鳥かごバトル(3)
(面白いじゃない。そんなんであたしに対抗できるつもり? ブレードは金属装甲だってバターみたいに斬り裂くんだから)
リリエルは腹の底から熱くなってくる。
「エル様、もう一体いますよ?」
押されていると見たか、人型が飛んできている。
「あんた、抑えておきなさい」
「うひ」
「こいつはあたし一人で料理する」
ゼレイの泣き言を背にかまえを取る。左手のブレードを突きだし、右手は後ろにバックスイングの取れた状態で。
(ま、一人にはしないけどね)
フランカー二基は妹分のゼキュランに振り分けた。
意識の中で二体のヴァラージをターゲット設定した。それだけでフレニオンフランカーは自動的に彼女のコピー動作で攻撃する。しかも、戦闘の中でさらにラーニングを深めていくのだ。
「シュシュシュ」
「よかった。その形態で言葉しゃべってくれたりしたら、やりにくくなってたところ。罪悪感とかじゃなく気持ち悪さでね!」
ひるがえる力場鞭をこっちから絡めにいく。切先に引っ掛け前のめりにさせて一閃。胸元をかすめた斬撃が火花を散らした。
「シャー!」
「手数で押し切ろうなんて甘い」
もう一本のウィップは返す剣閃で弾き飛ばす。うねる螺旋力場はフレニオンフランカーからのビームで押し戻した。生体ビームは上半身を揺らして躱し、膝を入れて仰け反らせる。
「ジョッ!」
「痛いなんて感覚あるの? あんたに食われた連中は痛いって感じる暇もなかったんじゃない? いくら悪人でも指の先くらいは同情する」
フォースウイップの光の流れを見て跳ねる先を叩きに行く。鞭の場合は動きだしを止めに行くと逆に絡め取られるからだ。これまでの戦いの中で学習している。
(落ち着いてられる。ラキエルのお陰で余裕があるからね。ナクラ型一体でいっぱいいっぱいってことない)
エルシは彼女に最高の剣を用意してくれた。
下がって体勢を立て直しにいこうとする間際をフランカーの刺突で止める。スパイラルをもう一基が切り結んで抑え攻撃を封じていった。
腕の振りに遅れてくる光る鞭をリフレクタで押しやる。空いた隙間に切先を滑り込めせた。首の付根にあるはずの副心臓を狙う。
「ジャッ!」
ヴァラージが口をぱかりと開けた。
「それがあったのね!」
「……!」
「んんっ!」
不可視の衝撃波を戦気眼の攻撃線だけで避ける。衝撃波咆哮だ。崩されたところをウィップで叩かれるが、横からブレードを合わせて流した。
「一筋縄ではいかないか」
「シュー」
お互いに警戒音を発する。
ゼレイがゼキュランのビークランチャーを拡散モードで放つ。それでスラストスパイラルを押し返し、右の剣で鼻先を脅かした。
姉貴分の模倣の双剣は今やゼレイのものとなっている。独自の癖を混じえて無二のものに進化していた。リリエルも予想できない動きをする。
(フランカーを二基付けてやればこの子でも人型と五分にやれる。一人で複数を相手できると同じこと)
その意味は大きい。
フレニオンフランカーとの間に深い繋がりも感じられる。ある程度の距離までは戦気眼の金線も察知できた。敵の攻撃を見切りながら補助も可能。
「倒し切るところまでいかないとね!」
ジュネと同じステージまでは行けない。
フランカー二基の猛攻で間合いを取る。その間に矯めた力で一気に突進。エネルギー切れ寸前のフランカーを肩に戻しつつ迫る。チャージしながら剣の間合いへ。下からの斬りあげで胸の装甲に傷を付けた。
「もらい!」
「シャシャっ!」
仰け反って躱したヴァラージには砲口が突きつけられている。発射されたビームが肩の外殻装甲を溶かしながら通り抜ける。
半身になった相手に膝蹴りを食らわせる。くの字に折りたたんだ躯体にビームを叩き込んだ。スラストスパイラルのカウルらしき部分を破壊しつつもかろうじて避ける。
「ここまで」
