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俺の関心

* * *


 昼のカフェテリアは大盛況だ。寮の食堂と同じくビュッフェ式のこの場所には、昼休みやティータイムになると室内でのんびり好きなものを食べたい学生達が集まってくる。ヴェイセルのように騒がしいのが嫌いな奴はランチボックスを持参し、もっと静かで誰もいない教室や中庭の隅を陣取るらしい。


「どうなんだい、あの下級生は」


 かたりと横から音がする。空いていた右隣の席に、見た目と栄養バランスが考え抜かれたプレートの載ったトレーが置かれた音だ。

 そのトレーは、彩りから盛り付け方まで美しいの一言に尽きる。相変わらず、どこまでも完璧にしたがる奴だ。

 ラザニアで埋め尽くされた俺のプレートを一瞥し、「今日はそれの気分か」「ああ。たまに、無性にこれが食べたくなるんだ」ユリウスはそのまま席についた。


「色々と助かってる。細かいことにもよく気がつくからありがたいよ」


 あの下級生――――ニルス君を寮内兄弟(ブルーダー)に選んで一週間ほど経った。まだ学園生活にも慣れていないだろうに、何かと後を付いて回ったり世話をしようとしたりしてくれる。

 その姿勢は評価したいし、いじらしいとすら思える。もちろん、彼……彼女がそう振る舞う最大の理由であろう、秘めた野心も含めてだ。


「それは何よりだ。いつもの気まぐれかと思ったけど、案外うまくやれているようだね。それにしても、どうして彼を選んだんだい? 君のことだ、彼が紫色素だったから……なんて、そんな安直な理由じゃないだろう?」


 さすが我が従弟にして主君と定めた男だ。

 確かにニルス君は、なんらかの不思議な力を有しているだろう。あの綺麗な金髪の毛先にうっすら浮かぶ、紫色がその証拠だ。

 目の色、髪の色、あるいは生まれついて肌に浮かぶ紋様、果ては血の色まで。身体のどこかに紫の色素を持つ者達はみな一様に人智を越えた不思議な力を持つため、かつては邪神の寵児とも呼ばれていた。


 だが、俺がニルス君を指名したのはまったく別の理由だった。もしニルス君が紫色素でなくても、俺は彼女に声をかけていただろう。

 だからニルス君がどんな力を持っているか、直接尋ねたことはないしする気もない。彼女から教えてくれるなら構わないが、どうせなら自分で暴きたいところだ。


「理由は簡単、俺が母親想いの孝行息子だからさ」

「ふぅん。叔母上もさぞお喜びだろうね」


 笑いながらそう返す。ユリウスは生返事でサラダを口に運んだ。


「お前もルークス君を寮内兄弟ブルーダーに選んでやったらどうだ? 知らない仲でもないんだし」

「彼ならば、僕の庇護などなくても平気だよ。それに僕は、寮内兄弟ブルーダーを持つ気はないからね」


 まともな答えが返ってくれば重畳、意味のわからないものなら理解する気はないが尊重する。それが、俺に対するいつものユリウスの態度だった。ユリウスは俺の扱い方をよくわかっている。まったくよくできた奴だ。


 俺がニルス君を助けた理由はとても単純だった。そう、ただの人助けだ。

 なんのためか、ニルス君はわざわざ男装してまで男子校(デア・ミル)に入学してきた。かなり破天荒な子らしい。監督生の寮内兄弟(ブルーダー)になれば、一般生徒に混じって学園生活を送るよりも幾分過ごしやすくいられるだろう。


 そう気を回したのは、昔から母上に「女性には優しくなさい」と言い聞かされてきたからだった。

 ヘズガルズの王妹たる母上は、元々ノルンヘイムの王族だった人だ。ノルンヘイム帝国が初代皇帝シグルズの妹、その名の威光は広く届く。

 ノルンヘイムがまだ王国と呼ばれていたころ、王女だった母上は同盟締結のためにヘズガルズの王太子の元へと嫁いだ。嫁いで早々、宰相のローフォール伯爵と組んで革命を起こし、義両親と夫を幽閉して実権を握ったわけだが。三人とも幽閉中に死んだらしいが、どうせ母上の差し金に決まっている。

