眠れる姫(4)
ジュネは切り取った枝を箒代わりにトリオントライに持たせて払っていく。腐葉土の中からこぼれた幼虫の類に鳥たちは大騒ぎ。驚くほどの数の多様な鳥が集まってきていた。
(これの所為か)
鳥たちが金属に留まるのを敬遠していなかった理由。
(堆積量からして、何年か置きにはボディに積もったものを振り落としてたんだろうね。そうじゃないと、何千年って時間は完全に埋没させてしまうだろうし)
埋もれているのは船体である。ファトラはそれを使ってここまでやってきたのだ。それもはるか昔の話である。
船体の中には彼女の本体も収められている。奥まったホールで青く淡い光を放っていたのがそれだ。マチュアと違って本体を隠してはいない。ジュネも初めてゼムナの遺志の本体と対面した。
(ギナっていうアームドスキンを発明した博士はファトラにこの船を与えたって言ったね。その意味を知ったと)
新しい相棒はそう断じた。
(はたしてそうなのかな? その人が求めていた彼らの在り方は知識の継承者なんかじゃないと思うんだけど。先ゼムナ人を知らないぼくには断言できないけどさ)
そうでなければ彼らをあんなふうに作りはしないと思う。便利な道具として扱うなら、一般化している非自立型システムのほうが確実性は高い。効率性を問えば、もっと学習能力が高ければいいとは思う。しかし、そういう構造にすると非自立性を逸脱するかもしれない。
「ぼくも食事にさせてもらっていいかい?」
鳥たちの祭りは継続中。
「環境がいいとちゃんとした物を食べたくなるね」
コンテナから道具を取りだして準備する。簡単に温めるだけの調理だが、食べたときの満足感には違いが出るもの。嘴で腐葉土を蹴散らす鳥を眺めながら腹を満たした。
『準備ができましたのでいらしてください』
呼び掛けがイヤホンに届く。
「早いね?」
『テストさせていただきます。あなたがどこまで制御できるか計らせてください』
「わかったよ。下かな?」
船内に戻り、通路を進むと開いていなかったハッチが開いている。ただし、昇降用のもの。船体下部、おそらく機体格納庫へと向かうパイロット用のハッチだ。
『稼働状態にしてあります』
「うん。降りるよ」
ステップに足を掛けてハンドルを掴むとリフトシャフトが下に伸びる。機体格納庫スペースの全貌が見えてくると一機だけアームドスキンが基台に収まっていた。
(これはまたシンプルな)
ジュネは内心で感想をもらす。
全高が20mの機体は本当に人の形をしているだけ。白を基調としていて、バランスも人体に準拠するもの。強いていえば駆動部は膨らみが大きく、パワーの高さを感じさせる。
顔も人を模したもので、バイザーの下にカメラアイと各種センサー系が配されている。胸の中央にあるレンズのような機構が目についた。それは従来機に見られなかったもの。
(Cシステムの発生器かな?)
構造は見た目でわかりにくい。
(でも、ハッチが開いてない。どうやって乗れって?)
そう思っていると胸部の装甲、首の下から鳩尾にかけてのセンター部分が大胆に前にスライドする。シリンダの向こうに操縦核が露出した。
リフトはその内部まで降りていき、跳ねあがったプロテクタから突きだされているパイロットシートの横へ。彼が降り立つとまた上へと格納されていった。
『お掛けください』
ファトラに促される。
「かまわないけどさ、これってぼくが知ってるシートじゃないんだけど?」
『現行の操縦系は理解しています。ですが、この機体はそういう構造を有していません』
「ということは、今のアームドスキンとは違うものなんだね」
ジュネは戸惑っているのだが彼女は平然と言う。
さもありなん、シートにはフィットバーが付いていない。操作しようにもレバーやスイッチの類もなにもない。ただ、アームレストの先に透き通った楕円の半球があるだけなのだ。
『クリスタル接触端子です』
淡々とした声音。
『本機は輪環とクリスタル接触端子によってすべての操作を行います。操縦中に身体を動かすことはありません』
「完全感応操作なのか。ずいぶんパイロットの精神力を試すような仕様なんだね」
『ヒュノスの操作は本来こうして行うものです。現行の操縦系は人類に合わせて改変されたと思われます』
アームドスキンの歴史にそこまで明るくないジュネに口を挟む知識はない。そういうものとして受け取った。
『そちらの輪環、σ・ルーンをお使いください。記述は今お使いのものを移してあります』
いつの間にかコピーしたらしい。
「うん。……と、見た目のわりに軽いね」
『パイロットの負荷になるような構造になっていません』
「助かるよ。これはかなり優秀そう……」
言葉に詰まった。
彼の場合、σ・ルーンを外すと暗闇の中。手探りでファトラが示したものを新たに頭に被ると、突如として視界が広がった。
「どころじゃなかった。見えすぎだよ」
『そうでしたか?』
しれっと言う。
視界が極めて鮮明だった。しかも、後ろだけでなくどこまでも。上も開けていれば、下は身体の動きまで。生身では初めて味わう情報量に頭が混乱しかけている。
(コクピットじゃいつものことなんだ。慣れれば大丈夫になる。それを見越してファトラはこれを寄越したんだな)
意図するところはわからなくもないが少々やりすぎだ。
「せめて前置きくらいしてほしかったな」
心持ちの苦言を伝える。
『わたくしもあなた方との接し方に慣れていませんのでご寛恕ください。マチュアと並列化はいたしますが、なにかとご不便もあるかと』
「助けてもらう分だけフォローはするさ」
『技術的格差と人種的特質を隅々まで理解するとなると経験が必要となります』
「うん、一緒に学ぼうか。ぼくも君のことを知らないといけない」
新たなσ・ルーンから投影された二頭身アバターのファトラが艶やかに微笑む。彼女が元の主とどんなふうに暮らしていたかは知らない。だが、できるだけ心安らかにいてほしいと思う。
ジュネはファトラの指示どおりクリスタル接触端子に手を置いた。
◇ ◇ ◇
第五のガス惑星、主に個体の衛星を走査したレイクロラナンはその内側の軌道をひっそりと回っている小惑星群を目指している。主星を環状に巡っているのではなく集合して円弧を形成しているだけの小集団だ。
「あんなとこで待ち伏せするかしら? 下手すると見落としかねない規模の天体なんだけど」
リリエルはスルーしたいくらいに思っている。
「いやね、おいらだったら小惑星群を使うっすよ、お嬢」
「そうなの、ラーゴ」
「取るに足らないのは奴さんも承知っす。でもね、こっちの探査能力も承知してると思ったほうがいいっす。掛かれば良し。あわよくば裏をかいて油断させたところへガツンと、って考えられるっす」
プライガー・ワントに隊長を任せているのは統率力に優れているからだけではない。彼が戦術眼を持っているからこそ、具申しやすい肩書を付けておくのが適材適所だと考えたからである。
戦術に関しては副官のタッターと彼が協議して決めて上申する。リリエルの秘書官的な役割は主にヴィエンタが務めるというのが分担になっていた。
「じゃあ、ラーゴだったらどう攻める?」
待ち伏せしているかもしれない敵を。
「下手に覗こうとすると奴さんのペースに持っていかれるっす。だから、こっちから先制するっすよ。ハズレでも弾液を無駄にしただけっす。背中から狙われないですむなら安いもんすよ」
「間違いがなさそう。ラーゴの言うとおりにする。意見をありがとう」
「とんでもないっす。おいらこそ感謝っす」
プライがーの助言に従ってリリエルは手順を指示した。
次回『眠れる姫(5)』 「大事なものなのかい?」




