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俺の狩猟

* * *


 カーレン嬢と別れてすぐに、目当ての連中に追いついた。事前にカーレン嬢に面通しもさせたので、あいつらで間違いないだろう。

 色黒の奴、背の高い奴、太っている奴。ヴェズル寮の三人組……名前は何だったかな。あいにく俺はユリウスほど真面目ではないので、興味のない奴の名前はまったく覚えていない。せめて同じ寮なら覚えていたかもしれないんだが。

 一応全員三年生のようだが、カーレン嬢の似顔絵でなんとか該当生徒の顔だけ思い出したぐらいだ。どうせこれから失墜させる相手の名前なんて、新しく覚える気にもならなかった。


「おい、計画と全然違うじゃないか! どうなっているんだ?」

「まさか用意した罠のことごとくが突破されるとはな。しかも皇子の奴、私達の動きに気づいているようだ。ご丁寧に、どこの誰が仕掛けたかわからないモンスター用の罠があちこちにあると言い回っているらしい」

「だが、私達の仕業だとは気づかれていないはずだ。もし気づかれようものなら、すべてが終わるぞ……!」


 三人は暗い顔でひそひそと話している。彼らには悪いが、悪事が露見するのは時間の問題だろう。細かい証拠集めをヴェイセルとルークス君に任せているからだ。

 あの二人はそれぞれ得意分野は違うが優秀なので、狩猟大会の裏で蠢いている陰謀なんてすぐに暴いてくれるだろう。


 だが、裁きを学園に委ねることはできない。

 彼らがやろうとしているのは、ノルンヘイムの転覆を目的とした皇太子の暗殺だ。ノルンヘイムとヘズガルズの関係に亀裂を走らせるための裏工作だ。それは、もはや校内での揉め事という言葉で片付けられるものではなかった。学園に委ねれば最後、国同士の問題に発展する。


 どうせ放っておいたら祖国ごと報復を受けてしまうのだから、その前に下手人だけを死なせてやるのがせめてもの優しさだ。馬鹿な貴族のせいで、彼らの祖国の民が巻き添えを食う必要はない。


 家の指示だったのか、それとも独断の暴走だったのかは知らないが、あの三人の祖国も彼らの実家を切り捨てるだろう。ノルンヘイムにみすみす開戦(じゅうりん)の口実を与えるほど愚かな君主は、大陸にはもう残っていない。

 ノルンヘイム側に非があるよう見せかけて戦争を仕掛けてくるならまだしも、「自国の貴族がノルンヘイムの皇太子を暗殺しようとした結果事故死(・・・)した」「しかもその罪をヘズガルズの王太子に着せようとしていた」なんて、それでどうノルンヘイムを責めると言うんだ。諸国がどちらにつくかは火を見るよりも明らかだろう。


 貴族令息が事故死したことに文句を言うどころか、帝国へのけじめとして暗殺未遂を犯した一門に裁きを与えてもおかしくない。自国の領地と民を守るためだと判断したらそれぐらいのことはできる、そんな誠意は見せてもらいたいものだ。

 他国の貴族が没落しようが首を並べられようがどうでもいいので、賠償金や外交対応のほうで補填してもらいたいというのが俺とユリウスの本音だが。


 狩猟大会が始まる前の時点で、ヴェイセルとルークス君はある程度の数の証拠を掴んでいる。それでもまだ泳がせることにしているのは、不穏分子を確実に潰したいからだ。

 証拠品を提出すれば、学園側も穏便に済ませられたことを知るだろうが……あいにく、デア・ミルはノルンヘイムの管理下にある施設だ。俺達の意図が理解できない学園長でもないだろう。

 見せしめの数は最小限で、なおかつ派手であるべきだ。しかし本当の意味で未遂にしてしまえば、下せる罰の重さも減る。それでは見せしめにならない。二度と挑戦する気が起きないよう……まだどこかにひそんでいる暗殺者予備軍にも伝わるよう、徹底的にやらなければ意味がなかった。


