても、あっちに飛びこっちに飛びしてるから、どこでなにしてるか話すくらいだぜ?」
「それじゃ足りないんでお邪魔させてください」
「マジ? 男の独り世帯に乗り込んでくるとか勇気あるね。俺に惚れちゃってる?」
「そんなんじゃないです!」
ふくれる彼女も可愛いとアニーグは思った。
次回『運び屋ニーグ(2)』 「一個だけマズいの混じってません?」




