表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/56

わたしの不安

 ユリウス殿下とヨドゥン王国の王女の縁談。それは、わたしにとってはあまりよくない知らせだ。何故ならわたしは、『わたし』を通じてその顛末を知っている。

 その出来事イベントは、『わたし』がユリウス殿下に恋をしたときに発生する。ヨドゥンの王女は、『わたし』達の恋に刺激を与えるスパイスで────『わたし』が復讐者としての役目を放棄していないか疑ったロキ殿下が送り込んだ刺客だ。


 数いる婚約者候補を押しのけて、ユリウス殿下は『わたし』を選んだ。ユリウス殿下の婚約者候補達が集まる舞踏会でのことだ。

 そこで『わたし』はユリウス殿下の婚約者の座を狙う意地悪な令嬢達にいじめられるも、ユリウス殿下の正式な婚約者として発表される。恋に破れたヨドゥンの王女は凶行に走って捕らえられ、背後に自分をそそのかした者がいることを示唆したのちに暗殺された。

 もちろん、『わたし』はユリウス殿下の機転によって助けられるので怪我一つ負っていない。むしろ、危機を乗り越えた『わたし』とユリウス殿下の仲がいっそう深まる結果になった。けれど彼女が遺した爆弾ことばのせいで、黒幕(ロキでんか)を巡って宮廷には疑惑が立ち込める……といったところだ。


 自分の使用人を『わたし』にけしかけ、その間にユリウス殿下に夜這いをかけて毒―王女は媚薬だと思っているけど、ロキ殿下は彼女に毒を渡していた―を飲ませようとするという中々行動力のある人だけど……『記憶』では、王女の顔はよく見えなかったし、名前すらも明かされなかった。『わたし』をいじめ、ロキ殿下にそそのかされてユリウス殿下とわたしの命を狙うためだけにいる、端役の一人に過ぎないからだ。けれどヨランダ・マルカ・ヨドゥンという名前を聞いて、その実態が現実味を帯びてきた。

 嫉妬にかられ、自分を選ばなかったユリウス殿下と目障りなわたしに見当違いの憎悪をぶつけた人。現実のロキ殿下には、彼女を焚きつける理由がない。ロキ殿下はわたしを王位簒奪の駒として扱わないからだ。ユリウス殿下の命を狙ってノルンヘイムを転覆させたいなら、もっとほかにやりようがある。それに、ロキ殿下のことを信じたかった。


「ヨドゥンの王女には、あまりいい噂を聞きません。彼女がユリウス殿下の妃に選ばれることはないのでしょう? 逆上して何をしでかすか」

「へぇ。君の情報収集力はさすがだな。ヨランダ姫は表に出ないことで有名なんだが、よく知ってるじゃないか」


 ロキ殿下は面白そうに笑う。ここは殿下の私室なので、殿下には服を脱いでもらってわたしのフットレストになってもらっている。「馬鹿にしないでください」足蹴にすると、殿下は歓喜に染まったうめき声をもらした。


「舞踏会にはロキも参加するんですか?」

「ああ。大規模な見合い会場とはいえ、名目上は春の祝いだからな。君のところにも招待状は届くだろう。申請すれば、皇宮から特別製の馬車が迎えに来てくれるぜ?」


 ノルンヘイムの特別製の馬車……ちょっと気になる。きっとかなり高等な魔法がかけられているんだろう。


「ユリウス殿下の婚約者は、すでに目途が立っているんでしょうか」

「うーん……。そこまでは俺も知らないが、候補者の話を聞く限りだとミナギサ帝国の姫君が一番可能性としてはありえるんじゃないか? ミナギサは東方大陸の強国だから、東方大陸進出の足掛かりとしてはちょうどいい」


 なら、ヨランダがフラれるのは確定事項だろう。『記憶』ではヨランダの怒りは『わたし』とユリウス殿下に向けられたけど、現実で狙われるのはミナギサ帝国のお姫様かもしれない。

 ユリウス殿下の縁談がどうこじれようが、フリグヴェリルにはちっとも関係ない。でも、わたしとロキ殿下が出席する場で刃傷沙汰はごめんだ。わたし達が巻き込まれないとは限らないし。できればヨランダには、何事もなく穏便に舞踏会から帰ってもらいたい。むしろ参加しないでほしいぐらいだ。