 ここまでの意見は、俺とカーレン嬢で完全に一致した。ユリウスも賛同したので、俺達は狩猟大会にかこつけて不穏分子狩りをはじめたわけだ。

 ユリウスが囮、俺が猟犬、そしてカーレン嬢が狩人といったところか。カーレン嬢との初めての共同作業だ、どうにも気分が高揚する。


 周囲に人の気配がないことを確認し、弓に矢をつがえる。放たれた矢はまっすぐに背の高い奴……その頬のすぐ横を掠めて樹の幹に刺さった。悲鳴が聞こえる。

 散開されると面倒なので、雷の魔術で色黒の奴と太っている奴の進行方向を制限する。一直線に伸びる雷弾が三人の動きを止めた。


「くそっ、誰だ!?」

「何をしている! 攻撃をやめろ!」

「おい! 私達は学生だ! 獲物ではないぞ!」


 相手が学生だなんて知っているさ、もちろん。

 人間と獣を見間違えはしない。もちろんモンスターともな。


「うーん、中々当たらないなぁ。悪いが、動かないでもらえるか? 狙いがそれて仕方ないんだ」

「なっ、ロキ王子!?」


 でも、お前らがここで狩られることについて、学生かどうかなんて関係ないだろう? だって、俺達の獲物なんだから。


「ぐぁっ!?」

「残念、また外れた。首を狙ったんだがな。どうしたものか。俺に狩りの才能はないらしい」


 射ったのは背の高い奴の左肩。さっきよりは深く、それでも貫通はしない程度のすれすれの位置を過ぎている。あの位置なら、逃走自体に支障は出ないはずだ。


「おのれ、狂ったか!?」

「いかにヘズガルズの王太子とはいえ、このような狼藉を働いてただで済むと思うなよ!」


 色黒の奴と太った奴が反撃に出るが、へっぴり腰で放たれた矢は俺のもとまで届かない。届いたところで、防衛魔術を展開するだけだが。

 患部を押さえながら、背の高い奴が一人で逃げ出す。残る二人も慌ててその後を追った。威嚇の矢を放って思い通りの方向へと彼らを誘導し、少しでもばらけそうになれば魔術で行く手を塞ぐ。合流地点はもうすぐだ。


 事前に配られていた、狩猟大会の資料。広い森にはまんべんなく獲物がいるわけではなく、どうしても環境によって偏りが生まれる。

 獲物の習性を事前に調べた学生達は、森の地図と照らし合わせてより獲物の多い場所を目指す。そもそもの舞台が広すぎるので、他の寮の学生と取り合いになることはあまりない。もしかち合ってしまっても、近くの狩場に移ればいいだけだ。


 この三人組のことは、開会式の時から目をつけていた。ユリウス暗殺を第一の目的とする彼らが、他の生徒と行動を共にするとは思えない。アリバイなんて自分達で証言し合えばいいだけだ。

 獲物についた管理用の魔具は狩人の所属寮を判別できるが、誰が狩ったかまではわからない。三人で狩りをして適当な獲物を追っていた、とでも言えばそれでアリバイは成立してしまう。


 彼らは最初ユリウスを監視できるような位置にいたが、ユリウスのためにせっせと仕掛けた罠がやすやすと見破られたことで離脱していた。予想通り、ひとけのないところで作戦を練り直す算段らしかった。

 彼らがこのあたりの地形について調べていたのと同様に、俺とカーレン嬢だってちゃんと頭に入れてある。このあたりには獣除けの野草が生えていて動物が来ないし、多くのモンスターが嫌がる音を発する虫が生息しているからモンスターも近寄らないことを。獲物がいないのだから、他の学生が来る道理もない。

 だからこの先の窪地を“合流地点”にしたわけだ。助けを求めながら走っているが、俺が使う矢の矢羽は音遮断の魔具を仕込んである。どれだけ叫ぼうと、その声が誰かの耳に届くことはない。


