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わたしの夢現

「せっかくのご褒美なんですから、もっとましなものをねだったらどうなんです?」


 埋め込んでいたピンヒールのかかとをさらに強く押し込む。ロキ殿下は言葉にならない嬌声を上げながら悶えているけれど、両手を縛られているせいかまるでもがく芋虫みたいだ。


 そろそろ耐え切れなくなりそうだったのでいったん足を離す。今日はずっとこの繰り返しだ。健闘を褒めるものなのに簡単に終わらせたら可哀想だし、つまらない。ロキ殿下が望んでいるんだから、長く長く可愛がってあげないと。


 うつ伏せに寝ている殿下の背中を踏みつけて頭部のほうに移動し、膝をついてその頭を撫でた。さらさらでつやつやの髪の毛を軽く引っ張って顔を上げさせる。

 目隠しの殿下はされるがままだ。紅潮した頬に舌を這わせて、耳元で囁く。


「次はどうされたいか、自分で言ってみてください」


 その通りに、してほしいことをやってあげるから。


*


 部屋まで運んできた夕食を食べた後、ロキ殿下は満足して帰っていった。さすがに疲れたので、シャワーを浴びてすぐにベッドに寝そべる。

 明日も休みだとはいえ、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかも。だけど達成感なのかなんなのか、胸の奥はぽかぽかと温かい。


 さっきまで殿下がいたわたしの部屋は、魔術ですっかり綺麗になっている。殿下がいた痕跡なんてどこにもない。それでも、疼いた心は満たされていた。


 殿下の心もわたしでいっぱいになったはずだ。殿下はわたしに夢中なんだから。そうでなければ、勝利のご褒美に被虐なんてねだらない。


 愛しい愛しい、わたしだけのロキ殿下。彼を屈服させて跪かせることができるのはわたしだけだ。たとえどんな殿下でも、わたしの奴隷こいびとであることに変わりはない。だから、わたしは殿下のすべてを受け入れよう。


 明日は試験勉強をしようかな。来週からは寮内の勉強会が始まる。今のうちに詰め込めるだけ詰め込めておかないと。

 ニルスは勉強、ちゃんとできてるかな。オフェリヤとエルセ皇女がいるから、社交はサポートしてもらえると思うけど……。


 考えつつもまどろみに身を委ねる。ゆっくりと、わたしの意識は闇に落ちていった。


* * *


 ────そして、わたしはまた夢を見る。


「やあ、カーレン・ラグナ・フリグヴェリル」


 そこは何もない白い部屋だった。部屋の中には、女の人が一人でぽつんと立っている。髪の長い、賢そうな目をした人だ。


「私は我々・・の総意のもと、君の前に現れた。本来なら、我々は人間とは接触しない。だが、度重なるイレギュラーによって実験は正常に立ち行かなくなった。よってこの世界にまつわるすべての実験は、今後永久に凍結されることとなる。だから最後に、別れの挨拶でもしようと思ってね」

「……そもそも、知らない人に挨拶なんてされる理由はないんだけど」

「いかにも。君は我々を知らない。しかし我々は君を知っている。君が『前世の記憶シナリオ』と呼んだものを君に与え、君をこの世界に招いたのは我々だからだ」


 白くて長い上着を羽織ったその人は、どこか気まずげにわたしを見ていた。


「とはいえ、我々は君との対話を望まない。我々がこの世界に滞在できる時間は残りわずかだ。この短い時間では、もはや観測記録を記す暇もなくてね。……本当に、“羽搏く者”と“重なり合う者”に結託されると我々の手には負えなくなってしまうようだ」


 ふと、その声音に聞き覚えがあるように感じる。知らない人のはずなのに、どこかで会ったことがある気がした。


「我々はこれ以上、この世界に発生した【万物の教導者】を刺激してはならないという結論を出した。……まったく。過去の“私”が遺した最後の土産が、今の私に牙を剥くとはね。それとも、我々に抗う世界ほしの導き手達を称えるべきか」


 対話を望まない、というのは本気らしい。身動きが取れないし、何かを話すこともできなかった。……前にもこんな夢を見たことがあったはずだ。


「我々が君に与えた模擬検証の記録はもうすぐ終わる。しかしカーレン・ラグナ・フリグヴェリル、君はもともとそこまで記録をなぞるような生き方をしてこなかった。たとえ未来がわからずとも、何の問題もないだろう。そもそもそれが普通のことだ」


 女がため息をついた。

 視界の端から部屋が崩れていくのがわかる。どうやらもうすぐこの夢から覚めるらしい。


「さようなら、カーレン・ラグナ・フリグヴェリル。君が辿り着く場所を見届けられないのは実に残念だが、それでも君は美しく羽搏くのだろう。君が愛して君を愛した人間達とともに、自由を謳歌するといい。この世界の歴史は、今を生きる人間だけが紡げるものだ」

「待っ──」


 身体にのしかかる負荷がようやく消えたと思ったのに、身体は望むように動かない。

 あいつが一体何だったのか、何のためにわたしをここに呼んだのか、問いただしたいことがたくさんあったのに!


* * *


 がばりと起きる。視界に広がるのはわたしの部屋だ。


 あの女はどこにもいなかった。それもそうだ、夢の中の登場人物なんだから。あんな女は、この世界には存在しない。


 身支度を整えてから、厨房に寄り、カートの用意をする。わたしと同じようにティーセットを受け取っているのは誰かの寮内兄弟ブルーダー達だ。仲間意識だけを共有して、わたし達はそれぞれの先輩達の元に向かった。


「ロキ殿下、おはようございます。紅茶はいかがですか?」

「ああ、おはよう、ニルス君」


 ノックをして中に入る。ロキ殿下がにこやかに迎えてくれた。


 寝間着姿の殿下は何度見ても心臓に悪い。蕩けきった顔とは違う色気がある。見惚れながらも紅茶の支度はちゃんとやったんだから、堂々と眺める権利はあるはずだ。


「今日は調子がよさそうだな、カーレン。何かいいことでもあったのか?」

「朝からロキを独り占めできたことですかね?」

「そう言ってもらえるなんて光栄だ。俺もまっさきに君に会えて嬉しいよ。こうして美味い紅茶も淹れてもらえるしな」


 今日は試験勉強をしないといけない。図書棟に行って、自習室を押さえておかないと。地理と古典の参考書も探したい。

 だけど、まだ時間はたっぷりある。もうちょっと二人きりでのんびりして、朝食を食べてからでも遅くはないはずだ。

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