眠れる姫(1)
ジュネとの衝突に周囲は困惑している。が、リリエルはかまっている場合ではなかった。
「絶対に行かせない」
「困ったね」
青年は後ろ頭を掻く。
「無茶を言ってるつもりはないよ。無策でもない」
「どんな奇策があるっていうわけ?」
「レイクロラナンで広い外軌道を。ぼくは固体惑星が回る狭い内軌道を捜索する」
主星のほうを指さす。
「どこに差があるの?」
「外軌道は拠点が必須。降りることもできない場所がほとんどだからね。対して内軌道は固体惑星ばかり。休むところには困らない」
「そうかもだけど」
一理ある。広い範囲を数頼みで捜索しなければならないガス惑星や氷惑星ばかりの外軌道と、限られた固体惑星くらいしかひそむ場所がない内軌道では勝手が違う。
「トリオントライ単体なら惑星規模破壊兵器システムを駆使してでも対処できる。もし、さっきみたいな規模の集団に遭遇すれば逃げることも。で、逃げ込む場所にも困らない」
空気のある固体惑星もある。
「そのときは救援を頼むさ。超光速航法で駆けつけてくれるよね?」
「当たり前でしょ?」
「それもフレニオン受容器装備のアームドスキンじゃないと無理。それはトリオントライとラキエル、ゼキュランだけ。どう分けるかは自明の理だね」
反論できずに「うう……」とうなる。
恨めしげに上目遣いで見る。しかし、ジュネは勘弁してくれそうにもない。理詰めで彼に敵うとは思えないので沈黙を返した。
「君が心配してくれてるのは本当に嬉しい」
両肩に手を置かれる。
「真っ当な方法だからこそ任せたい。もちろん、君がヴァラージに当たればぼくも駆けつけるさ」
嘘だ。トリオントライには超光速航法できる機能などない。惑星間移動用の外装『パルトリオン』をまとっていた昔とは違う。
「……頼ってくれてる?」
口は不満げにゆがんだまま。
「他に頼る宛てなんてないね」
「あたしになら任せられると思ってるから?」
「それ以外に理由がある?」
顔が近い。誤魔化されまいと仰け反るが、追いかけられて軽く唇を奪われた。
「居候! うちの前でなにしてくれちゃってるの!」
「ただのお願いさ」
くすくすと笑っている。
「あきらめやしょう、お嬢。ジュネの言ってることは理に適ってやす」
「うん」
「ご褒美もらったんだから張り切っていくでやんすよ?」
「なにがご褒美かー!」
リリエルは副官をどやしつけた。
◇ ◇ ◇
(ぼくはあのとき、なにを怖れてた?)
ジュネは自問自答する。
(なんであんなに焦ってたんだろう。もう捨てたはずなのに)
死ぬ覚悟くらいとうに済ませている。タンタルはそれほど脅威的な敵なのだ。英雄的思考や正義感だけでどうにかなるものではない。捨てずして討てようなどと驕ってはいない。
(死が怖くないなら怖れるまでもない。それなのに足掻いた)
本能とは少し違う気がする。
空いた手にブレードグリップさえ握らせなかったのは反射的に手が出たからだった。殴りつけてでも逃れようとした。相手の力量を見切ったのでもなく、瀬戸際での力任せなど彼のスタイルではない。
(使命半ばで倒れるのが嫌だったんだ)
脳裏にオレンジ髪の娘の顔が浮かぶ。
(誰かに押し付けて自分だけ退場するのが怖かった。それだとエルに耐えがたい苦痛だけを与えて終わる。そんな無慈悲な結末はないね)
誰かのために生きたいなんて贅沢は言わない。もちろん自分のためでも。ただ、苦しませるだけの過去の亡霊になるのは耐えきれそうもない。
(せめて刺し違えてもタンタルを討つ。そうしなければ生まれてきた意味がない)
偽りはない。
不自由を抱えて産まれて母を泣かせた。その後も幾度も悔いを口にさせてしまった。愛情深いあの人を苦しめるだけに産まれてきたとは思いたくない。だから、他の誰かを苦しめる存在になるのが厭わしくて仕方がない。
