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わたしの交換

 思いつきで始めた入れ替わりは、本当に誰にも気づかれなかった。


 父様も母様も、城の人達も、みんなわたしのことをニルスと呼んだ。ニルスのふりをしているときは好きなことをできないけれど、なんだかちょっと面白かった。


 十歳になるころには、ニルスの姿をしたままでも好きなことをするようになった。そうすると父様が、「ついにニルスも王子の自覚を持つようになったか」と喜ぶからだ。

 ニルスは、カーレンの姿になっていても普段と同じように過ごしている。母様は「おしとやかになったのね」と笑っていた。


 入れ替わる頻度は、その三年間でだいぶ頻繁になっていった。最初は半年に一回ぐらいだったのに、三ヵ月に一回、一ヵ月に一回、二週間に一回、一週間に一回……二日おきで入れ替わることもあった。ニルスが演じるカーレンはもうわたしではなかったし、わたしが演じるニルスももうあのニルスではなくなっていた。

 

「ねえニルス。ニルスの全部、わたしにちょうだい?」


 この国では、女の子は王様になれない。

 だからわたしは、カーレンでいるよりニルスになったほうがいいと思う。だって、ニルスは王様になりたくないみたいだったし。そのほうが、ニルスにとってもずっといいはずだ。


「でも……僕は男で、カーレンは女じゃないか。僕はずっとカーレンにはなれないし、カーレンもずっと僕にはなれないよ」

「じゃあ、ニルスはわたしより上手に王子(ニルス)ができるの?」


 ニルスは答えてくれなかった。ニルスは真っ青になってぶるぶる震えていた。


 ニルス(わたし)は、父様の手伝いがしたかった。だから難しい本をたくさん読むし、魔術の稽古も欠かしていない。国を守れるぐらい強くなりたいからだ。

 小さな小さなフリグヴェリル。この穏やかな故郷を守るためなら、なんだってできる気がした。自分がやらなければいけないと思った。だってわたしが守らなかったら、誰がこの国を守ってくれるの?


「ニルスが王子(ニルス)になれないなら、そんな地位は必要ないよね?」


 一方のカーレン(このこ)は、一人で部屋の中で遊んだり、女の子の仕事をしたりしている。ニルスは元々人の前に出るのを嫌がるから、わたしが王子(ニルス)をしている間も引きこもっていることが多い。

 特にカーレン(わたし)の友達――――男の子達とは遊びたがらなかった。「あいつらはみんな、僕を女扱いして取り合うし、すごくうるさい(・・・・)」だって。変なの。今のニルスは女の子(カーレン)なんだから、そんなの当たり前なのに。


 狩りも農作業も、外に出て遊ぶことすらしないニルス。だからニルスの肌は真っ白で、線も細い。顔立ちはわたしとほとんど同じだけど、今のニルスのほうが女の子みたいだった。

 女の子の仕事は、(はた)を織ったり料理をしたりすることだ。ニルスは手先が器用で、特にお裁縫がうまかった。……それでも、怠け気味だけど。

 フリグヴェリルは小さな国だから、王女でも王妃でも仕事をしないといけない。貴族だってもちろんそうだ。

 でも、わたしはそういう細かい作業が好きじゃなかった。わたしが王子(ニルス)をやったほうがいいように、ニルスは王女(カーレン)をやったほうがいい。


「どうしてカーレンは、そんなに王様になりたがるの? こんな小さな国で、そんな風に頑張ったって仕方ないじゃないか!」

「小さな国だから、よ。外国に負けてしまわないように、この国を守らないといけないの」


 ノルンヘイム帝国が本気になれば、フリグヴェリルはすぐに潰されてしまう。わたしはそれを知っている。

 いつノルンヘイムが牙を剥くかわからない。だから、わたしはその時に備えなければいけない。大切な人を失わないように。けれど能天気なニルスに、同じ覚悟があるとは思えなかった。


*


「まさかお前達……! 一体、いつから……」


 ニルスが言っていた通り、わたしが男の子(ニルス)になり続けるのは難しかった。十二歳になったとき、ニルスがわたしでカーレンがニルスだったことに気づいた父様は、とても驚いて、そしてすごく怒った。


 どうして怒られているのかわからない。わたしは完璧な王子(ニルス)だったのに。もっともっとフリグヴェリルが平和で幸せな国になれるよう、色々なことを考えたのに。

 兵士達をもっと強くする方法とか、地形を利用してもっと堅牢な城壁を築く計画とか、特産品の効率のいい売り込み方とか、全部ニルスでは思いつかなかったことだ。わたしが考えて、父様に提案して、褒めてもらったこともある。それなのにわたしは、どうして本当の王子(ニルス)じゃないんだろう。

 

「すまないカーレン。だがこの国では、お前を扱いきれないんだ」


 父様は何を言っているんだろう。わけがわからないまま、父様はわたしを閉じ込めてしまった。


「可愛い私のカーレン。誰からも愛されるお前に、この国は狭すぎるんだ。もっと大きい国に嫁いだほうが、お前は幸せになれる。だから、王女(カーレン)になりなさい。大丈夫、今からでも遅くない」


