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ゼムナ戦記 翼の使命  作者: 八波草三郎
眠り姫の褥(しとね)
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鳥かごバトル(1)

 全長500mの航宙貨物船が接近してくる。予定よりもずいぶん遅れたが、どうにか到着したらしい。

 理由は推して察せられる。船体が損傷しているのだ。どこかの警備隊か、最悪は星間(G)平和維(P)持軍(F)にでも見つかって命からがら逃げてきたか。


「とんだ有様じゃねえか。平気か?」

 尋ねるが返事はない。

「無線も飛ばせねえほど疲労困憊ってことはねえだろ。なんかあったのはわかる。遅れたってボスは怒ったりしないからきちんと着けろよ」


 貨物庫(カーゴ)ハッチを開けて待ちかまえる。ボロボロの貨物船も船尾のハッチをこっちに向けてドッキングしようとしていた。監視役の男は微速で近づく船尾を眺めていた。


「もういいぞ。ハッチ開けろ」

 アンダーハッチ同士を接続するはずなのに、なかなか開放しない。

「開かないくらいやられてんのか? バール、持ってきてやるぞ」


 軽口にも反応がない。しかし、ハッチはようやく開き始めていた。


「なんだ。開くんじゃねえか」

 肩をすくめる。

「おーい、積み荷を移すぞ。……なに!?」


 隙間から紐のようなものが伸びてきて監視の男の身体をさらう。そのまま引き込まれていく。


「こいつはなんの冗談……」

 悪戯などではないのに途中で気づいた。

「ひいぃいっ!」


 男は巨大な人型の首元に引きずり込まれ、悲鳴が途絶えた。


   ◇      ◇      ◇


「で、どういう経緯でそこがヴァラージの巣だってわかったの?」

 リリエルは尋ねる。


 GPFからの要請はV案件と聞いている。発見されたヴァラージをジュネと彼らブラッドバウで撃滅に向かわねばならないのだが、いつもほどの緊急性がない出動なのが妙に思えたのだ。


「とある辺鄙な場所にある惑星系です」

 担当の士官が言う。

「実はそこが裏社会の工場になっているのが捜査で判明していました。各地で素材を仕入れてきては、貨物船を繋ぎ合わせて機材を詰め込んだ工場で違法薬物に精製してまた各地に送りだしていたのです」

「つきとめて捜索に入るところだったんだね。それで?」

「ところが、すでに壊滅状態でした。どこからかヴァラージの侵入を許して、そこで働いていた裏の人間は全て食われていました」

 自業自得といえばそれまでだが。

「我々では対処も適わず。しかし、そのままというわけにもまいりませんので、どうにか移動手段を奪わねばならないと思いまして」

「なるほど、勇気ある行動に拍手を送るよ」

「戦死者二名を出してしまいましたが、どうにかそこにいた貨物船および戦闘艦はすべて撃沈してきました」


 ヴァラージ単体には超光速航法(フィールドドライブ)までする能力はない。なので奴らは船舶を襲って乗っ取り、そのフィールドドライブ機能を用いて移動する。船舶さえ破壊してしまえば足留めは可能なのだ。


「つまり、ヴァラージを鳥かごに封じ込めてきた、と」

 だから緊急性はないようだ。

「でも、自分たちじゃヴァラージを倒せないから、あとはよろしくってことね」

「はい、どうかよろしくお願いします。惑星系の場所は送ったとおりです。それと、確認できた分のヴァラージの個体数はこちらで」

「人型が六体にナクラ型が十体以上? あんたたち、よく生きて帰れたじゃない?」

 同じV案件でも普通の規模じゃない。

「結構な人数がいたんだね。分体まで作って増殖する力を蓄えられたみたいだ」

「なんとか逃げまわりながら船だけは潰しておきました」

「称賛に値する。ぼくから申請しておくからボーナスをもらってしっかり休養してよ。遺族には十分な補償を」


 ジュネがその場で労いを送り、担当官が姿勢を正して敬礼する。可能なかぎりのデータを受け取って通信を終えた。


「ものの見事に封じ込めたものね」

 示された惑星系は星間銀河圏でも端も端のほう。

「一番近い居住惑星のある惑星系まで41光年もある。拡散する心配はほぼない。でも、放置ってわけにもいかないね」

「そうね。しっかり準備して挑む時間はありそう。数が数だし」

「できればあまり分散しないうちに叩いておきたいもんだけどさ」


 惑星系内に散ってしまうと捜索が大変。人型に関しては群れる性質は見られないが、ナクラ型は人型に従う本能がある様子。ばらばらに散ってしまう懸念はないにしても一体ずつという希望は叶うまい。