「な……これは、どういう……」


 窪地が見えてきた。先頭を走っていた背の高い奴が足を止める。次いで色黒の奴が追いつき、太った奴は体力の限界が来たのか地面に身を投げ出す。前の二人が止まったので安全地帯に辿り着いたとでも思ったのかもしれない。


「ロキ、誘導ありがとうございます」


 すでに合流地点で待っていたカーレン嬢の微笑が俺を出迎えてくれる。

 背後に従えるモンスターの数は、一、二、三……数えるのが馬鹿らしくなってきた。だいぶ引っ張ってきたらしい。決して群れず、多少の刺激で凶暴化する種ばかりだ。


 虫の発する音にもひるまないこの連中は、普通の学生であればわざわざ狙おうとしない、特に腕に覚えのある学生向けに用意された高配点のモンスター達だった。

 アレを一体狩るより群れている小型のモンスターを狙ったほうが効率がいいので、たとえ姿が見えなくても誰も気にしないだろう。


「勝てたひとを愛してあげる――わたしのために、争いなさい」


 美しい女王は厳かに命じる。

 その言葉が理解できるのかはわからない。それでも彼女のフェロモンが、性淘汰の本能を刺激するのだろう。目をぎらつかせたモンスター達が、一斉に暴れ出した。


*


「壮観だな。俺も出場したほうがいいか?」

「そうですね。潰し合いで生き残ったモンスターがいたら、ロキがとどめを刺してあげてください」

「仰せのままに、お姫様」


 カーレン嬢が俺の頭を撫でる。椅子にまで気を使ってくれるとは、俺のお姫様は優しいな。

 道中で抗争が起きかけたこともあったらしいが、なんとかこの数を連れてこられたとカーレン嬢は自慢げだ。あらゆるモンスターに効くモンスター除けの結界を持参しておいてよかった。この魔具を展開している間は、奴らが俺達……いや、俺を狙ってくることはないだろう。


 処刑の手段は明かさない。(ヘズガルズ)ユリウス(ノルンヘイム)に何らかの隠し玉があるとでも思わせれば十分だ。

 建前上は狩猟大会での不慮の事故、真実は皇太子暗殺を目論んだ者達の処刑。真実は暗黙の了解として広く知られるだろう。学園の管理体制が槍玉に上げられ、教師陣がひどく罰せられることはないはずだ。暗殺を許してしまうような、安全面の隙は多少問われるだろうが。それで他の生徒の安全が保証されるなら安いものだ。


「ちゃんと三人ともここまで連れてきてくれたなんて、ロキは優秀な猟犬ですね。……今度、ロキに似合う首輪を見繕ってあげましょうか?」


 犬の鳴き真似で答える。俺は躾の行き届いた犬なので、カーレン嬢に噛みつきやしないのだ。

 ……いや、多少は駄犬だったほうが愉しいことをしてもらえるのか? だけど首輪が褒美なら、当然被虐を褒美としてねだっていいはずだよな。カーレン嬢だって、自主的にやってくれているわけだし。


「たっ……たしゅ、け……」

 

 モンスターの数も残り少なくなってきた。あと三体。カーレン嬢に愛されていいのは俺だけなので、わざわざこの戦いを見届ける義理はない。まとめて吹き飛ばして終わりにしよう。さすがに父上ほどの火力は出せないが、俺にだってその程度の大規模魔術は扱える。


「なんだ、まだ生きてたのか? 悪運の強い奴だな」


 カーレン嬢に立ってもらい、椅子になるのをやめて立ち上がった。這いずりながら手を伸ばす太った奴に、膝についた土を払いながら声をかける。


 ひどい怪我だな。背の高い奴と色黒の奴はもうとっくに死ねたのに、可哀想な奴だ。

 仕方ない。実を言うと【万物の教導者】の能力を使って変異の実験やモンスターとの交配実験でもしてみようかとも思ったが……俺も悪魔じゃないしな。なにより、瀕死の太った奴を見つからないように隠しておくのは大変だ。


 だから。


「安心してくれ、お前のことはここで俺が(たす)けてやるからな。お前も、人間(きれい)なまま終われて幸せだろう?」


* * *

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