 当時の母上は身重だった。まだ母上の(はら)にいた俺に代わり、空いた玉座にはノルンヘイムの王子だった伯父上が座った。俺が成人すれば玉座は俺のものになるが、それまでは伯父上のものだ。


 どうして自分が女王にならなかったのか、母上に尋ねたことはないが――――きっと答えは、「お兄様のほうが(まつりごと)がお上手ですもの」だろう。本音は「だってすべては最愛のお兄様のためにしたことなんですもの」に違いない。そういう人だ、母上は。


 母上が俺にレディファーストを叩き込むことについて、家臣達は何も訝しがらなかった。彼らは知っていたからだ。夫たる王太子が、いかに母上を粗雑に扱ったのか。

 大国の王女を娶っておきながら、妃が嫡子(おれ)を身ごもった途端に他の女に走った男。政務は妃と側近に任せきりで、自分は遊び呆けていた名ばかりの王太子。俺が夫そっくりに育たないように危惧しているのだろう、というのが家臣達の見解だった。


 もっとも、それもどこまでが正しいのやら。だって俺は知っている。母上の夫だった元王太子は、俺の父親ではないことを。

 俺はヘズガルズ王国の王太子だ。継承権は第一位、卒業と同時に戴冠することが決められている。だが、その俺にはヘズガルズの王家筋の血なんて一滴も流れていなかった。これほど面白いことも中々ないだろう!


 俺は、自分の本当の父親が誰か把握している。母上がノルンヘイムで秘密出産した、同父妹がいることも知っている。

 妹は、父上と共に暮らしていた。今年ディー・ミレアに入学したはずだ。王女の身分こそないが、彼女は彼女で幸せそうだった。母上も父上も、立場は異なるとはいえ俺達兄妹のことを何かと気にかけている。


 嫡男でありながら私生児でもある俺だが、出生を疑う者は誰一人としていなかった。それだけ母上と父上はうまくやったということだろう。本当に笑える。俺の外見はどう見てもノルンヘイム人のそれで、ヘズガルズ人らしさなんてこれっぽっちもないというのに。

 元王太子(ちちおや)を殺した簒奪者(ははうえ)への憎悪を吹きこもうとする佞臣もいるし、ろくでなしの元王太子(ちちおや)の血を引くからと警戒してくる忠臣もいる。だが、それら全部が見当違いのお節介だ。まったく、こんな愉悦を味わわせてくれた母上と父上には感謝しかないな。

 書類上は俺の父親の、元王太子のことは正直どうでもいい。女遊びしかできない、つまらない男だからだ。母上のほうが悪党としては何枚も上手で、だから国も血筋も乗っ取られたのだろう。ヘズガルズはノルンヘイムの同盟国だが、その実態は傀儡だ。


 母上は国中を欺いた。俺が生きているだけでその派手な演目(うそ)に加担できると思うとぞくぞくする。こんな楽しすぎる境遇を与えてくれたんだ、両親を恨むわけがなかった。

 むしろ世界のすべてを騙してまで我を通した両親を愛しているし、尊敬している。三つ年下の妹のことも、大手を振って兄とは名乗れないとはいえそれに準じる立場にはあるので堂々と可愛がっていた。

 唯一不満なのは、ヘズガルズの王子として伯父上の傀儡のように周囲から思われることだが……まあ、従弟のユリウスのことは気に入っている。彼は彼で面白い奴だ。伯父上のことは苦手だが、ユリウスに仕えるのなら悪くない。


「ん? おーい、ニルス君!」


 遠くに見えた、紫がかった淡い金髪。昼食の載ったトレーを手にして所在なさげに周りを見渡している。見間違えるはずもない、ニルス君だ。片手を上げて呼びかけると、ニルス君はすぐに俺に気づいてやってきた。

 寮の食堂もそうだが、カフェテリアには在校生達の指定席のようなものがある。もちろんそれは非公式のものだが、不文律として決められていた。おかげで新入生達はどこに座ればいいのかわからずにだいぶまごつくらしい。