ゼレイのところに行かせたフランカーがパワーダウンしている。チャージしに行かねばならない。
(中に対消滅炉積めれば最高なんだけど)
出力が大きいだけ消耗も激しい。
(重くて機動性が落ちるだけよね。そのへんのバランスには限界ある)
あのエルシが検討しないわけがない。しかし、搭載をあきらめたということは機動性と稼働時間の天秤を前者に傾けたということ。そうでなければ使い物にならないと判断したのだ。
「ゼレイ!」
「エル様!」
フランカーを支持架に引き戻す。代わりにチャージ済みの肩を発射。
「もたせたのね、お利口さん」
「頑張りました!」
「あとで褒めてあげる」
それとて、遠距離での生体ビームをジュネが無効化してくれているから成り立っている。突き放されて狙撃にさらされていたら厳しかったであろう。
「先にこいつ潰すから」
「お任せを!」
妹分を相手に叩き合いをしている人型の肩に蹴りを入れる。吹き飛ばし様に放った斬撃はぎりぎりウィップで弾きにきた。
振った腕をフランカーで刎ねる。切り口から組織がうねりながらはみ出してきた。再生しようとしている。
「戻させない!」
「こんのー!」
捨て身で頭から飛び込んだゼレイが腰を貫く。下を睨んで口を開けたヴァラージ。リリエルはその口の中へブレードグリップごと拳を放り込んだ。
「喰らいなさい!」
ブレードが脳天の後ろに生え躯体がビクリと震えた。
「終わってない! 畳み掛ける!」
「はい!」
彼女が首を刎ねる。ゼレイが鳩尾へ切先を立てた。動かなくなった人型を蹴り飛ばした妹分は拡散ビームを浴びせる。リリエルもフランカー全基を動員して焼き尽くしに掛かった。
「滅しなさい!」
「終わっちゃえー!」
加熱ゲージいっぱいまで連射。完全に消し炭にしてしまわないと油断できない。脳が潰されようが心臓が裂かれようが、組織片からでも再生してしまうような敵である。
「死にました?」
息継ぎしつつゼレイが訊く。
「たぶん」
「やりましたぁー」
「もう一体を……、え?」
ダメージを与えたはずの人型の姿がない。追ってくるものとばかり思っていたが忽然と姿を消していた。
(そういえばこのへん薄片がない。まさか?)
視線を振り向ける。
彼方には花びらのようなエネルギー片をまといつかせながら螺旋力場をなびかせる人型ヴァラージ。その向こうには人型一体を相手に戦っているジュネのトリオントライがいた。
「出し抜かれた! 急いで!」
「居候がやられちゃう!」
(ナクラ型は?)
危機感を覚えつつも戦況に意識が動く自分がうらめしい。
(数を当てても抑え込むのが限界。読み違えた?)
「ヴィー!」
「すみません。仕留めきれませんでした」
「無理しないで。遠巻きに囲んで閉じ込めなさい」
ヴィエンタのデュミエル自体が中破してしまっている。リリエルに負荷を掛けまいと撃滅を焦ったか。
「ですが、砲撃はジュネのCシステムで」
効果がない。
「囲めばどこかに食いついてくる。背中を見せたら仕掛けるをくり返せば良かったの。言っておくべきだった」
「至りませんで」
「違う。あたしに心配させたくなかったんでしょ?」
ナクラ型までなら数を揃えれば対処できるとヴィエンタは思わせたかったのだ。そうしないと、いつまでもリリエルが隊員まで面倒見なければならなくなる。ラキエルが本領を発揮できる場を作ることができない。
「ヴィーは指揮に専念なさい。やられるなんて許さない」
そう言ったほうが彼女には響くだろう。
「誰一人欠けずに戻る。それがあんたたちの奉仕なんだからね」
「肝に銘じます」
「お任せください、お嬢!」
(ごめん。こんな言い方しかできない)
リリエルは唇を噛みながら苦闘する配下の横を通り過ぎた。
次回『鳥かごバトル(4)』 「あたしに痩せ我慢なんてしないで」




