わたしの栄光
「ご無沙汰しています、ロキ殿下。お変わりないようで何よりです」
「ありがとう。君も充実した休みを過ごせたようで何よりだ」
寮は帰省から戻ってきた学生達でにぎわっている。夏季休暇は明日までなので、今日が帰還のピークだ。わたしは数日前に学園に帰っていたので、戻ったばかりのロキ殿下を余裕を持って迎えることができた。
「そうだ、殿下にお土産を用意したんですよ。フリグヴェリルの名産品なんですが」
「俺からも土産があるんだ。君の分と、カーレン姫の分なんだが。後で部屋に寄ってもいいか?」
「はい! お待ちしていますね」
荷物を運ぶ寮付きの使用人達を連れた殿下を見送って、一足先に部屋に戻る。
いつ殿下をお迎えしてもいいように、室内のチェックをして、と。掃除は完璧。窓際の花瓶も、新しい花を活けたばかりだ。……あ、でも、こっちの角度のほうがもっと可愛く見えるかも。
手直しをしてもう一度室内を見渡す。よし、今度こそ完璧だ。お土産もテーブルに置いておいて、と。浮足立つ心を抑えつけて椅子に腰掛ける。まだかな、まだかな。
「俺だ、ニルス君」間違いない、ロキ殿下の声だ! 返事をしてドアを開ける。腕いっぱいのプレゼントを抱えた殿下が立っていた。中に招き入れて、すぐにドアを閉めた。この幸せな時間は誰にも邪魔されたくない。
「ほら。開けてみてくれよ。お眼鏡に適うといいんだが」
「ロキからいただいた物で、わたしが気に入らなかった物がありますか?」
箱を一つずつ開けていく。お洒落な小瓶の香水に、ペリドットの髪飾り。こっちの万年筆は普段から使えそう。色鮮やかな絵付けで飾られたペアのゴブレットもある。それに、青い蝶をかたどったこのブローチ、すごく可愛い……!
革の一本鞭と革製の拘束具があるのはご愛敬だ。手枷に足枷、口枷……ホグタイベルトまである。わたしへのプレゼントなんていう名目で、自分の玩具を混ぜるだなんて。まったく仕方のない人だ。革だから、使い込めば使い込むだけ味が出るだろう。
「それからこれは、母上からだ」
「エイル様から?」
細長い箱だ。結構軽い。リボンをしゅるりとほどいて蓋を開けてみる。ダークブラウンの丸いお菓子がいくつか入っていた。
なんだろう、これ。表面はつやめいていて、いかにも美味しそうだった。「いただきます」どうやら砕いたナッツがちりばめられているらしい。これ……もしかしてチョコレート?
ふつうは飲み物だけど……なるほど、固めればこうやってお菓子に……あれ? わたし、こういう形状になったチョコレート、知ってる……? チョコレートなんて高価なもの、学園に来てからしか飲んだことがないはず……ええと、でもなんとなく、既視感が……。まあいいか。
「ロキ、このチョコレートは一体?」
「母上の思いつきに振り回された宮廷料理人と職人達が試行錯誤した成果だそうだ。レシピが難しいらしくて、まだ大々的に広められないらしいんだけどな。母上自身も言ったことすら忘れていたくせに、いざ完成したら存外お気に召したらしい。君もきっと気に入るだろうって持たされたんだ」
「そうだったんですか。なら、お礼をしないといけませんね」
確かにこの、口に入れたらゆっくりと溶けて広がる甘さは病みつきになりそう。ふつうのチョコレートほどもったりしていないから食べやすいし、ナッツの香ばしさもいいアクセントになっている。
これ、レシピ開発に一枚噛ませてもらえないかな……。ヘズガルズ王室御用達という名目で売り出せばかなりの利益が出る気がする。ヘズガルズの商会はもちろん、ボリス君も巻き込んで。わたし自身の息がかかった商人の流通ルートもほしい。それにはボリス君が適役だ。
「カーレン、カーレン、目つきが商人のそれになってるぞ。そういう貪欲なところも好きだけどな」
「失礼しました。つい」
いけないいけない。無事に商品として扱えたって、丸々わたしの儲けになるわけでもないし。ほどほどにしないと。
「わたしからはこちらをどうぞ。手慰みにはなるかと。この箱はパズルになっていて、最初に解けた人を主人として認識するんですよ」
この箱は、闇化の妖樹の間伐材を使ってフリグヴェリルの木工職人が手作業で作った一点ものだ。
開けるためには特定の手順を踏まないといけない。開け方も箱によって一つ一つ違うので、正直なところわたしにもこの箱をどうやって開ければいいのかわからなかった。主人以外が開けようとすると怪我をするので、防犯にはぴったりだ。だから、殿下専用の金庫として使えると思う。
「へぇ、面白そうだな」
包みを開けた殿下はしげしげと箱を眺める。振ってみたり叩いてみたり、関心を示してくれたようだ。
「それからこの、骨彫刻のチェスセット! 昔からよくしてくれる彫刻匠さんの作品なんですけど、絶対ロキに使ってもらいたいと思ったんです!」
気が遠くなるほど繊細に彫り込まれたチェス駒達は、飾っておくだけでも目を楽しませてくれる。細やかな装飾に一目惚れして衝動買いしてしまった。
「これは確かに素晴らしいな。ここまでのものが彫れる職人は、ヘズガルズでも中々いないぞ。やっぱり、フリグヴェリル独自の文化は伝えていかないとな」
「フリグヴェリルとしても、他国からの刺激を受けて成長していきたいですね。技術力の高さが知られれば、商品も売り込みやすくなりますし」
外交下手かつ大量生産できないというフリグヴェリルの欠点は、ヘズガルズになんとか補ってもらおう。かといって安売りするのは駄目だ。技術者の留学という形でお互いの国を行き来させたら、技術だけを買い叩かれる心配は最小限に抑えられるかな?
「俺も喜んで協力しよう。制度の整備やら商業ギルドへの根回しやら、やることは多いからな」
楽しい。いつかわたしがヘズガルズの王妃になった時、どうやって祖国に還元していくか。ヘズガルズという大国を、どこまで手のひらの上で転がせるのか。考えるだけで腕が鳴る。
経験を積んで、実力を磨き、わたしは……ううん、わたし達はどれくらい戦えるだろう。
あとほんの数日で、わたしの『記憶』は役に立たないものになる。『わたし』の生きた一年間が過ぎた今、何の未来もわからなかった。
だけど、怖いとは思わない。
だって────わたしは一人じゃない。隣にはロキ殿下がいてくれる。わたしの、わたしだけの、大切な下僕が。
「ねえ、ロキ。これからも、わたしと一緒に踊ってくれるでしょう?」
殿下はにやりと笑って立ち上がり、わたしに向けて恭しく手を差し伸べた。