「ロキ殿下、ありがとうございます。ご機嫌麗しゅう、ユリウス殿下」


 向かいの席に座れよ、と指し示すと、ニルス君ははにかみながら着席した。意図して声を変えているのか、元からそんな声なのか、低いながらにも軽やかな声音が耳に心地良い。


 俺は人間を観察()るのが好きだ。観察()られるのは嫌いだが。だから、ニルス君が女性だということは一目でわかった。

 手の形、指の太さ、肩幅、輪郭、骨格……きっと周囲は彼女のことを成長途上の華奢な少年と思っているだろうし、本人もそう思われたがっているはずだ。だから、わざわざその秘密を口外する気はなかった。そんなことをしたって面白くもないからだ。

 ニルス君の正体は、ディー・ミレア学園にいるはずの姉王女カーレン嬢なのか、それとも男として育てられただけの少女なのか、あるいは何か事情があって女性の身体と男性の心を持っている人物なのか。わからないが、わからないからこそ面白い。だから俺は、彼女を観察()ていることにした。


 これまでニルス君と過ごしていて、わかったことがいくつかある。


 一つ目は、食べ方が綺麗で料理を美味しそうに食べることだ。マナーの面というよりも、それ以上に姿勢や所作が丁寧で美しい。きっと元々の気質なのだろう。

 それに偏食気味の俺とは違い、ニルス君はなんでも残さず食べる。多分その傾向は、栄養を摂りたいからまんべんなく食べるユリウスに近いだろう。

 だが、そのうえでニルス君はきちんと食事を楽しんでいた。食事の時間も仕事のひとつと思っているユリウスにはない発想だ。食材に感謝し、ひとかけらも無駄にせずに糧として吸収するのは自給自足を標語とするフリグヴェリルの出身だからだろうか。


 二つ目は、本当は運動が得意なのにそれを隠そうとしていることだ。本物の弟王子ニルス君は虚弱なのかもしれない。

 彼女は実力以上に体力や筋力がないふりをして、周囲にもそういうものだと誤認させていた。元々の性差の助けもあるかもしれないが、さすがの演技力といったところか。

 そのうえ、持久性と派手さがないだけで護身術程度はそれなりにできると示してはいて、軟弱さについての揶揄の言葉はかわしている。弱すぎず強すぎず、畏れられはしないが侮られもしない。ニルス君は絶妙なバランスのもと、うまく埋没する地位に収まっていた。

 とはいえ、こと剣術そのものの実力については意図して手を抜いているわけではないだろう。恐らく彼女が本当に得意としているのは、馬術や弓術……そして魔術のはずだ。

 魔術の腕は隠す意味がないと判断しているのか、そちらの成績には目を見張るものがあった。この調子なら、きっと魔術の特別講義も受講できるだろう。


 三つ目は、打算的で善悪よりも利害を重んじる性格であることだ。ニルス君は、自分にとって利益のある人間を探すのがうまい。

 かといって腰巾着のように追従するわけでもなく、それとなく懐に入り込んで友人としてうまくやっている。

 もし俺が入学式の時に声をかけていなかったとしても、ニルス君から寮内兄弟(ブルーダー)を志願してきたかもしれないし、自力で他の宿り木を見つけられたかもしれない。

 彼女はきっと、使えるものならなんでも使う性質(たち)だ。そばにあるものをどう使うか、ほしいものが手元にないときにどうするか。目的のためなら手段は選ばない姿勢は評価したい。それが(ヘズガルズ)従弟(ノルンヘイム)の害になるならともかく、そうでないならそのありようをわざわざ咎める必要もないだろう。


 世渡りがうまく、打算的なニルス君。その根底には祖国への愛があるはずだ。それなのに何故、性別を偽り故郷を離れてわざわざデア・ミルに入学したのだろう。

 引き続き彼女を観察していれば、いつか答えに辿り着けるだろうか。でも、簡単にわかってしまったらつまらないな。


 ……いや、違う。そのころには、また違う疑問が湧いているかもしれない。あるいは興味か。彼女が次に何をするのか、プレゼントをもらう子供のように楽しみに待つ自分の姿を想像して、期待に胸が高まった。


 男子校に男装して通おうとする、前代未聞で破天荒なニルス君――――彼女なら、もっと面白いことを俺に見せてくれるかもしれない。


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