偽りの未来(2)
報道の航宙船は政府からの勧告で5fd以上の距離を置いている。しかし、観測用、報道用入り混じったスペースドローンが大量の小虫のように巨人の腕輪を包み込んでいた。
「パワーラインの再チェックOK」
デニスのいる地上制御室も賑やかになってきている。
「時空穿孔用曝露素子、1番から20番まで単体稼働試験は正常」
「引き続き21番から40番まで行ってください」
「6番と14番、バランス調整は?」
精密データに目を通す。
「一応許容範囲内の差。でも、可能なかぎり近づけて」
「了解。システム、6番、出力0.2%下げ」
『承知いたしました。全素子、単体稼働試験後に再度出力チェックを行います』
腕輪本体の状態は制御室でほぼ把握できる。外観や試験宙域の状態も観測ドローンや報道用ドローンでも確認できた。監視は万全の体制だといえる。
(本当に進めていいのか?)
彼の心にはなにか引っ掛かっている。
(ジュネ君は様々な危険性を指摘してくれたが具体的に起こる問題のほうは曖昧だった。それなのに民間の事業に干渉してまで阻止しようとしていた。どこか不自然だ)
ジャクリンの言っていたことも気掛かりである。ジャスティウイングはなぜ巨人の腕輪を攻撃してきたのか? 批判の対象にされてもなお弁明しないのはどうしてなのか?
(滞りなく実験は行える。なのに、こうも不安が胸を襲うのはなぜなんだ)
情報部エージェントの青年が不安の種を植え付けていったのは事実。しかし、デニスは巨人の腕輪に関してはエキスパートなのである。知識で劣るはずはない。
「曝露素子の調整完了。リーダー、カウントダウンの開始を宣言してくれ」
請われて答える。
「わかった。二十分後でカウントダウン開始。非常停止の権限を僕へ」
「カウントダウン開始。さあ、過去への扉が開くぞ」
「ずいぶん張り切っているじゃない、ドワン」
ジャクリンが茶化す。
「当然じゃないか。我々の研究成果が歴史に刻まれるときなんだ」
「真っ先に逃げだしたくせに」
「そ、それを言うなよ。謝っただろ」
カウンターが数字を減じはじめる。巨人の腕輪は予定どおりの時間に起動するだろう。
「作業船の電波レーダーが飛行体の接近を確認。なにか来る!」
わずかに緩んでいた空気が引き締まる。
「まさか、……また来たのか?」
「光学確認まで八分」
「重力場レーダーは? 探知していたはずだぞ」
察知が近すぎる。
「報道船が多すぎて見分けがつかなかったみたいだ。高速移動を始めてから探知してる」
「国軍にスクランブルが掛かった。迎撃してくれる」
「ターナ霧の使用は禁止だ。どんな影響が出るかわからない」
事前に要請していた。守られるはずである。もし、電磁波変調分子が使われるようであれば実験の中止も考える。
「三十機もいる。問題ない」
丸裸だった前回とは違う。
「しかし、ドワン。本当は発砲も控えてほしいくらいなんだ」
「そうはいかないだろ。向こうは撃ってくる。来たぞ」
「くそ」
国軍のアームドスキンが巨人の腕輪を守るように展開する。しかし、宇宙を貫くように走った一筋の光が一機の頭部に直撃した。
「この距離で当ててくる!」
「警戒しろ!」
国軍が慌てふためく様子が伝わってくる。暴走してターナ霧を使用するかと思ったが観測ドローンでも検知されない。律儀に守ってくれるらしい。
(政府に厳命されてるか。実験を妨害したりさせたりしないように)
多少は安心できる。
しかし、状況は芳しくないようだ。また一機が被弾してまともな飛行ができなくなっている。
「報道船からの映像来た」
投影パネルに表示される。
「深紫に光翼、やっぱりジャスティウイングだ。性懲りもなくやってきやがった」
「静かにしろ、ドワン。僕たちにできることはない。国軍に任せよう」
「だけど、せっかくの実験を!」
