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お手をどうぞ、悪辣王女(おひめさま)  作者: ほねのあるくらげ
第三章

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わたしの苛立

 舞踏会の初日は、ちょっと変わった令嬢に会ったこと以外はつつがなく済んだ。

 問題は二日目、つまり今日。昨日の厄介ごとは、大きく影を落としていた。


「まさかまたお会いできるだなんて。わたくし達、運命で結ばれているのかもしれなくってよ」

「申し訳ないが、俺の運命には先約がいるんでね。多分、君は手繰る糸を間違えているんじゃないか?」


 はしゃぐ女の子の声に、冗談めかしたロキ殿下の声が続く。女の子の声には聞き覚えがあった。


「つれないことをおっしゃらないで。先約だなんて、糸が絡まってしまっただけかもしれませんもの。ですから、ほどくのを手伝ってさしあげますわよ?」

「生憎、俺はそう思っていないんだ」


 この角を曲がればロキ殿下の客室だ。昨日の令嬢が、まさか殿下の素性を突き止めて朝から部屋に押しかけて来たなんて。


「意地悪な方ですこと。ですがわたくしは寛大ですから、少しの目移りは多目に見てさしあげますわ。まっさきにわたくしの手を取らなかったことも、時の悪戯として許しましょう」

「……仮にも俺に好意を持った気でいるのなら、少しは俺の話も聞いてくれないか。自分に都合のいいことばかり信じずにさ」


 足早に客室へと向かった。昨日の令嬢が、しなだれかかる勢いでロキ殿下に迫っている。殿下がドアに背中を預けて立っているのは、絶対に部屋の中には入れないという意思表示のようにも見えた。困り顔の衛兵は対して役に立っていないらしい。


「ロキ殿下! おはようございます!」

「おはよう、カーレン姫」


 一歩踏み出し、とびきりの笑顔を作る。ロキ殿下は安心したようにわたしを見た。

 ご令嬢は虫を見るような目でわたしを一瞥したけど、その隙をついて衛兵がご令嬢をやんわり引き離す。もしかして、ご令嬢の初手の勢いが強くて殿下でないと抑えきれなかったから、殿下ご自身が対応していたのかもしれない。


「悪いな、ヨランダ姫。俺の運命の糸は絡まることなくまっすぐ彼女に伸びているんだ。君も、よそに目を向けたほうがいい」

「いいえ、いいえ。わたくしは諦めませんわ、ロキ様。月下に手を差し伸べてくださった貴方こそ、わたくしの探し求めていた方ですもの」


 は?


「ご安心なさって。真摯にわたくしを見つめていた夜空の瞳に宿る真実、わたくしにきちんと届いておりますわ。今は無理でも、いずれ必ず運命はあるべき形へと収束することでしょう」


 はぁ!?


「今宵の舞踏会、お待ちしておりますわ。レディに恥をかかせるような真似など、ヘズガルズの王太子ともあろう方ならいたしませんわよね?」


 笑みの浮かぶ口元を扇子で覆い、ご令嬢……もといヨランダは淑女の礼をして踵を返す。

 すれ違いざま、品定めするような視線が突き刺さった。わたしを横目でじろじろ見たヨランダは、鼻で笑って去っていく。


「……ロキ殿下、どういうことかおうかがいしても?」

「俺も訊きたいんだが……」


 ロキ殿下はため息をついてわたしを部屋に招き入れ、使用人達に退室を命じた。



「彼女がヨランダ姫だとわかったのは、君を部屋に送り届けた後に生垣の件を報告してからだ。向こうは俺のことに気づいてなかったみたいだが、夜のうちに手あたり次第調べたらしい。今朝、君に挨拶に行こうと思って外に出たところを捕まったんだ」


 ロキ殿下はため息をつきながら服を脱いでソファのすぐそばの床に膝をつき、体を丸める。わたしはそれをただ見ていた。


「ユリウスから聞く限り、中々独特な感性を持っているんだろうとは思ったが。実際に目にしてみるとすさまじいな。いかんせん互いに国の名を背負う身だから、無下に扱うわけにも……カーレン?」 


 背中の上に足が乗せられなかったのが不思議だったんだろう。殿下は怪訝そうに顔を上げる。


「どうかしましたか?」

「え、いや、人がいないだろ? あ、今日は椅子になったほうがよかったか?」


 だからいつも通り二人の秘め事を、と促すように、ロキ殿下は膝を立てて四つん這いになる。わたしはそれを無視してソファに腰掛けた。


 ……ロキ殿下が悪いわけじゃない。これは、ただのわたしのわがままだ。


「正直に答えてください。ヘズガルズにとって、フリグヴェリルの王女とヨドゥンの王女はどちらがよりうまみのある相手ですか?」

「……純粋に国力だけで言うなら、ヨドゥンの圧勝だ。フリグヴェリルじゃ勝負にもならない。だが、フリグヴェリルは大陸にとって未開拓の市場しじょうだぜ? モンスターと共に生きるフリグヴェリルとの国交にこぎつければ、どんな利益に結びつくか。そんなフリグヴェリルを蹴ってまで、ノルンヘイムとの関係が良好とは言えないヨドゥンを選ぶ意味はない」


