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偽りの未来(4)

司法(ジャッジ)巡察官(インスペクター)だからって絶対じゃない!」

 ドワンが声を荒げる。

「結局は星間管理局の人間じゃないか! 保身のために我が国の栄光の未来を邪魔しようとしているんだ!」

「そうなのですか?」

「そうに決まってる!」


 ドワンが唾を飛ばして訴える。ジュネはそれを黙って聞いていた。


「どうなのでしょう、ジャスティウイング?」

 アナウンサーは尋ねる。

「できるなら根拠を示してください」

「技術的に難易度が高くて正確に説明できない。信じられないと言うなら見ているといいさ。管理局に国家事業を阻止する権限はない。ただし、これは君たちの選択なんだというのを忘れないように」

「そう申されましても……」

 戸惑っている。


(いや、駄目だ! 模擬実験機が失敗している以上、どこかに問題がある)

 デニスは焦った。


「ジャッキー、これはいけない! 止めるぞ!」

 彼は吠える。

「わたしもそう思う。でも、カウントダウンが」

「しまった!」

「今、ゼロに」


 起動シーケンスが開始されてしまう。慌てて停止手段を模索するが対策もされていた。システムになんと言っても聞いてくれないし、手動で停止させることもできない。


「デニス、見て!」

 ジャクリンが指さす。

「時空界面が」

「接続する、のか?」

「どうにかなる?」

 ワイヤフレームの3Dモデルが時空界面の様子を表している。


 両サイドから湾曲した時空界面は漏斗のように細まりながら先端を近づけていく。そして触れ合い、トンネルの状態になると穴を拡大させていった。


「ワームホールになったんじゃないか?」

 ガライ教授の理論は間違っていなかったのかと思う。

「できちゃった?」

「今のところは」

「もしかして成功?」


(ジュネ君の勘違いなのか? それなら……)

 一瞬、安心する。


「待って! フレニオンの漏出が止まらない!」

 ジャクリンが焦る。

「対消滅のエネルギーが曝露素子に影響して出力をどんどん上げちゃってる!」

「マズい! せめてパワーラインのカットを!」

「駄目、そっちも言うこと聞いてくれない!」

 最後は悲鳴だった。


 曝露素子、つまり重力端子(グラビッツ)重力子(グラビトン)を生みだし続ける。巨人の(ジャイアント)腕輪(バングル)内部に重力子が異常に集中するような状態へと進んでいった。デニスは危険な兆候を察知する。


「や、ヤバい! 重力崩壊するぞ!」

「嘘でしょ! そんなことになったら!」


 全長で1000mもある構造物が中央から潰れる。模擬実験機のように両サイドの開口部が裂けた。しかし、今度は爆発して終わるわけではない。

 くびれたように潰れた構造材が消える。裂けつつあった残りの部分もそこへ飲み込まれていった。一見そこにはなにも残っていないように見える。


「しまった! マイクロブラックホールが!」

「やめて! そこはハ・オムニから70,000kmしか離れてないのに!」


 観測ドローンからでは視認できない黒点が生まれているはず。その証拠に報道用ドローンも観測ドローンも一方向に吸い込まれていっている。

 その影響は周辺宙域だけでは終わらない。ハ・オムニでも異常潮位が確認される。沿岸部の都市が水没していく様子がそこかしこに表れていた。


「マイクロブラックホールが星間物質を吸収して今以上に成長してしまったら……」

「ハ・オムニは消滅する」


 影響は地表に及び、そして地殻までも侵食する。さらに重力に引かれてマイクロブラックホールが落ちてくる。そうすれば全てがお終い。惑星が一つ、重力の餌になってしまう。


「なんてことに」

 デニスはジュネの忠告に従わなかったのを後悔する。

「Bシステム起動」

「え?」

「本物に喰われてしまうがいいさ」


 大半がマイクロブラックホールに落ちて残り少なくなった観測ドローンが映像を送ってくる。そこには50m以上の光翼を展開した深紫色のアームドスキンが浮いていた。

 ジャスティウイングが手を掲げただけで状況が変わる。時空界面のモデルが異常な状態を示す。深い漏斗を示すワイヤフレームが時空の穴を表し、マイクロブラックホールがそこに飲み込まれていった。


