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【隕ウ貂ャ】日常

【隕ウ貂ャ險倬鹸繝サ髢句ァ】



「お味はどうかしら。お口に合うといいのだけれど」


 皇女エルセの淡々とした問いかけに、居心地悪げに縮こまっていたカーレンは頬を引くつかせながら顔を上げる。ぎこちない笑みで肯定の言葉を口にするカーレンに、エルセは冷めた目のまま「そう」と短く返した。

 無愛想な皇女の分まで場を華やげようとするかのように、彼女の横では伯爵令嬢オフェリヤが愛らしく微笑んでいる。カーレンにとっては、どちらの少女も等しく苦手に感じているかもしれないが。


「そうかしこまらないでくださいな。だってわたくし達、もう家族のようなものでしょう? ロキ兄様と婚約なさったんですもの。ロキ兄様とエルセは従兄妹ですし、わたくしにとってもロキ兄様とエルセは本当の兄姉同然ですもの。わたくし、カーレン様とも仲良くしたいと思っていましたのよ?」


 オフェリヤはそう言って、カーレンからの親愛の証—正確にはニルスからの謝罪の印だろう—として贈られたケーキに舌鼓を打つ。その言葉に悪意を感じなかったのか、カーレンは少しだけ肩の力を抜いた。


「光栄です。わたくしも、お二人とお近づきになれてこれほど心強いことはございません」


 大陸の覇者ノルンヘイムの皇女、その皇女の腹心とも呼べる伯爵令嬢、そして大国ヘズガルズの王太子の婚約者。ディー・ミレア学園のサロンで開かれた小さなお茶会は、たった三人しかいない参加者だけでこの学園の権力図を塗り替えられてしまえそうだった。

 もっとも、内の一人は素性を騙った偽姫だ。ここにいる姉王女カーレンの正体が弟王子ニルスであると暴かれれば、たちまちこの同盟は瓦解して彼も追放されることだろう。


「……」


 じっとエルセがカーレンを見つめる。何か気がかりなことでもあるのだろうか。


「ロ、ロキ殿下はとてもお優しくて、」

「カーレン様はロキ兄様のどこが、」


 カーレンとオフェリヤの声が重なった。カーレンは真っ青な顔で謝りだす。オフェリヤはきょとんとしたものの、気にしていないと微笑んで続きを話すよう促した。


「ロキ殿下はお優しくて、紳士的な方です。わたくしの一挙一動に喜んでくださいますし、常にわたくしを気遣ってくれて……。ありのままのわたくしを受け入れてくれるあの方であれば、これから先に何があろうと共に生きていける、と……」

「素敵ですわね。まるでわたくしにとってのルークスのよう。ふふ、エルセも早くそういった殿方と巡り合えるといいのですけれど」

「わたしはノルンヘイムの皇女なのよ? 結婚する相手は、わたし個人との相性より重視すべきことがあるわ。国益に結びつく相手でなければ話にならないし、わたしの降嫁先は熟考に熟考を重ねるべき事柄なの」


 からかうようなオフェリヤを、エルセはぴしゃりとたしなめる。はたから見れば険悪ささえ感じるやり取りだが、それでもオフェリヤは動じず、カーレンも委縮した様子はなかった。

 オフェリヤが気にしていないのは、生来の無神経さが理由なのだろうか。いや、姉妹同然に育った幼馴染の絆の賜物と言うべきだろう。カーレンが臆していないのは、それを察しているからかもしれない。


「まあ。エルセにも公私を両立させて幸せになってほしいという親友心を無下にしないでくださいな」

「……」


 オフェリヤはくすくすと笑った。エルセは眉一つ動かさずに紅茶を飲んでいる。それからは当たり障りのない会話が続き、ほどほどのところでお茶会はお開きとなった。


 自室に戻ってきたカーレンは、低いうめき声とともに寝台の上に身を投げる。よほど疲れたようだ。


「仲良くなんて……できるわけないじゃないか……!」


 枕を抱きしめ、カーレンは声を絞り出している。お茶会ではとても出せない本音があふれてきたらしい。


「なんだよあの皇女様、ぞ! おかげで何が何だかわからない! オフェリヤに至っては底が浅すぎて、逆になんのとっかかりもないし……。あいつ、カーレンに興味がなさすぎるだろ!」


 それからカーレンはひとしきり癇癪を起した後、気が晴れたのか「手紙でも書くか……」と起き上がった。

 どうやらニルスに宛てたものらしい。エルセとオフェリヤとは良好な関係を築けるよう努力するとか、オフェリヤはカーレンを嫌っていないが特別気に入ってもいないとか、そういうことをこまごまと書き連ねている。あくまでも自分がカーレンだという前提を覆さないあいまいな表現ばかりなので、検閲を問題なくくぐり抜けられるだろう。


 ニルスへの手紙は結びの言葉でしめくくられ、無事に封がなされた。しかし、カーレンはまだペンを持っている。そのまま彼は“ニルス”の名前でもう一通手紙を書き始めた。

 宛名はコンラード・ラシック、デア・ミル学園の教師の名だ。姉に宛てたものより真剣なまなざしで便せんに向き合う彼の口元には時たま笑みが浮かぶ。

 内容は決して情熱的とは言えない、日常のささいなことを共有するためだけの他愛ない文章ではあったが、カーレンの様子も相まってまるで恋文のように見えた。きっとこの手紙は、検閲を通さない秘密のルートでデア・ミルまで運ばれるのだろう。それはおそらく、姉からの手渡しという形になるはずだ。


*


「お願いカーレン!」

「また?」


 思った通り、ニルスカーレンに頭を差し出してコンラード宛ての手紙を渡す。カーレンは呆れたようにそれを受け取った。


「先生は、わたしに馴れ馴れしくしてこないから別にいいけど……“カーレン”と先生の仲を疑われるような真似はしてないでしょうね?」

「それはもちろん。“カーレン”に妙な噂が立たないよう気をつけてるよ。だからわざわざこうやって、君を経由してるんじゃないか。“ニルス”に対しても、他の生徒と同じように接してほしいって伝えてあるから心配しないで。そもそもこの文通は、色々と相談に乗ってもらいたいからやってるだけだし」

「それならいいの」


 カーレンはふっと微笑む。「中は読まないでね?」「わかってるわよ」姉弟は和やかな空気に包まれたまま、休日の昼下がりをのんびりと過ごしていた。

 街中とはいえ市街地から離れた人気ひとけのない公園で、周囲に気を遣う必要がないからだろう。つじつま合わせのためか、手紙ではできない込み入った内容の話題も時折上がる。だが、もっとも話題の中心となるのはあくまでも近況報告……最近食べた中で何が一番美味しかったとか、講義でここがわからないとか、そういう取るに足らない話ばかりだ。


 それは、どこにでもいるようなごく普通の姉弟の団欒のひと時にすぎなかった。

 この時の二人は、己がいかに大きな時代のうねりの中にいて、小さなその羽ばたきが何をもたらすかなどまだ知る由もないのだ。



 ――――などというのは、主観かつ推測の域を出ない独白であるからして。ただの一方的な期待でしかない。この余計な一文は削除しておこう。



【隕ウ貂ャ險倬鹸繝サ邨ゆコ】

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