 椅子の役目を奪われ、ロキ殿下は所在なさげに上体を起こした。膝を揃えて座り直し、殿下は戸惑いながらも答える。いつもと勝手が違うからか、そわそわしているようだった。


「なら、わたし達の婚約に口出しされるいわれはありませんね」

「君を不愉快にさせたなら謝ろう。ただ、これは信じてくれ。俺達の婚約は正式なものだ。今さら他国からの横槍が入ったって、婚約者の交代は起こらない」

「謝ってほしいわけではありません。そもそもロキは、何も悪いことをしていないでしょう?」


 微笑みかける。殿下はほっとしたように表情を緩めた。「座ったまま、もっと近くに来てくれますか?」靴を脱ぎながらそう頼むと、殿下は何の疑問も抱かず足元に来てくれた。


「わたし、ヨランダ姫のことなんて気にしていませんよ。だってあの人は、こんなことできないでしょうから」


 逃げられないように殿下の両腕を掴んだ。ダンスを踊る時のように広げて、しっかり固定する。そして、ステップを踏むように────


「ん"ッ!?」


 じわり、星空の瞳を生理的な涙の膜が覆っていった。けれど、制止の合図はない。


「ッ、ぁ、れん……!」

「あは。大地と一緒ですね。人が踏みしめれば踏みしめるほど、土は固まっていってやがて道になるんですよ」


 緩急をつけつつ、絶妙な力加減になるよう細心の注意を払う。

 フリグヴェリルの収穫祭を思い出した。果実酒に仕込むため、採った果実を丁寧に踏みつけて果汁を絞る儀式があるからだ。毎年、一生懸命絞ったっけ。


 楽しい。真っ赤な顔で必死に耐えようとしているロキ殿下は、この濁った喘ぎ声がご自分のものだと気づいているんだろうか。


「嬲られるのがそんなにお好きだなんて。ふつうの男の人って、こんなことをされても痛くて苦しいだけだと思うんですけど。恥ずかしくないんですか?」


 殿下は快感を逃がすように悶えはするものの、それだけだった。やめてくれと吐息交じりにする懇願も、媚びきった眼差しのせいで逆の意味にしか聞こえない。


 逃げようと思えば、わたしの腕なんて簡単に払いのけられるはずだ。力が入らないとしても、男女の体格差を覆すほどでもない。そうしない理由は、蕩けた愛しいその目が教えてくれる。


「ヨランダ姫ったら、ロキのことをすっかり勘違いしてるみたい。本当のお姿をご覧になったら、きっと幻滅されてしまいますね。そのほうが付きまとわれなくていいかもしれませんが。どうします? お呼び立てします?」


 殿下はふるふると首を横に振る。当たり前だ。殿下の秘密を知るのはわたしだけでいい。他の誰かには絶対に見せないんだから。


「本当は見てほしいんじゃないですか? 貴方がいかに淫乱な恥知らずか知ってもらいましょうよ。貴方の運命の人になる覚悟がヨランダ姫にあるなら、こうやって虐めてくれますから。ね? どちらに転んでもお得でしょう?」


 返事はまともな声にならない。それでも拾える言葉を繋ぎ合わせる。「きみがいい」────ああ、なんていじらしいの!


「ロキには首輪じゃなくて、貞操帯のほうがお似合いだったかもしれませんね。首輪と違っていつでも身に着けられますし。早速用意しましょう。躾は早いに越したことはありませんから」


 ついに殿下が我慢の限界を迎えたので、足を離して嘲笑わらう。快楽を享受するのに夢中で聞こえていないかもしれないけど。


「四六時中枷をつけておけば、いつ嬲られても情けない姿を晒さなくて済みますよ。嬉しいでしょう? ほら、お礼は?」


 放心状態で倒れ込む殿下を受け止めて囁く。何が何だかわかっていないようだったけど、うながされるままに小さな声でお礼を言った。可愛い。


「ロキもとっくにわかってますよね? 貴方みたいに人として終わってる変態、愛せるのはこのわたししかいないって」


 殿下はぎゅっとわたしにしがみついて、無言のまま頷いた。

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