唇を噛んで睨んでいる。
「タイムマシンの稼働実験に成功すればハ・オムニは世界の中心だ。その中枢にいる僕らの栄光は計り知れない。邪魔されてたまるか」
「勘違いするな。人類の核心的利益のためであって名誉のためじゃない」
「綺麗事言うな。じゃあ、乏しい予算をやり繰りして続けようとしたのはなぜなんだ?」
「ガライ教授の理論についてだけは信じていたからだ」
制御室でどんな議論が起こっていようがジャスティウイングはやってくる。今や国軍の戦列に襲いかかろうとしていた。
「ああっ!」
「嘘だろ?」
「敵わないの?」
光刃が閃き、一機また一機と戦闘不能にされていく。凄まじい機動性を誇るジャスティウイングのアームドスキンは国軍機を寄せつけない。あっという間に壊滅的な状態にされてしまう。
「援軍を、早く!」
ドワンが吠えているが、領宙の外まで派遣するとなると半日仕事になる。今からでは絶対に間に合わない。
「ジャスティウイング、どうしてタイムマシンを攻撃するのですか?」
報道用ドローンが呼び掛けを試みている。
「正義の味方とされていたあなたがなぜ? 答えてください。ハ・オムニ国民には知る権利があるはずです」
「君たちがあれの危険性を知ろうとしないからだよ。実力行使するしかないじゃないか」
「危険性?」
(この声!?)
デニスは知っている。ジャクリンも息を呑んでいた。
「我々がなにを知らないと? 知っているなら教えてください」
行動を阻止するように言い募る。
「あっちの作業船に例の二人が乗っているんだよね? 話せるかい?」
「政府の所属船ですが繋げてくれるよう要請します」
「勘違いを正してあげるよ」
一悶着はあったようだが、この状況ではケビンとボブは応じるしかないようだった。彼らの交渉如何で巨人の腕輪の破壊を止められるかもしれないのだ。二人と音声のみのジャスティウイングが対峙する形で放送が始まる。
「なにが聞きたい? なんの恨みで俺たちを帰らせまいとしている?」
ケビンが問いただす。
「小芝居はもういいよ」
「な、なんのことだ?」
「もう少し引っ張らないと面白くならないかもしれないけどさ、人類皆をペテンに掛けようとするのはちょっと欲張りすぎ」
口調は異なるが、彼の冷静沈着なところは変わらない。
「お前!」
「ケビン・ハイマンことザド・イネスさん。そっちはボブ・ローヴィーと名乗っていたね、ダスティン・メイガーさん」
「く!」
カメラ前では饒舌だった二人が言及されると口数少なになっていく。目が泳いでいる様子までうかがえた。
「有名人じゃないか。もっともアバター使用のストリーマーだけどさ」
「ストリーマー?」
疑問を口にしたアナウンサーは知っている名前だったらしい。
「え、あなたは本当にザド・イネス氏なのですか? そちらはダスティン・メイガー氏?」
「…………」
「ずいぶん稼いでる。メイガーさんは宇宙オタクだそうだね。とんでもなく古い型式の宇宙服や当時の作業ポッドの製作を依頼するのは驚くほどの額が必要みたいだけど」
音声のみだった通信パネルに発注書が表示された。
アバターストリーマーというのは配信者の一種。現実の映像にアバターをはめ込む形で身分を明かさず色々な試みをして視聴者を楽しませる人たちのこと。デニスは興味なかったが、二人は有名ストリーマーらしい。
「お前、何者だ!」
暴露されたケビンが激昂している。
「非難の的になったことだし、そろそろ限界だろうね。こういう者だよ」
深紫のアームドスキンの左胸に金翼のエンブレムが浮かぶ。それは誰もが見間違えようもないものだ。
「司法巡察官!」
「ご名答」
デニスは驚愕に目を丸くしてジャスティウイングを見つめていた。
次回『偽りの未来(3)』 「まだタイムマシンだなんて言い張るんだ。足掻くね?」