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[P-009-御怒り]

「お前達、今、何をした?」


「ひっ」


「何をしたかと訊いている」


「何、って、だってあたくしの手が…」

 尚も自分が悪くないと言い張るイザベルも大したものだ。

「そ、そうだ。妹を傷つけたのだぞ。たかが獣の分際で…」

 そしてゾラも体中巻かれて拘束されているのに、ある意味なかなかの勇気の持ち主だった。


「人の子の分際で我が眷属を斬ると言うか。おのれ矮小な生き物め。我がクラリスに与えた眷属を取り上げ、あまつさえ切り付けおったな。なんと忌々しい。ええい末代まで呪ってくれようぞ!」


 そわりぞわりと波打っていた髪の毛が一気に膨れ上がり、いまでは辺り一帯が髪の毛で埋まっていた。


「ひいっ、お、お許し下さいぃ」

 その光景に恐れをなしたかイザベルが更に泣き喚いて叫んだ。

「おお、その声すら厭わしい。おのれら二人ともその髪の毛をこの先二度と生えないよう奪いつくしてやろうかえ」

 体に巻き付いていた髪の毛が、触手を伸ばすかのようにうねり、二人の髪の毛にからみつく。

「いやっ、いやあぁ!」

「お止め下さい!」


「二人してつるっぱげになるがいいわ!!」


 髪の毛が全て引っこ抜けた!と思う位に頭に衝撃を受け、息苦しさと恐怖で二人は失神した。



 …もちろん悠里は正気だった。

 最初こそ怒りに我を忘れていたが、リカルドとクラリスに名を呼ばれて冷静さを取り戻していた。しかしせっかく髪鬼となったので、最終的にノリノリで自分の事を「われ」とか言っちゃっていたり、それっぽい口調で妖を演じていた。


 これが5番目の願い。特殊能力だった。


 悠里の家に、子供の頃に親に買ってもらった妖怪図鑑がある。

 幼い頃の悠里は、ただ驚かすだけで何も害はないが恐ろしい見た目の妖怪、愛嬌のある小さな妖怪。そして強い力や色々な能力を持つ妖怪たちが沢山載っている図鑑だ。

 鳥山石燕の纏めた様なものではなく、子供向けに妖怪はこんな楽しい能力があるんだぞ、と力をより誇張され、空想が描かれたものだった。

 その妖怪たちを召喚したり、変身できたりしたら楽しいだろうと思ったのだ。


 悠里がトイレットペーパーでテンションが上がった日の夜。

 リビングのテーブルの上に、この妖怪図鑑が乗っていた。

 その図鑑はかつて持っていた物とは少し変化しており、最初の一頁目には説明書きが載っていた。


『妖怪図鑑に魔力を流す事により、中に納められているものを召喚及び変身出来る』

『召喚出来る数及び変身は、レベル・魔力量による』


 この妖怪図鑑には、神獣レベルのものまで載っているので、おいそれとは呼べないものもいる。初っ端から麒麟や四聖獣などにはなれないし沢山の妖怪を呼び出して百鬼夜行も出来ない。


 そして悠里は“自分の財産”はどこにいても呼び出せる為、この妖怪図鑑を出し、丁度ツインドリルを見て考えていた「髪鬼」に変身し、二人に襲いかかった。



(※髪鬼=女性の怨みの念や嫉妬心が自分の頭髪にこもって妖怪と化したもの。髪を自在に操り人を襲う)





 二人が気絶したのを確認すると、悠里は髪の毛の拘束を解いた。


「ユーリ様…」

「クラリスさん、大丈夫?怪我は?」


 まだ髪はさわつき、徐々に短く元に戻っているものの、そこら一帯を埋め尽くしている。そのままで悠里はクラリスの方に走って行ったので、何も知らない人が見たら、「次はお前だ」と言わんばかりにクラリスを襲っている様に見えなくもない。


「はい、肩を少し切られましたが、わたくしもシズカも大丈夫です。でも、申し訳ございません。シズカを守りきる事が出来ませんでした」

 クラリスはまだ立ち上がる事が出来ず、地べたに座り込んだまま静を抱きしめている。悔しさに浮かぶ涙を零さない様必死になっていた。

 肩を見ると濃い青色の服だったのであまり目立っていなかったが、浅くはあるが5㎝程の幅の傷から血が滲んでいた。

 その傷を見てまた怒りが蘇り髪がざわついたが、今は手当てをする方が先と、何とか押さえこんだ。

「早く手当てを、誰か人を…」

「私が呼んできます。クラリス、まずは車椅子に乗せるよ」

「はい、お兄様」

 リカルドがクラリスを抱え上げ、椅子に乗せた所で教会の人が異変に気付き走って来た。

「御使い様、一体何があったのですか?」

 後から教皇と、護衛の聖騎士も続いている。

 森に向けて妙な光を撒き散らした後の騒ぎだった為(殆どがイザベルの叫び声ではあった)、皆慌ててこちらに来た様だった。


「申し訳ありません。またグランドルの者の仕業です」

 リカルドが苦虫を噛み潰した顔で言う。

「はぁ…」

 教皇が同情的な目を二人にむけ、小さくため息を吐いた、


 その頃には悠里の髪は元に戻っていたが、顔には怒りが滲んでおり、グランドル家の者が何かをやらかしたのだと想像に容易いものだった。


「またもユーリ様をグランドル家へ誘い、クラリスへ賜った眷属のシズカを強引に奪おうとしました。クラリスとシズカが抵抗し、イザベルの指を引っ掻いた所激昂し、イザベルはシズカを振り落とし、ゾラは剣で斬りかかりました」

「おお…」

「何という事だ。神へ刃を向けたのと同じではないか…」

「教皇様の祈りの時間を見計らって御使い様へ近付いたのだな。なんという恥知らずな」

 リカルドもクラリスも、グランドル家のした事なので、悔しさと恥ずかしさで俯き、顔を上げられないでいる。


「誠に申し訳ございません…」

 リカルドが再度謝罪の言葉を述べると、とうとうクラリスの目元から涙が零れる。隠してはいたが悠里の眼には入ってしまった。


「リカルド、クラリス。貴方達はもう教会の者です。グランドル家の責を負うものではありませんよ。ほら、シズカも心配そうにしています。まず怪我の治療をしなくてはいけません。 あと、その二人をグランドル家の馬車の所へ運びなさい。使いの者には後で教会として抗議すると厳しく伝えておきなさい」

 前半は優しげに、そして後半は厳しい口調で教皇が言った。

「はい!」

 修道士が数名、気絶している二人をいささか乱暴に抱えて去って行く。


 クラリスの怪我の手当の為三人は治療室へと行ったが、教皇はその後を見つめながらゆっくりと歩き、考えていた。

(怒りに満ちた魔力の残滓を感じる。ユーリ様は優しく穏やかな方と思っていたが、苛烈な部分も持ち合わせておられるようだ。王侯貴族の権威などとは別の価値観をお持ちなのだと王にもしかるべく報告をしておかねばならんな)


 教皇は、御使いに関する報告書に、抗議と警告を含めて今回の事も記入し、早急に出す事を決意した。




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