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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
眠り姫の褥(しとね)
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ゼムナの秘密(2)

『リュー・ウイングの運用は問題ないとするわ。ファトラが専属でジュネに付くというのなら』

 エルシが冷静に議論を導く。

『マチュアも異論はないかしら?』

『いい。わたしも反省してる。権利を主張するほどちゃんと関わってあげられなかったし』

「いいや、マチュアもぼくのマムだよ。母さんと同じくらい頑張って育ててくれたのには感謝してる」

 ジュネはフォローしていた。


(彼の特異性に苦しんだのはお母様と同じくらいなんだもんね。あたしにとってのエルシと同じ。愛情を束縛としないために突き放した言い方してるんだ)

 彼らの優しさをリリエルは感じている。


『うう……、いい子に育って』

 泣き真似をするゼムナの遺志。

「不満もあるけどね。いつまでもぺらっぺらの投影パネルのまま。幼いぼくがあんなにせがんでも生体端末を作ってくれなかったじゃないか。抱きしめてほしかっただけなのにさ」

『あうう、それはちょっと』

『あら、可哀想だこと』

 そんな過去があったらしい。

『ジノには一線引いてきたのにジュネにだけ甘くするのは申し訳なくてつい……』

「父さんが求めていたのはそんなんじゃないよ。人生の相棒でいてくれればよかったんだ」

『ごめんなさい』


 朱髪の遺志はしょげかえっている。協定者に抱く感情というのに一歩踏みだせないなにかを感じさせた。


『それです、もう一つの問題点は』

 ファトラは冷然と言い放つ。

『なにゆえ、そうも中途半端なのですか。主に準ずる者として従うのならば、もっと深く接するべきです』

『そりゃ、ファトラは博士の希望を現実にするために専念してれば良かったかもしれない。パーソナル人工知性(アテンド)だったんだもの。でも、一般で運用されてたエルシみたいなタイプは人々の関係性まで把握して調整が必要だったんだけど?』

『パーソナル人工知性(アテンド)だったあなたに言われたくはないけれど』

 彼らにも分類があるらしい。

『協定者を通して見る人類の枠組みと、その関係性まで加味して考えなければならないのは事実でしょう?』

『そうして我ら個の事情と人類を絡めないでいようとする姿勢が問題だと言っているのです。事態はもう人類を当事者としています。被害を受けるのも人類ではありませんか』

『否めないわね』


(エルシがやり込められるとか意外。このファトラって人、かなり発言力を持ってるみたいね)

 上下関係というほどではなさそうである。


 レイクロラナンクルーも、とても差し出口できないような雰囲気だ。ブラッドバウメンバーにとっては神々の饗宴のようなもの。息を飲んで見守っている。


『皆に、とは申しません。関係する者にくらいは正確な現状を伝えておくべきだと思いますよ』

 ファトラは首をひねるジュネを横目で見ている。

「立ち入ってほしくなさそうだから黙視していたけど知ってるほうがいいのかな?」

『情報がないと正しい決断ができないではありませんか』

「ぼくはなにがあろうとタンタルと敵対するよ。でも、人類全体が一致団結してそうあるべきだとは思ってない。暗闘のままでもいい」

 真意が伝えられる。

『このような方を謀ってまで利用するだけでよろしいのなら軽蔑しますわ』

『そうね。間違ってたわ。せめて、なにと戦っているのかは教えておいてあげないとね』

『異議なし』


 エルシとマチュアも折れる。事態の真相に触れる話になる様子。


「ちょ、待って。それは大勢で共有していい情報?」

 リリエルは狼狽する。

『生き恥という意識が言わせなかったのかしらね』

『確かに』

「そんな話? ちょっとワンクッション置かせて」

 公開を制限するように指示する。

「エルシたちにそこまで言わせるって。タンタルの話よね?」

『あれは……、いえ、あれもナルジ人(ナルジアン)なのよ』

「へ? ゼムナの遺志の創造主? うそ!」


 あまりに衝撃的な事実だった。リリエルも開いた口がふさがらない。


「後継人類の繁栄を妬んでいる? あるいは技術を盗んで発展しているのが面白くない? そんな感じじゃないよね」

 ジュネは平静なまま指摘する。

『そんな狭量な方々ではございませんわ。ただ、祖をともにする人類なだけですの』

「祖? つまり分化した異種人類?」

『おっしゃるとおりです。惑星ナルジで発生して進化した人類は一つではございませんでした。主はネローメ種。そして、おそらくタンタルはラギータ種の生き残りと思って間違いないでしょう』


