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[P-007-光る魔法と輝く思い出]

「ユーリ様、聞いて下さい。シズカが今日、朝おはようって挨拶をしましたら、にゃーってお返事をしたんです。その声の可愛らしい事。わたくし感動してしまいましたわ」

 悠里が朝、神様へのお礼を兼ねて神域に祈りを捧げた後、大聖堂の庭を散歩している時、クラリスが車椅子で勢いよく走ってきて、声を弾ませながら報告した。

 ハチワレ子猫の静は、クラリスの膝でカゴに入ってじっとしている。

 静という名は悠里が付けたものだ。各々名前を付けてはと提案した所、景虎というこの世界では珍しい響きの名前に心惹かれたのか、悠里に名付けを頼んできたのだ。

 どうやら神界の名前だと思ったらしい。

 そこで悠里は景虎と同じく、日本の歴史上の人物から名前を貰っていた。

 クラリスの「シズカ」は、静御前から来ている。

 ちなみに教皇の三毛猫ちゃんは「ヒミコ」。他三名の、黒猫に「ヤマト」錆猫に「タケル」虎猫に「ミコト」と付けている。


 リカルドは悠里の護衛として、ずっと共にいたが、クラリスの元気を取り戻した様子にとても喜んでいた。

 ネコを渡らせた夜など膝をついてお礼を言うので、悠里は慌ててしまった。

「お友達が元気になるのは私も嬉しいので!」と勢い良く言い、勝手に友と呼んだ事に自分で厚かましかったかな?と恥ずかしくなっていると、逆に妹を友と呼んでくれた事に尚更感激してしまい、猫の面倒を見てもらってこっちもありがとうと、お礼の言い合いになる程だった。

 悠里もクラリスと居る事で、子猫の様子をこの先も逐一見る事が出来てホクホクだ。

 子猫の可愛さは何物にも勝るのだ。

 景虎はもともと大人しく良い子だったが、賢くなった事もあって、なおさら面倒見が良くなり、今は子猫たちを危険から守っている。


「では本日は宜しくお願いします」

 静をリカルドに任せて、悠里はクラリスと向かい合った。

 悠里はこれから魔法を習うのだ。その為教会の裏手の、あまり人が来ない森の入り口に来ている。

「まず、初歩の魔法をお見せしますわね。“光よ灯れ”」

 いわゆる詠唱をして手をかざすと、クラリスの手の平から光る玉が出てきた。場所があまり陽の光の当たらない森近くなので、日中の外でも明るさは判った。

「レベルを上げていきます。“光り輝き辺りを照らせ”」

「“その輝きで広き大地を照らせ”」

「“神の光よ、全ての暗きものをその輝きで消し去り給え”」


 上から、電球・八畳間蛍光灯・体育館・野球場といった所か。

(詠唱、クラリスさんの様なキリっとした美人が言うと様になるなぁ)

 悠里は覚えられるかなと悩みつつ、余計な事を考えていた。

「どれも魔力量によって発動できるレベルが変わります」

 クラリスは光については最高レベルまで出せるようだ。

「無詠唱で出す事は出来るんですか?」

「いえ、内にある魔力は言葉を通して現象となるというのが原理なので、心で思うだけでは命令とはなりません。」

 詠唱はイメージを固めるもの。その言葉から視覚、聴覚、触覚の情景を浮かべ、魔力により練り出し実現させるという。

 無詠唱だと感知されずに人を害することが出来てしまうので、おそらく安全面での神からの規制なのかもしれない。無言で後ろから危険な魔法など打てるものなら暗殺し放題になってしまうだろう。

 もの凄く小声ならいけるのでは?とも思うが、この世界の人は魔力を感知できてしまうのでどうやらそれも無理らしい。


 魔法の取得方法は、詠唱文と、教えてくれる教師が実際に発現させたものを見て覚えていくそうだ。

 魔力量の少ない者や、詠唱から正しく現象を思い浮かべる事の出来ない者は、幾ら高位の呪文を唱えても魔法は発現しない。

 ちなみに貴族は学校で粗方教わるので高位魔法を使える者が多い。平民は主に生活で活用できる生活魔法を親や教会の学校から教わる。冒険者になるものは市井にいる魔法使いから攻撃系を習ったりするとの事だ。


(ん~、つまりは魔力が第一。あとは想像力?先生が見せたモノをコピーするって事か。でもそれ劣化コピーになったり、本来の詠唱のレベルより強いとか出てこないのかな?規定なんて、イメージが条件ならあってないようなものの気がするけど。まぁ少しくらい違ってもいちいち指摘するものでもないだろうしなぁ)


