伯爵夫人の幸福
裕福な侯爵家の次女として生まれた某伯爵夫人は、人生を通していつも幸福を感じていた。
優秀な兄と姉を持つ彼女は、長い歴史のある大きな城でそれなりの教育を受けながらも、ゆったりと気ままに過ごしていた。彼女の父は父なりに彼女を大切にしてくれていたが、一歩他の兄姉には彼女は劣ると考えていた。
そのため、彼女の嫁ぎ先には苦労しないくらいの財産はありつつも、少し実家には劣る青年を選ぼうと考えていた。彼の妻はあの娘はそんな器ではないわと笑って言っていたが、侯爵は聞き流していた。
そのため、交流のある評判の良い伯爵家から嫡男のところに次女をいただけないかと縁談があったときに二つ返事で了承した。
そうして彼女は伯爵嫡男と婚約した。彼女はいつも笑っているが、より幸せそうに笑っていた。
だが、伯爵子息は少し野心家で、十八という年齢らしい若さもあった。そのため、おっとりとした将来の自分の妻の美しい黒髪と琥珀色の瞳に見惚れながらも、ちょっと退屈だとも思っていた。
婚約者はできたものの、まだ義理立てする必要はあるまいと、休日は周りの者と浮ついた毎日を過ごしていた。
そんなある日、伯爵嫡男は財産を増やそうとある事業に投資をしたが、その事業は赤字が続き、あわや潰れそうになってしまった。それまで自分をチヤホヤしていた周りの者はサッと潮が引くようにいなくなり、自分の魅力はそんなものだったのかと落ち込んでいた。
婚約も危うくなり、侯爵家当主はこの青年に娘を預けて良いのか不安になった。
その時娘はおっとりと笑って言った。
「婚姻後は私が彼を支えますわ。だから、今回の事業は少しの間だけお父様に手伝っていただけませんか?」
娘のはっきりとした意思を知り、侯爵は追加で融資をすることにした。
その後、その事業は成功した。伯爵子息の周りには再び人が戻ったが彼は頓着することなく、休みのたびに愛する婚約者に花を送り、お茶会や観劇など、様々なデートに誘った。そして時は経ち二人は結婚し、両親の跡を継ぎ彼は伯爵になり、彼女は伯爵夫人になった。
伯爵夫人は笑顔を絶やさなかった。息子達と娘に恵まれ、より財産の増えた伯爵家でしっかりと采配を振るった。家を守ってくれる伯爵夫人のおかげで伯爵は益々活躍の場を広げた。
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娘の婚約が決まった夜会の二年後、定期的に開いている王妃様と自分と公爵夫人になった娘の、三人でのお茶会で王妃様が面白そうに仰った。
「あの人達、今度また三人で集まるそうね」
「次の集まる場所はExcalibur亭ですね!日時は次の月末の十九時!」
野生児令嬢が当たり前のように大きな声で発言した。
「あら、奇遇ですね。私たちも丁度そこで集まろうと思ってたので、一緒になるかもしれませんね」
伯爵夫人がいつものようにおっとりと笑って言った。
また夫は愉快な顔を見せてくれるだろう。そう想像するだけで面白くて幸せだ。
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その後も紆余曲折はありながらも、子ども達はどんどんと旅立ち、しばらくして夫婦は引退することになった。老夫婦となった後も二人で寄り添い、旅をしたり観劇に行ったりと、若い時のように共に時を重ねた。
そしてまた時は経ち、夫人は一回り小さくなり、ふかふかのベッドにそっと横になっている。
まだまだ元気に活躍している、ゴルゴンの曾孫を乗り回している娘が母に尋ねた。
「お母様、何故ここまで父様に着いて来たの?」
「ふふふ。あなたと同じよ。愛していたから、一緒にいたの。
そして残念なことにちょっと離れることになったけど、これからはまたずっと一緒にいられるわ」
伯爵夫人は幸福そうに笑って目を閉じた。