[P-008-来襲と変身]
「どの光がいいですか」
リカルドは少し考えてから口を開いた。
「では、サーチライト、という森の奥まで届いてそうなあの光りを」
「判りました。“サーチライト!”」
森の方へ一直線に光が放たれる。
奥に居たうさぎっぽい小動物が驚いて逃げて行った。
「凄いですね。このような光があれば、暗い中で魔獣を探す事も容易くなりそうです。そうだ、ミラーボールというのもゴブリンの巣穴に叩き込めば混乱して隙を突けそうです」
悠里は頭の中で、ゴブリン達の「イッツァパーリィナーイ」と浮かれ踊る様が浮かぶ。
作戦名「ジュリアナトーキョーinゴブリンネスト」。踊っている所を一掃するのだ。そんなことがいつかあるかもしれない。
「スタジアムというのも、アンデッド系には強そうですが、まずは…」
リカルドもまず光球を出してから、悠里の放っているサーチライトと同じものを出すべく魔力を練っていく。
「“サーチライト!”」
並ぶように光の線が出た。
輝きや太さは悠里より当初弱かったが、徐々に同じ光量、太さになる。
「成程…」
自分の想像力が大事だというコツを掴んだのか、リカルドは今度は光の線を細くしたり逆に太くしたりする。
「あ、いいですね。それならこれはどうですか?“光よ我が思う形を示せ”」
まっすぐだった光が波打ち、徐々に螺旋を描いていく。どうやら言葉にすればイメージがより固まり、ある程度自由に操る事が出来る様だった。
「おお!光の形が変わるとは…いや光はまっすぐという固定観念を外せば…」
悠里と同じ詠唱をすると、リカルドの放っていた光の線がぐにゅっと曲がり、なんと猫の顔の輪郭を形どった。
「わぁ!凄い!可愛い!ネコチャン!」
語彙が死んだ悠里が叫ぶ。
「素敵ですわ!お兄様!」
クラリスもきゃあと可愛い悲鳴を上げた。
「夜空に向ければ合図になりそうですね。文字すら書けるのでは…、いや機密性がないか。暗号ならいける。しかし敵がいる場合、居場所を教えてしまうか…緊急事態、救助信号…」
色々考え込んでいるリカルドを横目に、猫の全身像、ハート、星、魔○光殺法などと、悠里はどんどん形を変えて遊んでいた。
レーザー砲はイメージしていないのでおそらく「か○はめ破」を出しても何も破壊はされないが、しっかりと想像すれば山は砕けるかもしれない。やらないけれど。
色が着けば独りエレクト○カルパレードである。
現代技術で作り出したファンタジーを、実際のファンタジー世界でお披露目だ。
夢は広がるばかりである。
「あの、教会って魔物退治も仕事なんですか?」
今更ではあるが、リカルドが言っていた内容が魔物対策のものばかりなので尋ねた。
「ええ、聖騎士団があります。冒険者の様にパーティを組んで魔物を狩っていく者たちがおりますが、大物や大量発生などした時は聖騎士団として対処します。魔物は神の敵ですので。私も所属は聖騎士団です。今はユーリ様と霊獣様の護衛です」
「そうなんですか…」
出自だけでなく、実力もあるのだろう。そうでなければ教皇と直に話したり、護衛など任されないだろう。
そう言えば悠里の部屋の前にも兵が常に立っていた。あれは兵ではなく聖騎士達だったのかと納得した。
「色々ありがとうございます。あ、それなら剣とか護身術なども教えてもらえるのでしょうか?」
「剣ですか?ユーリ様が?」
予想外だったのか、リカルドもクラリスも驚いていた。
悠里は単に剣と魔法の世界なのだから、ちょっとは剣も触ってみたかった。本気で剣の達人になりたい訳ではない。