「舞踏会は三日間開催されるんだ。ノルンヘイムの皇帝陛下からの招待だから、公休扱いにもなる。俺は三日間滞在するつもりだが、君はどうする?」

「ぜひ!」


 せっかくの誘いを無下にして、ノルンヘイムに目をつけられるようなことがあったら大変だ。念願叶ってロキ殿下の婚約者という立場を手に入れたのに。

 なにより、わたしの目の届かないところでロキ殿下をヨランダに会わせたくなかった。『記憶』と現実は違うとわかっていても、それはそれ。わたしのあずかり知らないところで二人に結び付きができるのは面白くない。


「それはよかった。そうだ、せっかくだからドレスを贈ろう。当然、俺にエスコートさせてくれるんだろう?」

「貴方以外に誰がわたしの手を取れるんです?」


 足を軽く持ち上げると、顔を上げたロキ殿下は物欲しそうな目でそれを追った。指で合図すると、ぱっと顔を輝かせて向き直る。

 殿下の口元にすっと爪先を寄せると、跪いた彼はうやうやしくわたしの足を支えて指を口に含んだ。殿下は舌で優しく丁寧にわたしの指を撫でる。

 忠誠を示す奴隷のように、あるいは称賛を求める仔犬のように。ロキ殿下はわたしを見上げ、幸せそうに奉仕している。少しくすぐったいけど、それ以上にわたしの心も満たされていった。


*


 案の定、ユリウス殿下とヨランダのお見合いは失敗に終わったらしい。「つつがなく禊が済んだ」という建前のため、舞踏会には参加してしまうらしいけど……手紙の爆撃がなくなったところを見ると、どうやらうまく話をつけられたようだ。その代わり、ユリウス殿下はだいぶ疲弊していた。ロキ殿下はげらげら笑っていたけど。


 春のお祝いの舞踏会は、当然“カーレン”として参加する。ニルスは「そんな人の多いところなんてまっぴらだ!」と青い顔をしたので、“ニルス”は病欠だ。わたし達はこっそり入れ替わった。「ドレスはもう向こうに運ばせたから」とロキ殿下に言われていたので、学園を出る時に本格的に盛装に着替える必要がなく入れ替わりは簡単に済んだ。

 特別製の馬車の効果は抜群で、会場であるヴァンペル城にはすぐに到着した。迎賓館として使われるここは招待客の滞在先でもあるらしい。わたしの客室はとても広くて豪華な部屋だ。寝室に居間に浴室に、わたし一人のための滞在と言わず四人家族が暮らしてしまえそうな設備が整っている。このグレードの部屋があてがわれたのは、ヘズガルズの王太子の婚約者であることが考慮されてのことだろう。


「素敵……!」


 殿下が言っていた通り、部屋にはいくつものドレスが飾られていた。そのうちの一つの前に立つ。青みがかった淡い緑色のドレスだ。爽やかなその色合いは、春を祝う場にふさわしい。腰には白いリボンがあしらわれている。踊ればさぞ綺麗にひらひらと広がるだろう。ドレープを飾る薔薇は、わたしの瞳と同じ黄緑色で染められていた。


 部屋付きの使用人達は、いそいそとわたしの身支度に取り掛かった。丁寧に髪を結われ、夜会用の華やかなメイクを施されていく。鏡の向こうにちょこんと座る、長いまつ毛に縁どられた鮮やかなペリドットと目が合うと、自然と口元に笑みが浮かんだ。

 最後の仕上げとしてメイドが差し出したのは、ラピスラズリの首飾りだった。そのみごとさに息を飲む。金のチェーンを飾る、アメジストを引き連れたラピスラズリ。精巧な石座にはめ込まれたひときわ大きなそのラピスラズリは、ロキ殿下の瞳そっくりだ。淡いドレスは鮮烈なラピスラズリをよく引き立てた。



「ありがとうございます、殿下。こんな素敵な贈り物をくださるなんて」

「約束しただろう、最高のラピスラズリとそれに合うドレスを用意するって」


 支度を終えて合流したわたしを見て、ロキ殿下は満足げに笑った。彼の燕尾服のフラワーホールには、黄緑の薔薇をかたどったペリドットのラペルピンが飾られている。わたしのドレスと合せてあることは、誰の目から見ても明らかだ。


 殿下のエスコートでホールに入場する。シャンデリアのきらびやかさに目がくらみそうだ。

 招待客はデア・ミルやディー・ミレアの学生といった見慣れた顔が目立つけど、知らない人も多かった。投獄・・を免れた人だろうか。二十代ぐらいの人も多いから、卒業生もいるのかもしれないけど。


 この人ごみでは、ヨランダから殿下を遠ざけようにもうまくいかない。そもそもわたしはヨランダの顔すら知らないし。人ごみがいい具合の遮蔽になって、彼女と遭遇しないことを願うばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