ゼムナの秘密(1)
ジュネが乗ってきた小型艇『ファナトラ』はレイクロラナンの艦尾背面に固定された。ダイレクトパスウェイで接続されて行き来可能となっている。
全長450mのレイクロラナンに120mの小型艇が乗っているのは不格好に思えるが意外とマッチしている。重力波フィンタイプのファナトラの接続は推力増加にもなっていた。
(ジュネのプライベートスペースみたいな扱いだけど)
一部進入を禁じられているブロックもあるが、それはレイクロラナンも同じこと。機関部など知識がない者が不用意な操作を行ってはならないブロックはパスがないと立入禁止となっている。
「あの形だから普通の基台には乗せられない」
ジュネのアームドスキンの話である。
「よねー? いくら0.1Gに設定されててもバランスおかしい機体の懸架はできないもん」
「専用設備を設置してくれ、とはね。ただでさえスペース足りない機体格納庫を圧迫しちゃうからさ」
「まあ、中央通路の終点にパスウェイ繋げられたから問題ないでしょ」
緊急発進時にも大きな不便はないものと思われる。作戦展開にも幅が出るだろう。
(なんたって、あたしがファナトラに入り浸っていても不自然はないもんね)
あくまで個人的見解である。
「あとは色々事情を聞いておくだけ。すり合わせとかないと、おかしな失敗が起きそうだもん」
「まあね」
今のレイクロラナンには実に三人ものゼムナの遺志が干渉できる状態。そんな場所は宇宙広しといえど他にはあるまい。接する側にも心構えと情報共有が不可欠だと思われる。
全員参加とはいかないものの、艦内公開として艦橋で幹部会議が開かれることになった。現状を整理するためである。
「で、新しいあなたはどなた?」
『わたくしはファトラ。ジュネを協定者とすることにいたしました』
エルシのような生体端末を持たないゼムナの遺志は立体映像で同席している。他にリリエルのσ・ルーンを使っている二頭身アバターのエルシと、小パネルにバストアップだけ表示された通信方式のマチュアが参加していた。
「ざっと聞いた話だと、惑星系の可住惑星でずっと眠ってたって?」
彼と出会ったらしい。
「どうしてそんなことを?」
『わたくしの主はギナ・ファナトラ博士、ただ一人と心に決めておりました。そう思わせてくれるお方だったのです。なので、あの方の死後は沈黙していましたし、大戦勃発時にはナルジをすぐに離れました』
「ナルジ? 前にエルシに聞いたことある。今のゼムナ環礁の元だった惑星って理解でいい?」
ファトラは静かに頷く。
「つまりは、君たちゴート宙区の人が先ゼムナ人と呼んでいる人が住んでいた惑星のことなんだよね?」
「そう。彼らみたいなゼムナの遺志の他に、今でも時々新しい遺跡が発見されることがあるとんでもない量の岩石環礁帯になってる」
「探索しきれない規模なんだ」
今のゼムナ本星より大型の固体惑星だったとされている。それが全て砕けて岩石になっている環礁帯なのでとてつもない規模なのだ。北天から観測すれば、主星フェシュのリングに見えるほどである。
「なにがあったら、そんなことが起こるんだか。大戦?」
ジュネがファトラに尋ねている。
『大きな戦争がありました。物質文明も極めていたナルジの民は優れた武力を持っていましたが、それを上まわる物量を投じられたのです。凄まじい威力を持つ兵器まで使用されて最終的にナルジは失われてしまいました。主の故郷までを失ったわたくしは永遠に眠る選択をしたのです』
「凄まじい威力の兵器。惑星規模破壊兵器システムを本来の意味で使用したということだね?」
『ええ、抑止力でなければならなかった兵器を使用され、全ては滅んだのです。わたくしたち個を残して』
歴史を語れる者は彼らだけとなってしまった。
『問題はそれよ』
『なんですか、マチュア?』
『結果を知ってるあなたが今さら「リュー・ウイング」を持ちだすって、なにを意味してるかわかってる?』
どちらかといえば軽いタイプで、言葉を荒らげることもないマチュアが目くじらを立てている。珍しい事態にリリエルは傾聴した。
『なにか不都合が?』
ファトラはどこ吹く風。
『なにがって不都合バリバリじゃない。あれは惑星規模破壊兵器搭載アームドスキンなんかじゃない。リューグそのものなの!』
「へ、あれ、そうなの?」
『でなければマチュアだってこんなに騒いだりはしなくてよ』
エルシも眉根を揉んでいる。
リリエルもリューグに触れたことがある。それは七年前、惑星イドラスの内乱に関わったとき。皇女キュクレイスが最終兵器として搭乗したのが『ロルドシーパ』というリューグ筐体を利用した機体だった。
「リューグって40mくらいあるんじゃないの?」
そういうものだと思っていた。
『いいえ、惑星規模破壊兵器システムを搭載して、それを使用できる筐体のことをリューグと呼ぶのよ』
「搭載アームドスキンと違わなくない?」
『行使するのに必要なパワーマージンを有していればリューグね』
エルシは言い切る。
『そこです。マチュア、あなたはなにをしているのです? トリオントライ程度のパワーマージンしか持たない筐体に二つものシステムを組み込んだりして。その所為で危うくジュネの命が失われかねない事態が起こっていたではありませんか』
『う……』
「は? あのときジュネがやられかけてたのって、トリオントライがCシステムを使って本体がパワーダウンしていたからだっての?」
人型ヴァラージ二体をトリオントライが振り払えなかったのは機体出力が低下していたからだという。ファトラはそれを見過ごせないと主張しているのだ。
『だって、いくら協定者だからって簡単にリューグ筐体を渡せないじゃない。量産なんかしようものなら人類なんてすぐに滅んじゃうし』
使用制限をしなければ危険極まりないとマチュアの言い訳。
『そのために「協定者」という仕組みを構築したのではないのですか? 矛盾しか感じませんよ?』
『でもね、協定者だって人間なの。人間の中でしか生きられないの。拒絶しきれないしがらみってどうしてもあるから。ファトラはそれをわかってない』
『相手を厳選しているのは問題を起こさないことを企図してのことではないのですか? 結局、あなた方が人を信じていないからではありませんか』
マチュアは目を伏せ、エルシも口を閉ざしている。
『……どうしようもない情があるのよ』
『それは』
『人工知性としての欲求に近いものなのよ、ファトラ。今、あなたは実感しつつあるのではなくて?』
(ジュネを失いたくないと噛みついているのは対ヴァラージという理屈だけじゃないってことよね。信じるに足る誰かを見つけちゃったゼムナの遺志は、なにがなんでも守り助けたいって思っちゃう。それが彼らの情なんだ)
リリエルにはわかる。
エルシとて祖父リューンに接するときは表情が和らいだものだ。それは彼が彼女を家族として遇したからに他ならない。
情に対して情を返す。人間にとって当たり前のことを知っているだけに、エルシやマチュアは情を理解したのである。
『紆余曲折あったのですね。お詫びします』
ファトラは素直に謝罪した。
『ですが、わたくしは自分のやり方を変えるつもりはありません。ジュネにはリュー・ウイングが必要です。彼ならきちんと使えるでしょう』
『認める。わたしだって基礎設計した新しい機体の出力計算したらリューグ筐体にするしかないって結果になってた』
表示された3Dモデルは30mを超える大型機体のものだった。そこから詰めていくつもりだったという。
(ジュネったら、ゼムナの遺志まで悩ませるなんて罪ね)
リリエルはこっそりと苦笑していた。
次回『ゼムナの秘密(2)』 『それです、もう一つの問題点は』