 同じ三角耳を持つ小柄な人類。星間銀河圏でいえば獣人種(ゾアントピテクス)に近い種だったという。問題はネローメ種が温厚で思惟的だったのに対し、ラギータ種は好戦的で傲慢な性質を持っていたこと。


『二つの種は一つの惑星(ほし)の上で存亡を懸けてずっと戦ってきました』

 ファトラが歴史を語る。

『精神文化を尊ぶネローメ種が物質文明を築かなければならなかったのは勢力争いのためです。そして、思惟的性質は兵器開発にも優れた才能を示しました。結果としてラギータ種に勝利し、母なる大地から放逐することに成功したのです』

「追いだした? もしかして大戦って復讐に戻ってきたラギータ種との戦いだったのかい?」

『ええ、彼らは強化されて帰ってきました。超光速航法(フィールドドライブ)は発明されていたとはいえ宇宙は過酷だったのでしょう。募らせた復讐心は尋常ではなかったのです』


 ラギータ種の再来は戦争しか生まない。大地を制していたネローメ種と宇宙で歪な進化を遂げたラギータ種は衝突した。


『ラギータ種が増えない人口を補って戦力としたのがヴァラージなのです』

 タンタルの正体をラギータ種としている理由はそれだという。

『どこかの惑星(ほし)で見つけたヴァラージの原種を改造して兵器化したようです。元々戦闘能力が高かったと思われるヴァラージは完全に生体兵器にされていました』

「ヴァラージの改造手段を知っているのはラギータ種だけだと」

『それ以外に考えられません』

 不明点も多いが敵は確定的のようだ。

「ともに滅んだと考えてた?」

『ええ、劣勢になったラギータ種が主から盗んだ惑星規模破壊兵器(リューグ)をナルジに使用しました。わずかな主の生き残りが攻めてきた艦隊を疑似ブラックホール制御システムの自爆攻撃で殲滅したと記録されています』

「未来を憂慮して刺し違えたのか」


 かくして一つの文明が宇宙の泡と消えたという。綴られることもなかった歴史がつまびらかにされた。


(生き恥って。エルシたちは主であるネローメ種と一緒に滅びたかったのね。それが叶わなかったから技術に関してすごく慎重なのかしら)

 ゼムナの遺志の深い心情に触れられたと思う。


「ところが生き残りがいたって寸法でやんすね?」

 タッターが恐る恐る尋ねる。

『どうやって生き残ったのかはわかりません。ですが、遺伝子種だけ残っていればヴァラージを再生するのは簡単なこと。それくらいの生命力を持っています』

「それがあっしを含めた人類が直面してる危機なんでやすね?」

「そうみたいだ。ぼくはこれを彼らとともに当たるべき問題と考えるけど絶対じゃない。情報だけは制限付きで星間管理局に伝える。どう対応するかは任せよう」

 ジュネの裁定は下った。

「ブラッドバウは?」

「あたしたちにとっても危機に決まってるじゃない。逃げるような馬鹿はうちにはいない」

「わかったよ。引き続き協力をよろしく」


(ゼムナの遺志に意見を求めないのね。身内のこととして収めさせる気がないんだ)


『感謝いたします、ジュネ』

「ぼくの使命だ。君は結果だけを求めて助力してくれるだけでいい」


 慮る言葉を告げるジュネをリリエルは格好いいと胸をときめかせていた。

次はエピソード『喜びの代価』『運び屋ニーグ(1)』 「君みたいな美人さんのお願いなら請けたいのは山々なんだけどね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 ……古い因縁やな……。
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