「え、と、はい。私のいた所では、本物の剣を持つ者は殆どいなかったので、触れてみたいと思いまして」
「剣を持つものがいないのですか?」
「ええ、私の住んでいた国では所持して往来を歩いてると捕まりますから」
「それでどうやって身を護るのですか?」
この世界では、街の外にでるなら子供でもナイフなど、何らかの武器は持っているらしい。
「え?ああ、そうですね。誰も持っていないから剣で襲われる事はほとんどないですし、そもそも魔物がいないので」
この言葉にはリカルドもクラリスも酷く驚いた。まあナイフで刺されて死んだ悠里が何言ってるんだと自分で内心突っ込んではいたが。
「魔物が、いない…。そうなのですね、さすがは神の国」
「いや、私、神様の国?に居た訳では…」
どこまで話そうか、と悩んでいると、そこへ急に人の声が割り込んできた。
「お姉さまぁ、こんな所にいらしたんですのねぇ。探しましたわぁ」
キンキン声が響いた。もの凄いアニメ声だ。
「!!」
クラリスがその声を聞いてビクリと震えた。心なしか顔が青褪めている。
「イザベル…何故ここへ…」
リカルドも眉間に深い皺をよせ、睨みつけている。
「リカルドお兄様もいらしたんですねぇ。うふふ、丁度良かったですわぁ」
アニメ声はピンクのふりふりレースにビーズを散りばめたドレスを着て、ストロベリーブロンドの髪をドリルの様に捲き、何やら高そうな宝石の付いたリボンでツインテールに纏められている。
どこの夜会に昼間から行くのだろうかと思う出で立ちだった。
「何の用だ」
低い声でリカルドが問うと、イザベルと呼ばれた少女はNO歓迎ムードにも気付いていないのか、敢えての無視か、にこにこと笑顔のままだ。
「お父様がぁ、聖女様を一緒に連れてくるならお姉さまは家に戻って来てもいいとおっしゃってるの。ね、いいお話でしょぉ?聖女様とまた一緒に仲良く暮らしましょぉ」
「なっ…」
絵に描いた様な絶句というものを二人はしている。
「うふふ、聖女様ぁ、クラリスお姉様だけじゃなくあたくしとも仲良くして下さいませぇ」
悠里も唖然としてこのツインドリルを見ていた。
話の流れから二人の義妹だとは判っていたが、この厚かましい雰囲気とその姿形と語尾に圧倒されていた。
可愛らしい顔をしているのは間違いない。大きな目はうるうるとして、まつ毛もばっちり。プロのアイドルだと思えばさすがと言う他ないが、リアルな知り合いだとこんなに精神力が削られるものなのかと逆に関心した。ついでにこのドリル巻き髪、髪鬼という妖怪になったらドリル攻撃出来そうなどと考えていた。
「ベル、イザベル。ああ、ここに居たのか。お前の可愛い声が遠くからでも聞こえたぞ」
追加が来た、と声の方を見ると、何やら勿体付けたモデルウォーキングもどきをしながら派手な服を着た、なよっとした男が歩いてきた。
「やぁリカルド兄上、クラリス、久しぶりだな」
少し長めの前髪を、ふぁさっとかき上げてニコリと笑った。
流し目を悠里に向け笑っていたが、それを見た悠里はぞくりと背中を震わせ、
(生理的に受け付けない)
一瞬そう思ってしまった。
しかし罵声を浴びせられた訳でも、嫌な事を言われた訳でもないので逃げ出すのはなんとか耐えた。第一印象だけで何事も判断してはいけない。こちらから先に攻撃をしてしまっては正当防衛は認められないのである。
「聖女様もご機嫌麗しく。さぁいかがでしょう、妹のイザベルも聖女様と仲良くしたいようですし、我が家に遊びにいらしてはくれませんか?もちろん私も歓迎致しますよ」
そう言うとすっと悠里の手を取りウィンクした。
(!!)