「そんなとんでもないことが……」

 彼は開いた口がふさがらない。

「ブラックホールを消すなんて、彼はいったいなにをしたんだ?」

「消えたの?」

「観測ドローンまでどこかに飲まれたからわからないが、おそらく。ほら、異常潮位が収まってきてる」

「私たち、助かったの?」


 ジャクリンとデニスは抱き合って床に腰から砕けた。


   ◇      ◇      ◇


 ハ・オムニは壊滅的な被害を受けていた。


 惑星の陸の全てが普通では考えられない規模の津波に飲まれている。災害に備えて設置されている消波衝撃砲が使用され、高波はある程度抑えられた。しかし、沿岸部のほとんどが一度水没している。


(万が一が想定されてはいたが、人の力など無力なものだ)

 まだ水浸しの街並みを見ながらデニスは思う。


 警報システムと非常水密構造の建造物、車の生命維持機能によって人的被害は最低限で済んでいた。しかし、都市機能はほぼ麻痺していると言っていい。経済損失は計り知れないだろう。


(払った代償としてはまだマシなほうだな)

 星間管理局が復興支援を表明している。

(驕り高ぶり、反抗的だった僕たちさえ救ってくれるのか。公正中立を謳うだけのことはある)


 本当は四十億の国民が全滅するはずだった。惑星(ほし)は砕け、惑星系そのものもバランスを失って形を変えていたかもしれない。他国に憐れな末路を笑われずに騒動は終わった。


「どうしたんですか、そんなに呆けて」

 後ろから声を掛けられる。

「ジュネ君、なんで……?」

「様子くらい見に来ますよ」


 青年は変わらない微笑を湛えて彼のところへとやってくる。隣に並んでσ(シグマ)・ルーンを通した街の光景を一緒に眺めた。


「国家ぐるみで大災害を起こすところでした」

 肩をすくめている。

「本当なら統制条項上の『警告』でも与えておくべきなんでしょうが、この有様ですからね。そんなことすれば国が滅ぶ」

「ある意味滅んだようなものだ。政府は完全に機能停止しているし、国民の信頼は地に落ちている。管理局の支援がなければ、とうに無法地帯と化しているかもしれない」

「脱退してませんでしたからね。そうはさせませんよ」


 勝手なものだとデニスは思う。国民の悪感情は今度は政府に向いていた。一時は自分たちが世界の中心であるが然と振る舞っていたくせに、いざ壊滅的な被害を受けると被害者面で別の悪者を探す。マスメディアは手の平を返してそれを助長する。度し難いとはこのことだ。


「こうなることを知っていたのかい?」

 涼しげな横顔を見る。

「計算上は。そっち方面に詳しい知り合いがいます。想定される事態だから抑止のためにやってきました」

「じゃあ、ガライ教授の事件は?」

巨人の(ジャイアント)腕輪(バングル)絡みのことを調べていくうえで判明したことです。彼の検挙が目的ではありませんでした」


 ジャスティウイングは最初からハ・オムニを救いに来ていたのだ。それなのに、彼の名誉を傷つけようとした。そして、救われた街が目の前にある。


(彼は本当に正義の味方なのだな)


 無私の精神の結果が成した業である。どんな気持ちでこなしていたか理解が及ばない。


「ですが、ガライ教授には無期禁錮の審決を下しました。返すわけにはまいりません」

「当然だ。ドワンも国家警察に逮捕された。余計なことをしゃべらないようにされるだろう。ケビン……、ザドとダスティンはどこまで罪に問えるかわからないけどな」

「あなたが迫害を受けるような羽目にならなくて安心しましたよ」


(もしかして僕たちを保護に来てくれていたのか)

 どこまでも正義の人である青年に驚かされる。


 デニスは澄んだ面持ちのジュネを信じられない気持ちで眺めた。

次はエピソード『眠り姫のしとね』『鳥かごバトル(1)』 「つまり、ヴァラージを鳥かごに封じ込めてきた、と」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有難う御座います。 あぁ、異常な重力(吸引力?)による津波か。
[一言] 無事(と言って良いのか微妙ですが……)一件落着して安心しました!
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