わたしの会議
今日は監督生会議の日だ。一ヵ月に一度ぐらいの頻度で、三つの寮にいるすべての監督生が集まる。ヴィゾーヴ寮三年監督生のロキ殿下の寮内兄弟として参加するのも、かれこれ四回目になるだろうか。
わたしが属するヴィゾーヴ寮、フレース寮、それから……ヴェズル寮。学生の寮分けに際して恣意的なものはないらしいけど、本当かどうかはわからない。『記憶』の中の学園生活では、ヴィゾーヴ寮以外の寮が取り上げられることがなかったからだ。
とりあえず、そういう二つの寮があって、寮対抗の学校行事の際に競っている……その程度の認識だった。『記憶』でも、そして現在でも、フレース寮とヴェズル寮に知り合いはいない。
でも、寮分けには何かしらの意図がある可能性はあるのではないかと睨んでいる。外様や不穏分子は一か所に固めておいたほうが、いざ潰す時に楽だろうし。だから、わざわざ寮外に人脈を築く気にはなれなかった。
普段の監督生会議では、別に大したことは話さない。各寮の各学年ごとに一人ずついる監督生達が、自分の学年全体の近況報告を発表し合うだけだ。
だけど時期によっては学校行事のことについて話したり、何か先生達から通達があったりすることもある。今回の会議の議題には、目前に迫った学校行事も挙げられていた。狩猟大会だ。
狩猟大会で放つ動物やモンスターの種類とか、大会の詳細なルールとか。そういうものがまとめられ、寮ごとに頒布される。
これをきちんと寮生が理解できたか、把握するのも監督生のつとめらしい。大変だ。ちらほらと出席している、わたし以外の寮内兄弟も真面目な顔でメモを取っていた。
今会議室にいる学生は十五人だ。二年生から四年生までの監督生九人と、わたしを含めた六人の寮内兄弟。それから学園長と、狩猟大会を取り仕切る先生がいる。
ユリウス殿下に寮内兄弟はいないようだ。まあ、皇太子の後ろ盾を持つ生徒なんてある意味決められないのかもしれない。
そう考えると、ロキ殿下の寮内兄弟という立場がいかに破格かよくわかる。『記憶』で選ばれていたから、今のわたしも当然のようにその地位を享受しているけれど。
最後に大会の注意事項を伝えられ、会議はお開きになった。もともと明曜日の放課後、明日は休日というタイミングでの会議なので参加者のやる気はさほどでもない。
もちろんみんな、それを悟られないよううまく猫を被っていたけれど。むしろ下手にだらけないぶん、さくさく終わったのかもしれない。
わたし自身も会議への参加は話半分だったけれど、狩猟大会自体は結構楽しみにしている。
フリグヴェリルにいたころは、しょっちゅう狩りに出かけていた。淑女教育を受けさせられてからは狩猟も禁じられていたけれど……また弓を手に獲物を追えると思うとうずうずする。腕がなまっていないといいんだけど。
「ロキ殿下、狩猟の際はご一緒しても?」
「ああ。ニルス君となら楽しそうだ。腕が鳴るな」
席を立ちながら声をかける。ロキ殿下は朗らかに笑った。恰好いい。だめだ、眩しすぎる。この綺麗な人がわたしの前でだけあんな蕩けた顔をするなんて反則だ。
わたしにとっての大会の一番の獲物のことは、殿下にすでに伝えてある。大会で一緒にあれを狩るなんて、まるで初めての共同作業だ。素敵。
「大会が終わればすぐ冬期休暇に入るが、ニルス君はやっぱり祖国に帰るのか?」
「はい。カーレンとともに帰省する予定です」
「ふぅん。……なあニルス君、その予定、俺も同行しても? カーレン嬢と正式に挨拶がしたいし、君を育んだフリグヴェリルの地にも興味があるんだ」
「それはもちろん構いませんが……殿下をフリグヴェリルにばかり留めていては、ヘズガルズに申し訳が立ちません。姉に土産を持たせますので、ぜひ共にヘズガルズまで伺わせてください」
言質は取った。あとはどこまで外掘を埋められるかだ。
わたしがヘズガルズの王太子に気に入られたことは、すでに父様と母様に連絡してある。もちろん、わたしを通してニルスに興味を持ってもらったこともだ。喜ぶ二人は、わたし達の入れ替わりにはまったく気づいていなかった。
さっそく、ロキ殿下のお母上に気に入ってもらえるような手土産を考えないと。フリグヴェリルの王女を輿入れさせることの利益をアピールできるならなおよしだ。