本格的にぞわっとした。生理的嫌悪だけではない。目前に男に立ち塞がれ恐怖が襲い、息が詰まった。
「ゾラ!ユーリ様に触れるな!」
その様子にリカルドが慌てて間に入り、引き剥がそうとする。
「何を言うのです兄上。私は敬意を持って接しているではないですか」
ふんっと小ばかにした様な表情でリカルドに言うと、その手を離さないまま悠里に向き合う。
「さあ、この様な堅苦しいだけの教会より我が家の方が寛げます。妹のイザベルも優しく明るくて聖女様を退屈などさせませんよ」
エスコートでもする様に悠里をイザベルの方に向かわせようとする。まるで自分の言う事に逆らう女などいる筈がないといった様子だった。
「まぁ、お姉様がお持ちになってるのが霊獣様の眷属なのですねぇ。でもぉあたくしの方が可愛がってきちんとお世話を致しますからぁ、あたくしにお渡しくださいませぇ」
そう言うとイザベルはクラリスの膝の上に乗せていた静の入ったバスケットを取り上げようとした。
「あっ!いけません。この子はわたくしがユーリ様より預かったのです!」
クラリスも慌ててバスケットを掴んで抵抗した。
「ですからぁ、あたくしの方がふさわしいと言ってるじゃありませんかぁ。第一足のお悪いお姉様では大変でございましょう?あたくしぃお姉様の、いいえ聖女様の為に言ってるのですわぁ」
「何を言うのですっ」
なおも抵抗するクラリスの手を払い、奪おうとした時、静が威嚇の声を上げ、イザベルの指を引っ掻いた。
「きゃぁああ!!いたいっ痛いですぅ。血がでましたわぁ!あたくしの手がぁ」
「イザベル!」
それはとても小さな傷だったが、イザベルは剣ででも斬りかかられたかの如く金切り声をあげた。
「あ、あなたが無理にこの子を奪おうとするから…」
「酷いわお姉様!お姉様がこいつをけしかけたのね!」
尚も静はクラリスを護る様にバスケットの中で毛を逆立ててシャ―ッと威嚇する。
その声にイザベルはカッとなり、バスケットごと手で払った。
「シズカっ!!」
クラリスは必死にバスケットを護る様に掴む。
「おのれ獣の分際で妹に害をなすとはっ」
ゾラが腰に差していた剣を抜き、静に斬りかかった。
「だめっ!あうっっ」
「にゃっ」
クラリスは静に覆いかぶさる様に胸に抱き、ゾラの剣を避けようと不自由な片足にも関わらず、懸命に立ち上がって逃げようとした。
しかしまともに動けるはずもなく、クラリスは肩口をわずかに斬られ転倒し、静をのせたカゴも剣の腹があたったのか、静ごと転がり落ちた。
「シズカっシズカっっ」
リカルドも悠里の護衛の立場上、傍から離れるのを躊躇していたがさすがにこれには黙っていられず、静かに向けられていたゾラの剣を自分の剣で弾き返した。
「ゾラっ貴様!」
教会で剣を抜き、しかも霊獣様の眷属に斬りかかるなどという蛮行に及ぶなど想像すら出来ず一歩遅れ、クラリスを守れなかった事に歯噛みをした。
「ゾラお兄様ぁ、血が、血がでてますわぁ…え?」
未だ哀れっぽく泣き喚いていたイザベルの声が止まる。
「え?え?何ですのぉ?」
「ぐっ…何だ、これは…」
イザベルとゾラの体に、いつの間にか絹糸の様なものが巻き付いていた。量はどんどん増していき、首筋にまで来ると体が浮く程の勢いで持ち上げられる。
その糸は悠里から出ていた。
髪の毛が歌舞伎の連獅子の毛振りの様に渦巻いて、その先がゾラとイザベルに捲きつき締め上げていた。
「御使い様…?」
「ユーリ様っ」
リカルドもクラリスも突然の事に固まっていた。
俯いていた悠里の髪はどんどん量を増し、二人を圧迫していく。
髪の隙間から金の眼がぎらりと光った。