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わたしの実習

 お昼休憩が終わって、午後の最初の講義は一年生と二年生が合同で行う魔薬学だった。

 教師の退屈な前置きを聞きながらあくびを噛み殺していると、ユリウス殿下に睨まれてしまった。愛想笑いでごまかしておく。


 今日は、一年生と二年生でペアになって調合実験をするらしい。一年生の学習定着力と、二年生の指導力を見たいのだろう。用意された数々の素材から適したものを自分で選び取り、指定された複数種類の魔薬を調合するという。

 普段の講義は座学ばかりで、実験をするのはこれが初めてだ。作る魔薬自体はこれまでの座学で解説されたものばかりなので、実質小テストのようなものだろうか。


 魔薬の調合は得意だ。ニルスと入れ替わるために、声を変えたり髪を一瞬で伸ばしたりするような魔薬を子供の時から作っていたから。だけど、小テストだと思うとどうしても緊張してしまう。

 ペアを決める段階になって、わたしは迷わずユリウス殿下に声をかけた。ルークス君が何か言いたそうにしていたけれど、気づかないふりをする。


「顔見知りだからと言って指導に手を抜くつもりはないから、そのつもりでね」

「当然です。ご指導よろしくお願いいたします、殿下」


 その宣言の通り、ユリウス殿下は中々厳しかった。

 基本はわたしのやっているところを黙って見ているだけだけど、やれ混ぜる速度が違うだの、やれ素材の目利きが甘いだの、ことあるごとに口を出してくる。

 でも、助言通りにやると調合がかなりスムーズに進んだ。悔しいけれど、ここは素直に従うべきだろう。


「そうだ。黒熱の骨兵(コーレ・クノッヘン)の粉末は、扱い方ひとつで大惨事を招く。注ぐときは慎重に。それにしても……」

「どうかされましたか?」


 骸骨型のモンスターをすりつぶして作られた黒色の粉末をフラスコにすべて注ぎ入れ、ユリウス殿下に視線を移す。間違ったことはしていないつもりだけど、何か気になることでもあったのだろうか。


「いや、モンスター由来の素材を扱うときだけやけに手慣れていると思ってね。何か経験でもあるのかい?」

「ああ……。そうですね、昔から馴染みが」

「なるほど。やはりフリグヴェリル出身は違うね」


 それだけの短い説明で、ユリウス殿下は得心したようにうなずいた。……殿下、思ったよりフリグヴェリルのことを把握しているらしい。


 フリグヴェリルにおいて、モンスターの素材というのは日常的に扱われるものだった。フリグヴェリルで作られる手工芸品は、ほとんどがモンスター由来の素材を原材料にしているからだ。服だったり家具だったり、小物だったり道具だったり。なんなら食材にすることもある。そうやって、フリグヴェリルの民は自給自足で生きていた。

 当然そういうものは他国の人から「不気味」とか「気持ち悪い」とかの悪評をもらってしまうので、あまり余所には流通させられない。許されるのは、せいぜい頑強な外骨格や毛皮とかを武器や鎧に用いるぐらいだろう。あとは……そうだな、剥製とか。それぐらいの加工なら、他国でもやっている。

 だから、フリグヴェリルがモンスターの素材を日用品に使っていることはあまり知られていなかった。それなのに知っているなんて、さすがユリウス殿下といったところか。


 と言っても、国民一人一人が一人で様々な種類のモンスターを狩れるほどの猛者だというわけではない。

 基本的には抜け殻やら鱗やら、そういったものを拾い集めて加工したり、温厚な性格のモンスターから少し恵みを拝借したりしているだけだ。

 国土が小さく人口もさほどではないので、それだけで十分賄える。数は少なく規模も小さいとはいえ、比較的おとなしいモンスターを飼育している施設はあるし、モンスターの狩猟を生業とする狩人達もいるけれど。わたしも彼らのような狩人から狩りを教わった。


 山間にあるフリグヴェリルは、昔からモンスターの多い地帯だった。険しい山や凶暴なモンスターのおかげでこれまで他国からの侵攻を免れてきたと言っても過言ではない。多くの国民はモンスターを遠ざけたり利用したりするための知恵を身につけて平穏に暮らし、一部の命知らずが狩人あるいは兵士として人里に近づくモンスターを駆除したり食用肉を確保したりして生活している。


 まあ、モンスターの巣というその天然の要塞を、ノルンヘイムは山ごと焼き払うという荒業で突破してくれたわけだけど。ノルンヘイムは容赦がない。それを命じた皇帝も、それを可能にする宮廷魔導師達も。

 『記憶』とは違い、まだそんなことはされていない。今後されないとも限らないというのが、とても恐ろしいけれど。そんな未来が来ないことを願い、行動するしかなかった。


 それからもわたしはユリウス殿下に見守られ、時に指摘を受けながら調合を進めた。

 あともう一種類、別の薬品を作れば課題はすべて達成だ。


「平民上がりの庶子風情が、私に逆らうというのか!」


 フラスコの中にあった液体をビーカーに移し替えていると、別のテーブルからそんな大声が聞こえた。驚いてしまい、思わず液体が跳ねて飛び散る。それを見てユリウス殿下が眉をひそめながらもふきんを渡してくれた。危険な液体でなくてよかった。


 ちょうど教師が素材の補充のために教室を出ていっている時だ。嫌な感じがする。

 手を拭きながら声のしたほうを見ると、知らない先輩と、それからボリス君がいた。先輩の髪の色は、ボリス君と同じ青だ。髪色からして同郷のようだけど、仲がよさそうには見えなかった。


「お前は黙って私の指示を聞いていればいいんだ、卑しい血が流れる分際で出しゃばるな!」


 経緯はよくわからないが、どうせボリス君があのペアの先輩に口答えをして、それで先輩が必要以上に怒っているのだろう。まあ、ペア運が悪かったとしか言いようがない。


 意外と先輩は身分が高いのか、それとも自分と無関係のいさかいを仲裁するのが面倒なのか、どのテーブルからも制止の声は上がらない。

 仕方ない、これも同寮の生徒(クラスメイト)のよしみだ。助け船を出そう……とわたしが動くより先に、口を開いた人がいた。


「待ちたまえ。君の理論では、平民の血が流れる者は君に意見できないということかい?」


 聞き捨てならないと言うように、ユリウス殿下は強い眼差しで先輩を見据えていた。


「……ユ、ユリウス殿下?」


 横槍が思わぬところから入ったからか、先輩は間抜けな声で殿下の名前を呼んだ。


 それに応える形で殿下が呼んだのは、多分その先輩の名前だろう。覚える気はないので聞き流した。


「では、こうして僕が口を挟むことすらも君には我慢ならないことだろう。君はノルンヘイムが皇太子の言葉を聞き入れる気がないのだから。……帝国への叛意と受け取るが、構わないね?」


 ユリウス殿下は静かな声で問いかける。先輩は、さぁっと顔を蒼褪めさせた。

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