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わたしの応援

「ニルス君、何かあったのか? なんだか元気がないみたいだが。ずいぶん気もそぞろに見えるぞ」

「特に何かあったわけではないんですけど……妙な夢を見た気がして」

「夢?」


 なんとなくそのことが引っかかって、観戦に集中できない。

 心配そうなロキ殿下に、思い出せる範囲で夢の話をする。確か、ロキ殿下とユリウス殿下がいて、でも二人は本物の二人じゃなかったような。その二人に変なことを言われて、わたしもよくわからない返事をした。夢だから突拍子もないことが起きるのは当たり前だ。


「……」

「でも、夢はしょせん夢ですから。そのうち完全に忘れてしまいますよ。今は試合を楽しみましょう?」


 殿下は「そうだな」と言って試合に臨む選手達に視線を移す。けれど、ずっと何かを考え込んでいるようだった。


 チェス大会はチーム戦だ。一学年から二人ずつ、各寮から選抜された腕利きの選手達がいて、それぞれの試合であげた勝ち点ポイントで勝敗が決まる。

 わたしは残念ながら寮内予選でボリス君に負けてしまったので、代表選手には選ばれなかった。ヴィゾーヴ寮一年生の代表はボリス君と、コルト君という真面目な学生だ。


 今はフレース寮とヴェズル寮の一年生が戦っている。フレース寮のほうが若干優勢だ。

 次の試合では、もう一人のフレース寮の一年代表がボリス君と戦うことになっている。結構楽しみだった。わたしに勝った責任は、なんとしても取ってもらわないと。


 チェス大会は大規模なイベントで、開会と閉会のセレモニーを合わせれば三日かけて行われる。ロキ殿下の出番は二日目だ。

 二日目は二年生と三年生の試合があって、三日目は四年生の試合をしてから優勝寮の代表選手達の特別試合がある。

 きっと明日も白熱した戦いが繰り広げられることだろう。わたしは観客席で応援することしかできないけど、必ずやロキ殿下の雄姿を目に焼きつけてみせる。



 一年生の試合は、ヴィゾーヴ寮の代表が二人とも勝ち点を上げて終わった。幸先のいいスタートだ。


「お疲れ、ボリス君。すごく熱い試合だったよ」


 喝采にもまれてきたボリス君に声をかける。勝利の興奮がまだ冷めないのか、ボリス君の頬は若干赤くなっている。


「聞いてよニルス殿下! さっき、ノルンヘイムの皇帝陛下みたいな人を見かけた気がするんだ。もしかしたら目に留まったかも!」

「え、そうなの?」


 辺りを見回してみるけど、それらしい人は見当たらなかった。何か不興を買って、国ごと潰されるようなことがあってはたまらない。振る舞いには気をつけないと……。


「皇帝陛下はチェスがお好きらしいからね。さっきのボリス君の活躍ぶりなら、きっと興味を持ってもらえたと思うよ」


 ボリス君は嬉しそうだ。何がコネに繋がるかわからないから、彼も一生懸命なんだろう。友達の努力が実を結ぶならわたしも嬉しい。


 今日の試合が終了して寮に戻ってからも、我らがヴィゾーヴ一年生の健闘を称える熱は引かなかった。でも、祝賀会はヴィゾーヴ寮が完全勝利を収めてからだ。



「ロキ。明日の試合、頑張ってくださいね」

「最善は尽くすさ。伯父上とユリウスの前で手を抜くわけにもいかないしな」


 明日は大事な試合なので、今日は殿下のお部屋にちょっと立ち寄るだけにとどめた。夜更かしさせて、万が一遅刻なんてしてしまったらおおごとだ。


「君のために勝利を捧げよう。期待してくれよ、お姫様」


 殿下はそう言って、わたしの手の甲にキスをする。わたしを見上げるその目がとても愛しくて。


「もう、ロキったら。大げさですよ」

「大げさなものか。それぐらいの覚悟がなければやってられない」


 いつくしむように添えられた手を軽く引いて、殿下はわたしを抱き寄せた。


「今日はきっと変な夢は見ない。だから、安心して眠るといいぜ」


 甘えた様子があまりに可愛らしくて、頭をついつい撫でてしまう。柔らかい臙脂の髪は手触りがよくて、むしろ撫でているわたしのほうが気持ちいいくらいだ。幸い殿下も心地よいと感じてくれているのか、目を細めて頭をわたしに預けてくれた。


「……大事な大事な君に手を出されれば、いくら怠惰な猫でも目覚めざるを得ないんだ」

「ふふ。こうしていると、本当に大きな猫みたいですね」


 ロキ殿下の喉や顎の下に手を伸ばす。そこを撫でると、殿下はくすぐったそうにじゃれついてきた。おっといけない。自制心、自制心……。


 わたしからもキスをして、就寝の挨拶をしてから部屋に戻る。

 殿下の言った通り、ぐっすり眠りにつくことができた。


*


 チェス大会の二日目は天気に恵まれた。夏らしい太陽が照りついて、少し暑いくらいだ。


 今日の試合は二年生と三年生。出番はまだだけど、前年度の実績からかユリウス殿下とロキ殿下の強さはすでに学園中に知れ渡っているらしい。他寮からは諦めの雰囲気が伝わってくる。特に表情がこわばっている選手は、きっと二人の対戦相手に違いない。


 二年生の試合は順調に進んでいった。

 大方の予想通り、ユリウス殿下は洗練された美しい棋譜を残して勝利した。ヴィゾーヴ寮の勝ち点を増やした殿下は、当然という顔で壇上から降りる。あそこまで圧倒的だと、むしろ対戦相手もよく頑張ったほうに思えてきた。


「……飽きたな」


 殿下がつまらなそうな顔をしたのは、三年生の試合が始まってすぐのことだ。今はフレース寮の三年生と、もう一人のヴィゾーヴ寮の三年生代表が戦っている。

 彼らには悪いけど、確かにユリウス殿下達の芸術的な試合の後だと少し見劣りするものだ。もちろん、彼らは彼らで高レベルな戦いを繰り広げている。わたしだって手に汗を握っているけど……ロキ殿下ぐらいの実力者からすると、退屈に思えてしまうのかもしれない。


「殿下、もうすぐ殿下の出番ですよ。もう少しお待ちください」


 この試合が終われば、次はロキ殿下の出番だ。対戦相手はヴェズル寮。そこでは楽しい勝負ができるといいんだけど。


「ああ、違う違う。チェス大会のことじゃない。だが、そうだな。出番が来るまでに終わらせるか。どうせいつかは終わらせようと思ってたんだ」

「?」

「底が見えたから、もういい。上位者気取りの遊びに付き合ってやるのももう飽きた」


 殿下は軽く目を閉じる。次に目を開けた時、なんだか纏う空気が変わったような気がした。

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