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閑話6 王子の友誼

「この前、マダム・フロレンの店でドレスを仕立てましたの」

(ごめんあそばせ、自慢ではありませんのよ? 貴方のお家の財力ではとても手が届かないでしょうけど)

「まあ! 羨ましいですわ!」

(貴方に着られるなんて、ドレスも可哀想ですこと)


 うるさい。うるさいうるさいうるさい……。

 これだから人がたくさんいるところは嫌いだ。僕の異能は全然制御が効かないから、聞きたくないことばかりを拾い集めてしまう。

 入学したばかりのころにルームメイトと喧嘩をしたのも、この異能が原因だ。相手の虚栄心と露骨な嘲笑に晒されて四年も過ごすなんてまっぴらだった。一人部屋になったのはとても幸運と言えるだろう。


 僕の危険な異能については、教師陣の判断によって厳重に秘匿されている。

 といっても、それが心の声を聞くことだとは言っていない。それはカーレンの異能じゃないからだ。


 魅了の力も心の声を聞く力も、危険なことに変わりはない。「魅了の力でヘズガルズの王太子をたらしこんだ」なんて噂が立てば、ヘズガルズ王室……ひいてはノルンヘイム帝室の名にも傷がつく。教師陣はカーレンを一般生徒とあまりかかわらないようにさせることで、僕の秘密を守ろうとした。おかげで僕は隔離されたような学園生活を送っている。平和でいいけど、ちょっとした移動や……学生同士の交流に引っ張り出される時はその限りではない。


(カーレン姫がお茶会に来るなんて、珍しいこともあるものね)

(誰があの子を呼んだのかしら。ロキ様の婚約者だからと、最近図に乗ってらっしゃるのではなくって?)


 知らない奴らが勝手なことを言っている。だから人の多いところに行きたくはないのに。

 ディー・ミレアでは、休日や放課後に学生がお茶会を開くことは日常茶飯事だった。今日も暇な皇女様がお茶会を開いている。同じ寮生なら誰が来てもいいという大盤振る舞いに、皇女に近づきたいと願った学生がわらわらと集まっていた。


「カーレン様、来てくださいましたのね!」

(今日のおやつにイチゴのケーキはあるかしら)


 甘ったるい声の主は、僕をこの場に引っ張り出した張本人だ。放っておいてほしいのに……。

 でも、ここでも出不精でいたらカーレンに怒られてしまう。誘ってくれる人がいるだけありがたいと思うべきだろう。


「ご機嫌よう、オフェリヤ様」


 笑みはひきつっていないだろうか。もっとも、多少ぎこちなかったとしてもオフェリヤ様は気づきもしないだろうけど。


「こちらへどうぞ。お席は向こうに用意してありますわ。エルセも貴方とお喋りしたがっていましたもの」

(あら、ちょうちょ。なんて可愛いんでしょう)


 オフェリヤ様が他の令嬢に比べてマシだと思える理由はただ一点。この、頭が空っぽすぎて裏表がないどころか何一つ真面目に考えていないところだ。これでも褒めてる。


 オフェリヤ様に連れていかれて、主催者の前で淑女の礼を取る。主催者、エルセ皇女も挨拶を返すけど、僕を見る目は冷めていた。


(あのシフォンのリボン、ロキから贈られたのかしら? すごく素敵じゃない! あんなに似合うリボンを用意できるなんて、カーレン様のことをよく見ているのね。ロキが相手役になっているところはちっとも想像できないけど、カーレン様みたいな綺麗な方ならきっと恋愛小説みたいな恋をしているはずよ。羨ましいわ……。一体どんなやり取りをしてるのかしら。甘くてきらきらして、夢見るような幸せなものには違いないでしょうけど。ああ、聞いてみたい!)


 うるさっ。


(わたしもそんな恋がしたいのに! どうしてわたしはオフェリヤみたいに自由に生きて、カーレン様みたいに真実の愛を見つけることができないのかしら。いいえ、いいえ、もちろんわかっているわ。わたしはノルンヘイムの皇女ですもの。でも、せめてお父様とお母様のように運命の恋を見つけることができたなら……そう願うことぐらいは、許されるわよね?)


 エルセ皇女はまるで人形のような人だ。この人が心の中ではこんなにかしましいなんて、知っているのは僕と……彼女と一番付き合いの長いオフェリヤ様ぐらいのものだろう。


 だけど残念ながら、カーレンとロキ王子の実際の関係については恋に恋する夢見がちな皇女様のお気に召さないものだと思う。もし彼女の想像通りなら、王子を見るカーレンから聞こえてくる心の声に、びしばし伝わる独占欲と昏い熱は存在しない。

 身内の恋愛模様はさすがに気恥ずかしいので、深入りはしていないけど。当事者同士がそれでいいならいいんじゃないか? あのカーレンが誰かに泣かされるなんてこと、あるはずがないし。


 ちなみにこのリボンは僕が自分で買ったものだ。褒められて悪い気はしない。

 昔からカーレンのふりをするたびに長い髪を自分で編んでいたので、ヘアアレンジは意外と得意だった。アクセサリーにもこだわりがある。


 エルセ皇女が聞きたそうにしているので、当たり障りのない惚気話をいくつかあげておく。どれもカーレンから手紙で聞かされていたことだ。

 興味はないけど、こういう時に役に立つ。皇女が好きそうな脚色をからめれば完璧だ。あとはオフェリヤ様が勝手に話を広げてくれる。エルセ皇女はつまらなそうな顔をしているけど、興奮しきった心の声が聞こえてくるので問題はないだろう。


 エルセ皇女はわりと単純思考だから、相手をするのが楽と言えば楽だ。

 ただ、心の声がとてもうるさいせいで、実際の声が掻き消されがちなのが少し困る。なんならオフェリヤの声まで上書きされる。


 ……まあ、こっちを見ている他の令嬢達の嫌な本音を軒並み塗りつぶしてくれるから、悪いことばかりじゃないんだけど。


 ついでに言うと、オフェリヤ様がエルセ皇女の内心を察するスキルを持っているせいで、僕と発言が被ってしまうのも申し訳ない。それで気分を害するほどオフェリヤ様が繊細じゃないのは幸運だった。


 最初は不安しかなかったけど、エルセ皇女とオフェリヤ様とはなんとかうまくやっている……と思う。少なくとも、“カーレン”を嫌わせてはいない。他の令嬢からどれだけ嫌われようとも、この二人から好意を得ていればカーレンは怒らないだろう。


 話題はエルセ皇女の婚約に移り変わった。兄のユリウス皇子が婚約したから、自分もそろそろだとエルセ皇女は身構えているらしい。同盟国の王子達か、それとも遠い異国の盟主の子か、あるいは身近でエルセ皇女を見つめ続ける貴公子か。


 自分の縁者を売り込もうとする令嬢達を尻目にケーキを頬張る。オフェリヤ様待望のイチゴのケーキだ。美味しい。

 レシピを教われば、僕でも作れるようになれるかな? カーレンに味見をお願いしよう。……先生、喜んでくれるかな。


* * *

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