(本当は深い関わりを持つべきだとは思ってなかったんだけどさ)
不意打ちだったのは認める。
(運命だと思ったのはエルだけじゃないんだよ。ぼくだって君の透き通るような魂の灯りに魅せられて目を離せなくなってた)
悲しませたくない人を増やすのを避けるべきなのはわかっている。重い使命の枷にしかならない。運命の悪戯に苦笑したことなど一度や二度ではない。それでも彼女の傍を離れられなかった。
(縁を深めすぎた)
悔いも喜びも彼女が運んでくる。
(この気持ちがいつかぼくを縛ってしまうんだろうか? 避けないといけない。でも、これだけは捨てると自分が自分でなくなってしまいそうなのがまいるね)
他者を庇護するのを生き甲斐にするほどの優しさは持ち合わせていない。目移りなんてしていれば道を見失ってしまう。人類全てを救おうなんて考えていれば、それこそ踏み外すだろう。
(ほんとは、これだけは守らないといけないものなんて作っちゃいけない)
自らに課してきたつもり。
(それなのに、視界に入ってきた君はあまりにも鮮烈だった。誰かを守ることになんの気負いも感じてない。それで傷付こうが気にもしてない。真っ正直で善人で、どこまでも透き通ってる)
別の形をした自分を見せられているようだった。背負うものを求めなければ、そんなふうになれたかもしれないと感じた。理想形といえば言い過ぎだと思うが、それに近い。
しかし、自身を含めた符号を解いていくと役目は決まっている。ジュネにはタンタルと対峙する運命が提示されているとしか考えられない。マチュアたちが「時代の子」と呼ぶそれだ。
「ん?」
二つの灯りが見える。
「逃げたナクラ型のほう? 持ってきて正解だったかな」
右手には通常に装備している高出力型ビームランチャー。左手にはアンチVランチャーを握らせる。視界の先には緑豊かな固体惑星が浮かんでいる。
「逃げ込ませたりしない。ましてや補給させたりするもんか」
生命が発生していそうな雰囲気だ。
「狩り場に入る前に死んでもらう。これ以上、手間を掛けさせられては堪らないからさ」
照準してトリガーを落とす。直撃までいかなかったが、意表を突いたお陰で一部を損壊させていた。一気に間合いを詰めてもう一撃。今度は大破させた。
抵抗できなくなったところでアンチVを三発撃ち込んでおく。薬液がまわって崩壊するだろう。もう一体に目を向けた。
「やる気? 逃げ切れないと思った?」
向きを変えて生体ビームを撃ってくる。
「一対一じゃ分が悪いよ。人型がいなきゃ、それを考えるほどの頭はないか」
するすると回避してすれ違い様にビームを放つ。後尾部分を撒き散らしながらロールしている。残った本体にアンチVを三発当てると、散った組織片も丁寧に焼いておく。
(こんなとこで増殖されたら困る。手がつけられなくなるし)
足下の惑星にならエネルギー源が豊富にありそうだ。虫みたいに生命として小型でも大量に取り込めば増殖には十分に足るだろう。
(まさか別集団がここに入り込んでないよね?)
よろしくない可能性に思い当たる。
(調べとかなきゃいけないか。ハズレなら拠点にできそう。ここから分析できる範囲でも呼吸できそうな大気がある)
リアガードに付けてきた補給物資のコンテナの中身をを節約できるなら、それに越したことはない。長丁場になる可能性は否めない。足場を固められれば動きやすい。
(それに……)
言葉に困る。
「なんか独特の雰囲気がある。これ、なに?」
つい独り言ちてしまうほど、なんとも例えがたい空気感がある。敵の気配などではない。むしろ清浄感さえ覚える。
ジュネは吸い込まれるようにトリオントライを惑星へと向けていた。
次回『眠れる姫(2)』 「拒まれてはいないみたい」