「でも短縮する事は出来ます。“光よ”」

 全てを唱えなくても電球が出た。

「“輝け”」

 次いで蛍光灯。

「これ以上は無理です。魔力を練る時間が必要ですの」

 体育館以上は無理と。

「違う言葉では出せないんですか?」

 そう問うと、え?という顔をした後、考え込んだ。

「そう、教えられたので、考えた事もありませんでしたわ。お兄様は?」

 リカルドにも聞いたが、顔を横に振られた。

(ふーん、成程。教科書剣法ならぬ教科書魔法か。でも一度やってみる価値はあるな。何事も検証検証!)

 悠里は初めて見る魔法にテンションが上がっていた。

魔力とやらがあるのか確かめた異世界最初の日に、ノリで“祝福”などと言ってみたが、何せ“祝福”されて本当に変わったものがあるのか判らない。何か光ったから、何となくおめでたい感じで、ちょっと心が浮き立つような幸せな気分になあれ位のイメージだったのだ。そしてあの時薙ぎ払うようなレーザーを思い浮かべなくて良かったと心から思った。

 今は光という目に確かな現象が起きている。まずこの無害そうな光を出してみたかった。

 しかし人前で何か格好良く詠唱をするというのが気恥ずかしかった。

 アラフォーにはキツかったのだ。

(うう、クラリスさんやリカルドさんみたく格好良ければなぁ)


「よし、やってみます! まず初歩。“光よ灯れ”」

 手の平から光の玉が出た。

「わ、出た出た。出ましたよクラリスさん!」

 一度消して再度言ってみる。

「“光よ”」

 同じ位の光の玉が出た。

「“もっと光を”」

 ゲーテの臨終の言葉みたいになったが、天に導く光ではなくちゃんと電球から蛍光灯に変化した。

 イメージさえあればまったく違う言葉でもいけると確証を得て、次は地球の名称で言ってみる。

「“体育館照明”」

 広範囲の光に。

「“サーチライト”」

 強力な光が一方向に発射された。

「“灯光器“」

 蛍光灯より強力、サーチライトより広域的な光。

 「いけるか“スタジアム”」

 目指すは野球場を照らす照明。どうせならとプロ野球球場を目指した。悠里は死ぬ前に一度は日ハムの試合を直に見たいと思っていた。望みは叶わなかったが。

 上空には灯光器の光球が沢山並び、四方から取り囲むように森を照らした。

 ちなみにこれらは悠里が持っているイメージの為、実際とは違う可能性が高い。


「うん。呼び名を変えてもいけたね。じゃ変化球。“出でよシャンデリア!”かーらーのー“ミラーボール!”」

 ヴェルサイユもかくやというシャンデリアが出た。

光の粒ひとつひとつがクリスタルの様に美しく輝いた後、弾けるように分離し、それらが再度ひとかたまりになってグルグルと回り出す。そこから奔流のごとく光があちこちに撒き散らされた。

「Oh!ジュリアナトーキョー」

 もちろん悠里は北海道の田舎育ちで、直接見た事などない。さすがに流行っていた時はたぶん小学生くらいだった。だがその映像は記憶にしっかりと残っている。頭の中にはディスコミュージックが鳴り響いていた。


「あはは、バブルの光り」

 そう言って満足すると光を消し、振り返るとそこには目を点にしたクラリスとリカルドが居た。

「あ、やべ、やりすぎた」

 今まで人前では繕ってきた敬語もくずれていたが、離れた所にいた二人は聞こえていなかった上、唖然としてそれどころではなかった。悠里はまだお上品に見られたかったので助かった。