 わたしはカーレン。ニルスにはなれない。だから王女(カーレン)として、王女(カーレン)にしかできないやり方で国を守るしかないのだろうか。


 それならそれで構わない。仕方ない。だけど――――それでは、ニルスがあまりにも可哀想だ。


「カーレンはいずれ多くの人を狂わせるわ。無垢な子供でいられるのは今のうちだけよ、早くどうにかしないと」

「あの子を見ていると、父親(わたし)ですら正気を失いそうになる。あの子の瞳が、ただ恐ろしい」

「国外に嫁がせたところで、あの子が幸せになれるとは限らないわ。むしろもっと大きい災いを招いてしまったらどうするの?」


 その日の夜、父様と母様はそんな話をしていた。意味はよくわからなかった。


 そして、わたしは部屋に閉じ込められた。


 わたし達は十三歳になった。その間わたしはずっと、どこかの国に嫁ぐため、気取った淑女教育をさせられていた。フリグヴェリルの中では別に必要のないものだけど、これが他国では武器になるらしい。

 ちょこんと座ってちまちま刺繍をしたってお腹は膨れないし、古い詩をどれだけ暗唱できても政治には関係ない。他の女の子達のように、生活のためになることはさせてもらえなかった。

 でも、武器になるならと受け入れた。手段が違うだけで、目的は王子(ニルス)だった時と変わらないからだ。これがわたしがすべき勉強ことで、わたしの仕事。新しい武器を磨いていると思うだけで楽しかったし、やりがいがあった。ニルスほど適性がないので、上達したかは怪しいけれど……。


「カーレンが、男だったらよかったのに」


 王女(カーレン)になったわたしにこっそり会いに来て、ニルスは悲しそうにそう言った。いつか言われた言葉は、当時よりもっと重く響いた。

 わたしは淑女教育によっておしとやかに振る舞うことを余儀なくされていたし、外にも出してもらえないので、日焼けは元に戻っていたし筋肉も少し落ちた。

 この格好で外を少し歩けば、きっとフリグヴェリルの人達からは病気にでもなったと思われるだろう。髪ももう、男の子には見えないくらい長くなっている。

 ニルスは変わらず、線の細いままだ。少しだけ日に焼けてはいるけど、筋肉がついているようには見えない。わたし達は、やっぱりとてもよく似ていた。


「何をしたってカーレンみたいにできないんだ。なのに、みんな昔の僕(きみ)今の僕(ぼく)を比べてくる。うるさくてうるさくて、頭が割れそうなんだ。……全部全部、捨ててしまいたい」

「仕方ないじゃない。貴方が言った通りだったのよ、ニルス。わたし達はいつまでも入れ替わっていられるわけじゃなかったの」


 泣きじゃくるニルスに、慰めるわたし。片割れはとても弱々しくて儚げで。ニルスのことも、わたしが守ってあげなくちゃ。

 わたしはきっと、このままどこかに嫁ぐのだろう。夫となる人は、フリグヴェリルにとって利益のある人がいい。その人の力を使って、フリグヴェリルを守るから。


 でも、ニルスはどうすればいい? 


 ニルスはこのままならフリグヴェリルの統治者になる。ニルスにはその才能がないのに。可哀想なニルス。思うように生きられず、つらいことを強いられ続けるなんて。


「だけど、僕らは今でもそっくりだよ。……僕が間違ってたんだ。僕はカーレンの言った通り、カーレンより上手な王子(ニルス)ができない」


 双子の片割れ。生まれた時から一緒にいる半身。そんなニルスが何を言いたいのか、すぐにわかった。


「いいよ、ニルス。でも、ちゃんと声に出して言ってみて。貴方がどうしたいのか」

「……実は、デア・ミル学園の入学案内が届いたんだ」


 デア・ミル学園の姉妹校である、ディー・ミレア学園の入学通知ならわたしにも届いていた。ディー・ミレアは女子校で、良家の姫が通うらしい。

 ディー・ミレアは『記憶』にもたまに登場していたけど、『わたし』が進学先に選んだのはより標的達に近づけるデア・ミルだ。そのほうが、不意を打って暗殺しやすかったからだろう。


「絶対に無理だよ、行きたくなんてない。怖いんだ」


 ニルスはこの世の終わりのような顔をしていた。

 デア・ミル学園。『記憶』の中の『わたし』が通うことになる場所。同世代で一番優秀で権力のある男の子達が集まるところ。

 だけど、今のわたしは復讐なんてする理由がない。だから、もう縁のない場所だと思っていた。


「そうね。デア・ミルにはきっとすごい人達ばかりがいるわ。何もできない田舎者なんて、あっという間にいじめられて……食い潰されてしまうかも」


 王子としての意志も覚悟もないニルス。それでも、ニルスは大切な弟だ。

 重圧に苦しむ姿は見たくない。一人では何もできないニルスのことは、わたしが守ってあげないと。


 にっこり微笑んで、ニルスの手を包み込む。綺麗な綺麗な、柔らかい手。だけど、この手は国の舵取りができない。ニルスは優しくて、臆病だから。


「ニルス、わたし、貴方のことが大好きよ。大切な片割れだと思ってる。……わたしが貴方を助けてあげるから、心配しないで」


 わたしは男の子になれない。どれだけニルスのふりがうまくても。

 この国では、女の子は君主にはなれない。そういう決まりだ。

 それにもう、ニルスがいる。次の王はニルスだ。


 ……なら、その王子(ニルス)がいなかったら?


 デア・ミル学園。わたしはそこで、ニルスになろう。可哀想なニルスのために。わたしにとって都合のいい花婿を見つけるために。

 そう。王女(カーレン)のまま、王子(ニルス)の利権をもらってしまえばいい。それで、何もかもが解決する。


「だから――貴方の全部を、わたしにちょうだい?」


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