「とりあえず向かおう。補給は?」

 ジュネは時間が掛かるかもしれないと踏んでいる。

「今んとこ余裕あるでやす。直接行きやしょうや」

「そう? じゃ、お言葉に甘えて」

「総員、戦闘に備えて休息」

 彼女が指示すると通達される。

「現地まで超光速航法(フィールドドライブ)十八回でやんす」

「遠い」

「そういうところだから裏の連中が拠点にしていたのさ」


 リリエルはまずジュネを腹ごしらえに誘った。


   ◇      ◇      ◇


 GPFがヴァラージと遭遇したポイントから少し離れて時空間復帰(タッチダウン)する。電波レーダーに映るのは航宙船(ふね)の残骸ばかりで動くものは観測されない。


「移動してる、当然だけど」

「無闇に捜しまわるのは考えが足りないね。とはいえ痕跡を残してもくれない」


 いきなりの遭遇を仮定してコクピット待機で復帰したが目標は見当たらない。場所は惑星円盤上のラグランジュポイント。見通しもよいので惑星の裏に隠れているということもない。


「取り込んだ連中の所為でお腹は減らしてないにしても留まる判断をする? 惑星系外に出ていかない?」

 目星を付けるには行動パターンを読むしかないが。

「移動のためのエネルギー源だけなら水素やヘリウム、メタンあたりでも事足りるみたいだしね。蓄えて移動を考えるかもしれない」

「そんなに頭まわるの? なんも考えてないっぽい反応してる気がするけど」

「考えてないんじゃないですか? アームドスキン見たって殻の固い実を見つけたくらいにしか思ってなさそうですよ」

 ゼレイはヴァラージに知性を感じてないらしい。

「いや、生存本能は侮るなかれだろうね。ここにいても埒が明かないと思えば移動も考慮する。例え何百年掛かってでも次の餌を求めるさ」

「そんなに生きられるの?」

「そう仮定すべきだね。現代にまで生き残っているというのは仮死状態かなにかで生命維持をしていたはず。一万年近いオーダーでね」


 ゼムナの遺志は遺伝子情報から再現された可能性も検証したらしいが、タンタルがそれだけの施設を持っていた確率は低いとされた。実在するなら情報の欠片くらいは拾える。それがなかったということは、タンタル自身とヴァラージの種が保管されたカプセルくらいがせいぜいと結論づけられたという。


「タンタルって何者なの?」

 敵だというのに情報がないのは気になって仕方ない。

「口が重いね。なんか理由がありそうだ」

「ゼムナの方々のご意思を疑うなんて不遜よ、居候」

「ぼくたちを利用して過去の因縁を断ち切ろうとか画策しているんじゃないさ。ただ、今の人類に実害が出るのは本意じゃない。だから、こうして手伝いはしてくれる」

 彼なりに現状分析はしている。

「命じてくださってもいいのに」

「最も厭うところなんだから無理は言わないであげよう。どうやら彼らには多くの枷がある。本来なら自分たちで解決したいのは山々なんだけど、それがままならない矛盾に苦しめられてるんだと思う」

「そうよ。どうにかする気なら、エルシはあたしにラキエルほど逸脱した機体は渡さないはず。心苦しさの表れだとわかりなさい」

 妹分は「はーい」と消沈した声で答える。


(こんなに近いのに薄い壁一枚は残ってる。あたしがエルシに感じてるものをジュネもマチュアに感じてるのね。それを枷だと言ってる。タンタルはその最後の扉を開く鍵になるかもしれない)


 ジュネの慎重さをリリエルはそう理解していた。

次回『鳥かごバトル(2)』 「あたしはヴァラージ狩りを楽しむほど酔狂じゃないのよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 いや本当に何なんでしょうね? ヴァラージさんは……。
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