ヘズガルズは南方大陸との貿易を一手に担う商業大国だから……やっぱり、珍しい交易品がいいかな。フリグヴェリルにしかないものを、ヘズガルズに安値で卸せるようにしよう。となると、モンスターの素材が中心になりそうだ。
それでモンスターの加工品の評判が上がれば、フリグヴェリルにとっても悪い話ではない。大量生産に向けての支援をヘズガルズから得られれば文句なしだ。
「ロキ殿下のお母上は……その、下手物に対して理解はおありでしょうか?」
その一言で、ロキ殿下はわたしの知りたいことを正確に読み取ってくれたらしい。殿下は肩をすくめて苦笑する。
「子供のころから万死の貴婦人を飼いならすような人だぜ。フリグヴェリルの名産品にはむしろ喜んで飛びつくだろうな」
まさか万死の貴婦人をペットにする御仁だとは。万死の貴婦人は蜘蛛型の珍しいモンスターで、非常に強い毒を持つ。あれを飼うとは、中々に通好みなようだ。
残念ながらフリグヴェリルには生息していない種だけれど……蜘蛛型なら、白縛の絡新婦の糸を使った蜘織物がある。あれなら気に入ってもらえるかも。
白縛の絡新婦は、丈夫で綺麗な糸を大量に吐くモンスターだ。フリグヴェリルの高価な織物といえばこれ一択だから、蚕はほとんど見かけない。
「それを聞いて安心しました。フリグヴェリル自慢の織物を贈らせていただきたいのですが、好まれるお色などにお心当たりはございますでしょうか?」
「そうだなぁ……。深紅と暗紫は好きなんじゃないか? 皇帝陛下の髪と目の色だ、悪くは思われないだろ。それから……ああ、そうだ。あの人は、美しい皎と黄金には目がないぜ」
これはいいことを聞いた。紅の織物と紫の織物、それから白地に金の刺繍を施したものを多めに用意しよう。
さっそく父様達に連絡して、特に質のいい蜘織物を冬期休暇までに手配してもらわないと。
「俺も気の利いた手土産を考えないとな。何かいい案はあるか?」
「ヘズガルズの食文化は非常に豊かだと伺っています。ヘズガルズの風味豊かなワインや、伝統的なレシピなどをいただけるなら、きっと父や民も喜ぶかと。これから新たに長く国交を結ぶきっかけになるかもしれませんし」
「なら、どんな料理がフリグヴェリル人の舌に合うか試食してみるか。フリグヴェリル人代表として付き合ってくれよ、ニルス君」
ヘズガルズの料理がいくらおいしくても、フリグヴェリルで日常的に再現できるとは限らない。
だから食材を輸入したい。できれば安く、恒常的に。そのお願いが通じてくれた時、どんな美食を得られるか楽しみだ。
寮に帰ったわたし達は食堂の料理人達の手を借り、ヘズガルズ料理の食べ比べを始めた。さすがに食べきれなくなったので、剣術の稽古に熱中しすぎて夕食を取り損ねたルークス君や、勉強のお供に夜食を探すボリス君とヴェイセル先輩も呼ぶことにした。三人ともタイミングは違ったけれど食堂を覗いていたので、声をかけたのだ。
わたし達が何かをしているということで、試食の輪はいつの間にか多くの人を呼んでいた。ユリウス殿下が、消灯が近いにも関わらず食堂で夜食を食べていることの苦言を呈しに来たぐらいだ。そのユリウス殿下の口にスプーンを突っ込んで黙らせられるのは、少なくともこの学園にはロキ殿下しかいないだろう。
気づけば消灯時間はとっくに過ぎていて、見張りを立ててなんとか寮監をやり過ごした。
ヴィゾーヴ寮突発試食会は、最終的にフリグヴェリル料理の素晴らしさをわたしが熱弁することでしめくくられた。話の流れで、みんながフリグヴェリルの食文化に興味を持ったからだ。
狩猟大会の獲物は、結果の集計が終われば好きにしていいことになっている。
だから狩猟大会終了後、獲った獲物はこっそり寮内で食べることが決まった。下処理はお手の物なので問題ない。
ここにいるのは贅沢に慣れたお坊ちゃんばかりだ。モンスターというまだ見ぬ珍味の可能性に好奇心を刺激されるのもやむなしだろう。
下手物は食べられないと顔をしかめる学生でも、深夜に美味しいものをこっそり食べる行為については背徳の悦びを見出したらしい。そういう人には、兎肉や鹿肉といったジビエだけを取り分けてやろう。
王侯貴族の子息といえど、みんな食べ盛りの少年達だ。狩猟大会のやる気も俄然出たみたい。よかったよかった。食の絆で結ばれたヴィゾーヴ寮の団結は固い。
狩猟大会の戦績については、他のみんなに任せておけばいいだろう。
これで、わたしとロキ殿下はわたし達の狩りに集中できる。