「ユーリ様…今のは光魔法ですの?詠唱も全然違いましたが…」

「あのように沢山の光球を出されるとは、しかも強く、舞い踊るかのような…そうか、神々の光りなのですね…」

 二人とも感動したように目を瞬かせている。

「う…」

 ジュリアナトーキョーが神々の光りと言われてしまうと、申し訳なさが凄い勢いで襲ってくる。

 高度経済成長のバブルの光だ。ボディコンなるハレンチな恰好の女性が踊り狂う光なのだ。きっとあの恰好をこの二人が見たら、特にクラリスが見たら卒倒するかもしれない。


 悠里にとってはミラーボールとは、ディスコの様なある意味退廃的なイメージだったが、そんな文化など知らない人にとっては、光が舞うように散る様は神々しく映ったらしい。


「なんて素晴らしい光魔法なのでしょう。わたくしあのような眩い光は見た事もありませんわ。トウコウキ、やスタジアム、というのはどういう意味なのでしょう?」

「それにミラーボール、ジュリアナトーキョー?というのはあの現象に対する呪文でしょうか?」

 クラリスもリカルドも、真面目に悠里が遊び心で唱えた言葉を考証している。

「神々の言葉なのですね?」

「う…あ…」

 さすがにジュリアナトーキョーは神々の言葉とされてしまうのは申し訳ない。しかし他に上手い言い訳が浮かばない。

 浮かばないのでとぼける事にした。

「要はイメージみたいですね。魔力を練って出したい光を思い浮かべたら、変化させることが出来ました!こちらに来るにあたり、この世界の人々と同じ肉体を得ましたので、魔法の原理などは同じ筈。なのでお二人も出来る筈です!」


 結局は“あんな事いいな、出来たらいいな”の精神だ。

 あとは魔力量によって実現可能かどうかだ。


 他にも魔法には、火、水、土、木、風、光、無、といった属性がある。

 夢が広がるなぁ。そうんな風に考えながら必死にジュリアナという言葉から引き離した。


「わたくしにも、あの様な光を出せますかしら」

 今までの魔法教育からは逸脱するのだろう。心許ない表情で言う。

「想像力だと思います。いずれ実際に見た事のない光でも出すことが出来る筈です。まず身近な所で、そうですね、あの木の所にランプを思い浮かべて下さい」

 木々が重なってほのかに暗い所を指す。

「やってみますわ」

 ぎゅっと手を握りしめ、それから意を決して手をかざす。

「“光よ”」

 目指す木の所に光球が浮び上った。

「“…ランプ”」

 光がゆらゆらと揺れ、明滅を繰り返す。そのうち光が安定し、光球よりも少し大きな物が現れた。

「!」

 イメージだけで変化を起こした事に、クラリスは驚いたのか、光が揺らめいてまた光球に戻った。

「ま、まだですわ!“ランプ!”」

 キッと見据えると、また光が強くなる。

「もっと大きく」

「“ランプよ大きく”」

 悠里の掛け声に合わせて光は更に強くなり街灯ほどに。

「数を二つに。次は三つ、四つ…」

「“ランプよ増えろ”」

 光は弱まったが、分裂した。

「見た事のある、一番綺麗だったシャンデリア」

「“…シャンデリア”」

 ポポポポポポ…と、光の粒ひとつひとつは小さいが、沢山の光りが現れると、クラリスのイメージは固まっていたのか、悠里とは違った形のシャンデリアが出来上がった。

「わぁ綺麗」

 悠里もしばし見惚れていた。

 蝋燭の灯る台座と、大小様々なクリスタルの光りがそこから垂れ下がる様に瞬いている。

「出来ましたわ…」


 それはクラリスが3歳の時に母と共に王宮に行き、圧倒されたシャンデリアだ。

 母の美しさと、ホールに灯る明りが相まって、まるで母が妖精の女王の様に思えたものだった。

 母がいたこの頃は、いくら父が殆ど自分たちを顧みなくともまだ楽しかった。

 優しい母が、夜クラリスが寝るまでランプの明かりの下本を読んでくれた。

 テーブルに灯る沢山の蝋燭の光の中で食べた夕食。三人だけではあったが母は柔らかにいつも微笑んでくれていた。

 急に寂寥感と、悔しいという感情が沸き起こる。

 俯いた先に足はひとつしかない。

 それが目に入ると、抑えよう、諦めようと思っていた憎しみが蘇る。

 光も集中力を失うと共に形を崩してゆき、ばらばらに散っていった。


「クラリスさん、すごい綺麗でした。ふふ、ほら、静も光に向かって手を伸ばしてる。とれないよー、でもまたクラリスさんに出してもらおうねー」

 悠里の言葉にはっとして、そして託されている静を見た。

 リカルドが持つバスケットから身を乗り出して光を追っていた。その様子は可愛らしく、クラリスも思わず微笑んだ。

 リカルドだけは一瞬曇った妹の表情に気が付いてはいたけれど。


「ユーリ様、私も先程ユーリ様が出したような光を出せるか試してみたいのですが」

「いいですよー。やっぱり見本があるとイメージしやすいですよね。もう一度やってみましょう」

 リカルドが言い、静をクラリスに返す。

 クラリスが静を見つめると、静も見つめ返した。

 薄い黄色の、母が好んで着ていたドレスの様な色の目だった。



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